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11 [ルーカス] 今日も楽しいバカップルウォッチング


 月曜朝恒例のオスカーゴミ拾いが楽しみで、ウキウキと出勤する。やっぱりバカップルウォッチングは楽しい。ブルーマンデーなんていうものは自分には縁がないだろう。


「はよ」

「……ああ」

(あ、重症)

 いい方の重症な気がする。つい、演技ではなく口角が上がる。


「何かあった?」

「……ものすごく甘やかされた」

「えっと、それは……」

 甘やかしたいと言われて魔法を習うことになったところまでは聞いている。が、そういうことではなさそうだ。


 オスカーが机につっぷしたままボソッと補足する。

「自分たちが想像するような意味の方で」

「え。……どこまで?」

「……胸に埋もれた」

「ちょっ、えっ、ジュリアちゃんのおっぱい堪能したの??」

「その言い方はやめろ……」


「うっわー……、うらやま……」

 つい本音がもれたら、俊速しゅんそくで顔を上げて鬼の形相でにらまれた。

「いやごめん。けど断言すると、うらやましくない男はいないから。それは許して」

「……それはそうかもしれないが」

 オスカーが長く息をついてから話を続ける。


「昨日は訓練に集中できなくて珍しく何度か叱られた。ジュリアといると他のことを考えられなくなってどんどんバカになる気がする……」

「あはは。ぼくはバカになってるオスカーの方ががあって好き(・・)だけどね」

「嬉しくないし笑いごとじゃないしおもしろくもない」

「そこはわざとじゃないから」


「彼女がかわいすぎてどうしようもない時は普通どうするんだ?」

「ぼくに聞かれてもね。かわいすぎる彼女がいたことなんてないし」

 なんともうらやましい悩みだ。いつまで生殺しにされるのかわからないという点ではうらやましくないけれど。


 出勤者が増えてくる。内緒話はここまでだろうか。


「おはようございます」

「おはよう」

「はよ」

 彼女の方はどこかふわふわとした感じで機嫌がいい。幸せそうで何よりだ。


 彼女が来たのと同時に、オスカーが通常運転の顔になる。いないところであんなにぐだぐだしているとは、彼女は夢にも思っていないだろう。

(そりゃあ、ジュリアちゃんの前だとカッコつけたいよね)

 そんなところもほほえましい。


 出勤してきた彼女を見て、ひとつ気になったことがある。

「ジュリアちゃん、今日のドレスはいつもと雰囲気が違うね?」

「あ、そうなんです。よく気づきましたね」

 言って、彼女が声をひそめた。

「ここだと難なので、お昼に話しますね」

(クルス氏には知られたくないことが関係してる感じかな)


「お昼、ぼくが一緒でいいの?」

「ルーカスさんとオスカーがよければ」

「自分はかまわない。だいぶ二人の時間を持てるようになってきたしな」

 オスカーの補足にジュリアが赤くなって視線を下げる。こんな表情を向けられたら誰だろうとイチコロだろう。

 オスカーとしては今日は三人の方が手を出しそうにならなくていいと思っていそうだ。

「うん。きみたちがよければ喜んで」


 デスクに行ったクルス氏が朝の情報に目を通して声を上げた。

「ウッズハイムの魔法協会が白旗だった案件を冒険者協会が解決したのか」

「どんな案件だ?」

 ヘイグが話に乗る。


「悪霊の浄化案件だな。こちらに直接の依頼は来ていないから様子を見ていたが。この辺りにそれだけの浄化魔法が使える魔法使いがいたか?」


「旅の途中だったんじゃないか? 冒険者なんだろう?」

「ああ。魔法使いの二人組で、パーティ名はミラクルボンドだそうだ。覚えておくか」

 話が聞こえたバカップルの顔がころころ変わっておもしろい。


(間違いなく二人のしわざだね。ミラクルボンド……、奇跡の絆? このネーミングセンスはオスカーかな。ジュリアちゃんならパーティ名でも「オスカー大好き」とか言いそうだし)

 気づいたけれどここでは気づいていないことにしておく。



 お昼は三人で個室がある店に入った。季節的にはテラス席もいい時期だけど、内緒話は個室の方が安心だ。


「ドレスなのですが」

「うん」

「昨日ソフィアさんに会いまして」

「ああ、前に、脅されて作ってもらうことになったやつ?」

「はい」


 ソフィア・フェアバンクス。魔法卿の妻で、なにかの特殊能力を持っているらしい。会った時は穏やかそうに笑っていたけれど、自分と同じように腹の中に抱えるタイプに見えた。

 素直なジュリアには勝ち目がない相手だろう。気に入られているようだから、悪いようにはならないと思うが。


「ソフィアさんに会いに行く時だけ時々こっそり着ようと思っていたら、普段使いにしてほしいと念を押されまして。今日はお試しという感じです。

 両親にはソフィアさんとの関係を説明できないので、自分で買ったと言ってあります」


「あはは。ジュリアちゃんはほんと素直だね」

「そうですか?」

「念を押されても、普段会わないからバレないじゃない」

「まあ、そうなんですが。聞かれたら顔に出ちゃいそうなので」

「それはそうだろうね」


 ジュリアが顔に出やすいのもあるし、ソフィアなら見抜くというのもあると思う。けれどバレたところで、一言言われるくらいで特に問題はないことだ。総じて、気にする必要はないと思うけれど、ちゃんと大事にするのはジュリアらしい。

 放っておいても大丈夫だろうから、少し食べ進めてから話を変える。


「で、大活躍だったんだってね? ミラクルボンド」

 ジュリアが軽くむせて、オスカーが固まった。

「あはは。ただの世間話で、きみたちのことを言ったんじゃないとは思わない? そんな反応してたらあっという間にみんなにバレちゃうよ?」


「……ルーカス。かまをかけたのか?」

「ううん。ぼくは確信をもって言ったけどね。隠すつもりならもうちょっと演技がうまくならないとね」

「えっと……、いつ気づいたんですか?」

「クルス氏の話を聞いているときのきみたちの表情から。まあ、他に見てた人はいないと思うけど」

「そんなにわかりやすいですかね……」


「わかりやすさがきみたちのいいとこでもあるけど、欠点でもあるとは思うよ。隠したいなら、ね」

「自分はよく表情がわからないと言われる方なのだが」


「それ、わからないんじゃなくて、昔はあんまり感情が動いてなかっただけじゃない? 最近のオスカーは前よりわかりやすくなってると思うよ」

 指摘したらオスカーが気恥ずかしそうに片手で顔を半分隠す。そういうところだ。おもしろい。


 ジュリアが苦笑半分で話を引き取る。

「隠したいのは隠したいですね……。今回の浄化は私が押し切っちゃったところもあるので」

「古代魔法と最上級魔法を重ねがけしていたな」

「え、そんなレベルだったの?」


怨嗟えんさの炎を使う子どもの霊だったのですが。数えきれないほどの他の霊を集めていて」

「中級の浄化魔法では太刀打ちできなかった」

「オスカーの習得は完璧だったんですけどね。相手が想定以上でした。まあ、最上級魔法はオーバースペックだったかもしれませんが」


「念のために大出力を出した方がいいって思うくらいには強かったんだね」

「はい」

「子どもの霊の方が感情の純度が高くて強力になることがあるらしいもんね」

「そうなんですか?」


「まあ、ぼくもそっちは専門外だけどね。そこまで強い霊なら近づいた人をとり殺すくらいできそうだから、早めに浄化したのはよかったんじゃない?」

 言った瞬間にジュリアの顔が曇った。

「……もう手遅れだった?」


「一人は助けられたのですが。一人、子どもが亡くなっていて。今、身元を調べてもらっています」

「そっか」

 なんとなく話が見えてきた。オスカーの浄化魔法のスペックを見るためにクエストを受けて、オスカーは思うように役に立てなかったこと、ジュリアは子どもを助けられなかったことを気にしていたのだろう。

(その後なぐさめあってていちゃいちゃになったのかな)


「ぼくで力になれそうなことがあったら声かけてね」

「はい。ありがとうございます。頼りにしてます」

 どうしてこうも信頼されているのかが不思議でならない。

(嬉しい……けど、オスカーがだいぶうらやましそうだね)


 彼女の誕生日祝いで自分の案の方がオスカーより喜ばれていた感じがしたらしい時から、以前より面倒モードのスイッチが入りやすくなっている印象だ。

 内心苦笑しつつ、本当に面倒になる前に修復しておく。


「オスカーのことは?」

「愛してます」

「頼りには?」

「めちゃめちゃしてますよ?」

 なんでそんな当たり前のことを聞くのかという感じでジュリアが答えた。


 オスカーは気恥ずかしそうにしながらも嬉しそうだ。

(これでよし)

 まったく、手のかかるバカップルだと思う。

(手のかかる子ほどかわいいってこういうことなのかな?)

 一瞬思って、いやそれは違うと思い直した。


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