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8 ウッズハイムのお化け屋敷


「オスカー。この浄化依頼、絶対に完了させましょう」

「ああ。この家の事件というのは?」

「出産直後だったので私は直接は関わっていないのですが。父など、何人かの中級以上の浄化魔法が使える魔法使いがウッズハイムに集められたことがありました」


「クルス氏が?」

「はい。そのタイミングであなたが父から浄化魔法を習って、私は職場に復帰したタイミングであなたから習ったのだったかと」

「なるほど?」

「この家は、前に私がそう判断したのと同じように、こちらから中に入らなければ問題ないということで対処の優先順位が低かったんです。それはその通りで……、大人は入ろうとしないからこそ、気づくのが遅くなってしまって」

「……子ども、か」


「はい。当時からさかのぼって三年くらい……なので、今くらいの時期からでしょうか。年に一人、二人と、ウッズハイムで子どもが失踪していて。探しても見つからない状況が続いていて、話に聞いて怖いなとは思っていたのですが。

 クレアが産まれたのと同時期に、ここに肝試しに行くと言って家を出た子どもたちのグループが誰も帰らなくて。


 それでやっとこの家が疑われて、対処の優先順位が上がり、家の持ち主の報奨では足りない費用を魔法協会と領主様が補償する形で魔法使いが集められ……。

 その時に行方不明になっていた子どもたちは、衰弱していたけれど助かったのですが。その前……、確か、四人。白骨化した状態で見つかったと聞いています」


「……そうか」

「今ならまだ犠牲者が出ていないかもしれません。……もし出ていても、最小限にできるかと」

 冷静に話しているつもりなのに、少し声が震えた。子どもが亡くなる話は、それだけで苦しい。


 オスカーがそっと抱きよせてくれる。

「絶対に完了させよう」

「……はい。ありがとうございます」

 彼の言葉は安心する。呼吸が楽になった気がした。

「きっと凶悪な霊なのだと思います。私も一緒に浄化するので、がんばりしょうね」

「ああ」

 ひとつ息を飲んで、門のカギを開けた。


 一歩中に入る。と同時に霧に包まれて視界が悪くなり、かすかに子どもの声がした。

「……オスカー、今……」

「ああ。子どもの笑い声と……、『あそぼう』と言われたか?」

「はい。私にもそう聞こえました」

 話したところで、強い力で手を引かれた。今は仕事という意識があるからオスカーとは手をつないでいない。あっさりと引きずられる。

 力は強いのに、彼とつないでいる時のような包まれる感じはない。引かれる手の先にうっすらと白い手が見える。


「子どもの手……?」

「っ……、どうなっているんだ……?」

 自分だけではない。オスカーも引きずられている。彼は両手を、無数の手につかまれて。自分はまだしも、彼を引きずれるのは相当な力だ。


「フェアリー・パリフィケイション」

 オスカーが中級浄化魔法を唱える。彼を中心に半径一、二メートルほどに浄化の光が満ちる。いくつかの手はさっと引いて、いくつかの手が光に包まれて消えた。


「単体ではない……?」

「きゃっ……」

 自分の手を引く力が強くなる。浄化魔法を唱えないとと思いつつ気が引けているうちに、家の扉が開いて中に引きこまれていく。


「っ、ジュリア! フェアリー・パリフィケイション!」

 方向性を持って家の方へと浄化魔法が唱えられたが、家に届くより前に消えた。何かが盾になって代わりに浄化されたという印象だ。

 作りとしては手動のはずの重そうな扉が自動で閉まっていく。


「エンハンスド・ホールボディ」

 オスカーが身体強化を唱えて、閉まりかけた扉の間から飛びこんでくる。

 直後、ドアが閉まると、昼間なのに家の中が真っ暗になった。


「ライティング」

 オスカーの声がする。空間にあかりが浮かび上がり、それと同時に嘲笑あざわらうような男の子の声がして、家全体がほんのり薄暗い程度の明るさになった。踊り場に大きな窓があるのに、外からの光は入ってこない。

 そうする間にも奥へ奥へと手を引かれていく。


「ジュリア! 浄化を!」

「あ、はい……、そうですね……」

 そうした方がいいことはわかっている。けれど、自分の手を引く小さな手を振り払えないのだ。


「おにいさんはいらない」

 ハッキリ声がした。

 オスカーの全身に無数の小さな手が絡みついてドアの方へと動かされていく。身体能力での抵抗はできないようだ。

「身体強化がかかっているんだぞ……?! フェアリー・パリフィケイション!」

 さっきと同じように一部が消えて一部が引き、そう経たずに再び手が絡められる。


「くっ、数が多すぎる」

「でてって。ぼくのともだちをけすひとはいらない」

 扉が開いて、オスカーが外に放りだされそうになる。


「……エンジェル・パリフィケイション」

 自分を中心として入り口のあたりまでを浄化した。その一帯だけが昼の明るさを取り戻す。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫か?」

 お互いに駆けよる。オスカーの方が速くて、ほぼこちら側に来てくれている。


「はい、私は……。ちょっと手が痛いくらいで」

 少し小さな跡がついてアザになっている。オスカーがヒールをかけてくれる。

「むしろあなたの方が……。フェアリー・ケア」

 問題ないと言われる前に回復魔法をかけておく。

「ありがたい」

「いえ、すみません。なかなか浄化するふんぎりがつかなくて」

「相手を子どもだと思うとやりにくいのだろうが……、他の子どもをとり殺す悪霊なのだろう?」

「……そう、ですね。……その通りです。広範囲適用の魔法をかけて、一気にいきましょう」


「ひどいやひどいや!!」

 まだ暗さが残る奥の方の部屋から、ダダをこねるような声がする。

「なんで?! なんで?! なんでみんなけしちゃうの??! せっかくあつめたのに!!」

「……少し話を」

「ジュリア。自分にとってはジュリアの安全が第一だ。逆の立場なら同じことを言うだろう?」

「それは……」

 彼の言う通りだ。さっき一度強力な浄化を唱えたのは、オスカーに手を出されたからだ。


「そう、なのですが。でも……」

「でも?」

「悪意を感じない、というか……」

 ずるりずるりと影の侵食が戻り、こちらに迫ってくる。

「ぼくからともだちをとりあげにきたんだ……?」

 影が盛りあがり、子どもの形をとる。辺りに黒い炎が浮かびあがった。


怨嗟えんさの炎……」

「っ、フェアリー・パリフィケイション! プロテクト・ウォール!」

 認識するのと同時に飛んできた炎をオスカーが浄化する。消しきれなかった残り火を防御壁で弾いてくれた。

 オスカーが息をつく。


「悪意を感じない……?」

「……ごめんなさい」

 謝る以外にない。戦闘は避けられないようだ。


「……ごめんなさい」

 今度は怨嗟えんさの炎をまとう子どもの姿に向かって謝った。

「せめてあなたが安らかに眠れるように。……ラーテ・エクスパンダレ。ゴッデス・パリフィケイション」

 この家の敷地を包むように広域化をかけて、最上級の浄化魔法で一気にたたむ。


「は? ちょっ、え……。ダメ! ぼくはここにいないといけないんだっっ!!」

 困惑したような声と共に怨嗟えんさの炎が舞うが、まぶしいほどの浄化の光が一瞬で全てを飲みこんだ。


 光が収まると、あたりは普通の昼の室内になっている。

「……終わりました」

「ああ……」

「オスカー?」

「いや……、ジュリアの本気に、向こうはさぞ驚いただろうと」

「……ちょっとやりすぎましたか?」

「いや。あれでよかったと思う。かなり強い霊だったから……。……あまり役に立てなくてすまない」


「そんなことないですよ。あなたが守ってくれなかったらとっさに反応できなくて攻撃を受けていたと思いますし、それ以前に、私は取り込まれていたかもしれないから。ありがとうございます」

「ジュリアが無事ならそれでいい」

「ふふ。あなたの浄化魔法、完璧でした。さすがです」


「出力が足りないことは痛感した」

「ここが特殊なのかと。父が来た時も、父以外にも何人か冠位がいたけど苦戦したようでしたから。これ多分、AランクじゃなくてSランククエストです」

「Sランクか……」

「そこを超えた先はもう難易度をつけるのも無意味な世界になるから上がないだけで、その先でもピンキリですが。Sに入るあたりですかね」


「次に教わる魔法なのだが」

「はい」

「中級で既に自分が使える系統の、上級魔法を習えたらと」

「出力を上げる方向ですね。魔力量との兼ね合いがあるので使いどころは慎重にしてもらえたらとは思いますが。わかりました」

「助かる」


「とりあえず建物内の安全確認をして、冒険者協会への連絡、結果確認をお願いしましょうか」

「……建物内は自分が見てくるから、少し待っていてもらえたらと思う」

「一緒に行きますよ?」

「手遅れな可能性もあるのだろう?」

「……ぁ」

 言われて気づいた。もう子どもがこの家の中で亡くなっている可能性があるのだ。彼の気づかいがありがたい。


「甘えてもいいですか?」

「もちろんだ」

 答えてすぐにオスカーが奥に向かう。身体強化がかかったままだからか、動きが速い。


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