9 クエストでへこんで甘やかしあいの提案をする
そう経たずにオスカーが戻ってくる。
「おかえりなさい……、その子は……」
「大丈夫だ。まだ息はある。回復魔法はかけたが……、ジュリアにも見てもらえたらと」
六、七歳くらいだろうか。男の子だ。
抱えてきたオスカーがそっと地面に降ろす。
「……衰弱してますね。まずは水でしょうか。回復魔法以上のことは医者に任せた方がいいかと」
「冒険者協会への連絡時にそのことも伝えた方がいいな。それと……、この子がいた部屋のベッドに、子どもの白骨死体があった」
「え……」
「この街での子どもの失踪はこのくらいの時期からなのだろう?」
「……私が聞いていた範囲では。ただ、記憶が曖昧な部分もあるので、なんとも……」
「クエスト以外の部分は衛兵などが調べることになるのだろうが。後味が悪いな……」
「そうですね……。この子だけでも助けられたのを喜ぶべきなのでしょうが」
(最初の犠牲者がもっと前にいた……? 前にクエストを見た時に事件のことを思いだして受けていたら、助けられる可能性があった……?)
「……ジュリア」
「はい……」
「ジュリアのせいじゃない」
「……はい」
オスカーが軽く背をなでてくれて、それから冒険者協会に連絡を入れてくれた。支えられてばかりだ。
確認と子どもの搬送が終わってから冒険者協会に戻る。依頼達成の手続きが残っている。
自分が浄化魔法を使ったことは伏せてもらって、オスカーが浄化したことにしてもらう。実績も主にオスカーへ、自分はサポートという形にしてもらった。
「すごいです、ミラクルボンドのお二人さん。ウッズハイムの魔法協会でもお手上げだったのに、この短時間で完璧に浄化してしまうなんて。まさにミラクルですね」
「いや……、たまたま魔法の相性がよかっただけだと思う」
「オスカー・ウォードさんはソロでのAランクも遠くないかもしれませんね」
オスカーが少しばつが悪そうだ。自分の実力ではないと思っているのだろう。
さっきしてもらったように、今度は自分が話を逸らす。
「……あの。私から冒険者協会に依頼をしたいのですが」
「ご依頼ですか?」
「はい。……あの家で見つかった白骨死体の身元調査をお願いしたいです」
「なるほど。調査を依頼することはできますが、近親者がいた時、近親者が依頼者への公表を拒否した場合はお伝えできないことになっています。それでもいいですか?」
「はい。その場合は、拒否されたことが伝えられるんですよね? それなら少なくとも近親者のところに帰れたことがわかるので、それでいいです」
「わかりました。クエスト達成の手続きが終わったら依頼の手続きをしますね」
「クエストの報酬を依頼金に回すことはできるだろうか」
「いいんですか?」
「ああ。元々報酬目的ではなかったし、ジュリアがそれでよければ」
「もちろんです」
「可能ですが、遺体の身元調査としては相場に比べて高すぎるので、半分はお支払いしますね。それで十分だと思います」
「わかりました」
「それで頼む」
手続きを済ませて、オスカーと二人で冒険者協会を出る。
「……思っていたより疲れましたね」
「ああ」
体力的なものより精神的なものだ。
「かなりの臨時収入が入ったから、何かいいものでも食べに行くか?」
「いいですね」
「残りは……」
「ふふ。前みたいに譲りあいになると思うので、また前みたいに、二人の費用にしましょうか。預かってもらってもいいですか?」
「わかった」
お昼を食べてから、オスカーのホウキに乗せてもらう。彼の胸の中に収まると、呼吸が楽になった感じがする。
(約束しててよかった……)
浄化クエストの結末にだいぶ影響を受けていることを改めて自覚した。
「まだ早いので、この後、秘密基地に行きませんか? さっき話していた魔法を教えられたらと」
「ああ。ありがたい」
少し二人きりになってオスカー成分を摂取したい、なんていう本音は恥ずかしくて言えない。ちょうどいい言い訳があってよかった。
ホワイトヒル近くでホウキを降りて、透明化と空間転移を使って秘密基地に入った。
中央のソファに横並びで座って、オスカーが教えてほしいと言っていた魔法の話をする。
「中級魔法から上級魔法に移るときに一番練習しやすいのは、フェアリー系をエンジェル系にグレードアップするタイプでしょうか。回復魔法、防御魔法、今日使っていた浄化魔法とかですね」
「ああ。そのあたりがワンランク上がるだけでだいぶ違うと思う。あとは……、ミスリル系の捕獲魔法と、サンダーボルト・ジャッジメントのような追跡系の魔法が使えるといいだろうか」
「うーん……、ミスリル系とジャッジメントの方が魔力量を必要とするので、エンジェル系の後ですかね。あなたのことなので魔力量も順調に増やしているとは思うのですが」
「わかった」
「エンジェル系のいいところは、ひとつコツをつかめれば他のコツもつかみやすいところでしょうか。家でも練習しやすい、エンジェル・プロテクションで慣れるのがいいかと思います。お手本をしますね」
オスカーの手をとって彼の体に触れさせ、その上から自分の手を重ねる。
「エンジェル・プロテクション」
「……なるほど。たしかにフェアリー系の延長という感じだな」
「はい。完全に新しい魔法を覚えるより覚えやすいと思います」
「練習しておく」
「はい。またお手本が必要なときにはいつでも言ってください」
「助かる」
「あ、魔力消費が多いので、練習するのは仕事が終わった後、一日に二回までにしてくださいね」
「二回……、もう少しいけないか?」
「念のためです。ムリをして魔力切れを起こすと危ないので」
「わかった」
そう言いつつも少し不満そうに見える。
「……あまり急がなくていいと思いますよ? 今のあなたの歳で上級魔法が使える魔法使いはそう多くないでしょうから。むしろ上に知られたら取られないか心配です」
「ジュリアと同じように、なるべく知られないようにするのはいいと思うが。……ジュリアを守れる強さはほしい」
なんて嬉しいことを言ってくれるのだろう。今の自分はぜんぜん普通じゃないのに、ただの女の子として扱ってくれるのがすごく嬉しい。
「いつも守ってくれてありがとうございます」
彼の手を包んで引きよせて、そっとてのひらに頬をすりよせる。
(大好き)
オスカーがひとつ息を飲んだ。それからふわりと抱きよせられる。
(ひゃあああっ)
彼の温もりと香りに包まれる。心の奥まで痺れそうだ。
「……守れているのだろうか」
「はい。何度も助けられていますよ? 今日も、あなたがいなかったら私は戦うことすらできなかったでしょうし」
「魔法の面ではそれほど力になれなかったが」
「あなたの浄化と防御に守られていますよね?」
「……そうだな」
頷いてはいても、少し声に元気がないままな気がする。
「すみません……、私の方が強いのがイヤですか?」
「そういうわけじゃない。……自分がふがいないだけで。……いや、言っても仕方ないな。忘れてほしい」
「戦っているときだけじゃなくて、いつも。あなたが支えてくれていなかったら私はダメダメで、もっとずっと泣いてばかりなのですが。
たぶん、あなたが気にしているのはそういうことじゃないんだろうなと思うので……。
……甘やかしあいっこ、しませんか?」
顔が見えるくらいに距離をとって彼を見上げる。驚いたように少し固まっているのもかわいい。
ソファの上にひざ立ちをして、彼より背を高くする。胸元に彼の頭を抱きよせて、やさしくよしよしと撫でる。
「私も……、まだちょっとへこんでいるので。あなたに甘やかされたくて。だから、甘やかしあいっこ、です」




