6 今しかしてないこと
土曜日。オスカーとウッズハイムの冒険者協会に行く予定なため、動きやすいワンピースを選んだ。
薄化粧をしてドレッサーの前に座ったまま、オスカーがくれたネックレスの箱を手にする。
(クエストを受注するならネックレスはしない方がいいわよね……?)
そう思うけれど離しがたい。オスカーと一緒だからそれでいいといえばいいけれど、それとこれはまた別だとも思う。
「うーん……」
しばらく悩んでから、ネックレスに最上級の防御魔法をかける。今日一日くらいはかかったままになるくらいの魔力を込めた。
その上で、ワンピースの中につける。本来の装身具という役割ではなくなるけれど、気持ちの問題だ。感覚がお守りに近い。
準備ができたところでノッカーが鳴った。急いで門に向かう。ホウキで窓から飛ぼうかとも思ったけれど、緊急でもない時にやるのは行儀が悪いと思ってあきらめた。
「お待たせしました」
「いや、ゆっくりでいい」
今日はオスカーも動きやすさを意識した格好だ。
「……今日はさすがに、してこなかったのだな」
「ネックレスですか? してますよ?」
えりの中から軽くひっぱりだして見せる。
「念のためにゴッデス・プロテクションをかけて、万が一にも落とさないように服の中に入れておこうかなって」
「……そうか」
彼に話したところで重大なことに気づいた。
「あ、でも、考えてみたら、クエストの場所に行くまでは外にかけてても問題ないですよね」
なんで今まで気づかなかったのか。そう思いながら胸元に出した。せっかくかわいいネックレスなのだ。人に見せられるなら、できるだけ見せたい。
「……あ、でも、空を飛んでいる時に落としたら目も当てられない……」
また大事なことに気づいて、服の中に戻す。それでも絶対になくならないわけではない。もし本当に落としたときのために何か探せる魔法はなかったかと記憶をたどる。
オスカーがこらえきれなくなった様子で笑いだした。
「オスカー?」
「……いや。ジュリアに万年筆をもらった時の自分と同じような思考をたどっているのがおもしろくてつい」
「え、あ……」
恥ずかしいような嬉しいような気がして、嬉しさが大きく勝った。
それはつまり彼もすごく喜んでくれて、すごく大事にしてくれているということだ。
「今日はさすがに置いてきたが」
「ネックレス以上に落としやすいですものね。壊れた場合は直しようがあるけど、なくした時に探す魔法は記憶にないんですよね……」
「自分も聞いたことがないな。あれば便利なのだが」
「やっぱりホウキに乗る時も中に入れておきますね」
より安全な方をとるに越したことはない。外だと服から滑り落ちるだろうけれど、中ならそのまま落ちない可能性もある。
ウッズハイムは遠くないから、空中散歩がてらホウキで行くことになっている。
ユエルはまだ留守番だ。子育て期間の四ヶ月は、ユエルたちが中心の用事以外には連れて行かないつもりでいる。
オスカーとホウキを並べて飛んでいく。触れ合わないけど会話はできる距離だ。
「……少し聞きたいことがあるのだが」
「はい。なんでしょう?」
「ジュリアは……、今の自分としかしていないこと、と言われると、何が思いつくだろうか」
「今のあなた、ですか?」
「ああ」
考えたことがなかった。この一年を思い返してみる。
彼を拒絶したこと。は、たぶん彼が望んでいる中には入っていないだろう。
「そうですね……、まず、一緒に孤児院に行ったこと」
「前は行っていないのか?」
「はい。私はその話自体聞いていなかったと思います。
誕生日の数日後には魔力開花術式を受けて、魔法協会に所属していて。同じ日に魔法協会関係の予定が入っていたのかもしれません」
「そうか」
「それから……、領主邸関係のことや商工会関係のことは全部、前はなかったので。裏魔法協会絡みのこともそうですし、ショー商会のセイント・デイのパーティにエスコートしてもらったりとか、一緒に領主邸の新年会に行ったりとかも初めてですね」
「なるほど?」
「……あと。私から告白したの、とか」
言っていてちょっと恥ずかしい。
「……そうか」
「昔は使えなかった魔法に関わること……、魔力移動の古代魔法とか、クロノハック山みたいな遠いところに行ったりとか、ツリーハウスとか、秘密基地とか……」
「ああ……」
「あと、ホウキの二人乗りも……」
「……そうなのか?」
「はい。お互いにホウキで飛べるわけだし、しようっていう発想自体がなかったですね」
「……そうか」
「それと、過去があるから起きていることは全部。虫退治とか、ドワーフとか師匠とか……」
「ああ」
「あ、今日のこの先も全部、初めてです。浄化魔法を覚えたのはもっとずっと後なので。あなたに魔法を教える、なんていうのも、ぜんぜん想像してませんでした。……ふふ。初めてばかりですね?」
「……そうだな」
「今のこんなやりとりも、日常のちょっとした話も。あなたと時間を重ねていけるのが、すごく嬉しいです」
「……、……そうか」
短い言葉しか返らないけれど、どこか噛みしめているような、少し嬉しそうな響きがある。
(オスカーが聞きたかったこと、これでよかったかしら)
ちらりと表情を見る。
(……大好き。……って、そうじゃない)
機嫌はよさそうだ。大丈夫だろう。
(あと……、私のためにウソをつかせたこと)
今の彼としかしていないことという表現だと少し違うかもしれないし、彼に言うことではないけれど、自分にとってはとても大きい。何度も彼に守られてきた。
申し訳なさはあるものの、感謝が大きい。
服の上から、中にあるネックレスの感触に触れる。そこからあたたかい力があふれてくるかのようだ。
こんなに幸せでいいのかと思う。最後まで一緒にはなれないかもしれないのに、いつも与えられてばかりだ。感謝と愛しさが溢れて、とどまるところを知らない。
今日の日差しはだいぶ暖かい。一点の曇りもない晴れ渡った空が遠くまで続いている。
ウッズハイムが見えてきたあたりで、オスカーが再び言いにくそうに声にした。
「……ワガママを言っても?」
「なんですか?」
「帰りは……、自分のホウキに乗ってくれないだろうか」
(ひゃああああっっっ……)
まさかの二人乗りのお誘いだった。思いだすだけで恥ずかしいけれど、嬉しさもある。
「……ジュリアがイヤならムリにとは」
「イヤじゃないです。……その、心臓がもつかは心配だけど。……喜んで」
「……楽しみだ」
(きゃああああっっっ……)
なんて破壊力がある予定を入れてくるのか。
(クエストに集中できるかしら……)




