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27 [裏魔法協会] VS魔法協会


「逃げられちゃったわねえ」

「いいんじゃないの? ネズミ狩りはちょっと希望を持たせてあげた方がおもしろいもんね」

「とりあえず檻から出しますかな」

「ええ。助かるわあ」

 紳士風の長身の男が鉄の檻の間に手を伸ばしてラヴァの腕に触れる。


「テレポーテーション・ビヨンド・ディスクリプション」

 魔法を唱えると、二人揃って絨毯《絨毯じゅうたん》の反対のはしへと移動した。

「ほんと、空間転移は便利よねえ」

「呪文が長く、唱えるのに集中力もいるのですが。魔法封じではない檻であれば軽いものですな」


 ラヴァが檻から脱出したのと同時に、領主邸から白いローブの魔法使いがホウキで飛びだしてきた。

「あらあ……、こんなに近くに冠位がいたなんてねえ」

「はいはいはいっ! ボク! ボク、冠位と遊びたいっ!」

「そうねえ。冠位のお相手はタグ、あなたが一番向いていると思うわあ。存分に遊んであげてちょうだい」

「やったーっ! フライオンア・ブルーム」

 タグと呼ばれた半袖短パンの子どもがホウキを出して、冠位魔法使いエリック・クルスの方へと向かう。


「ターゲットはアタシとトールで追うわぁ。ジャアは魔法協会の増援が来たら足止めしてちょうだい。相手の人数が多いの、好きでしょう?」

「フー……」

 鎧の中から声はしない。息づかいと共に首が縦に振られ、ラヴァと紳士風のトールがホウキに乗って絨毯じゅうたんから離れる。



 一度高く飛んであたりを伺うようにしていた冠位に、すっとタグのホウキが近づく。

「やあ。あんたがこの街の冠位?」

「……キャッチ・アップ」

 魔力で編まれたロープが意思を持ったヘビのように伸びてタグに迫り、ぐるりと巻きつく。

「ポイズン・スキン」

 タグの手の表面がどろりと溶け、巻きついたロープをも溶かす。


「禁呪か……!」

 冠位の驚きの顔を前に、タグがニイッと笑った。

 毒の魔法はすべて禁呪に分類されている。魔法協会の魔法使いは習わないし、使ったら罰則を受ける魔法だ。裏魔法協会のタグには関係ないが。


「挨拶もなしに魔法を唱えるんだね」

「捕まえてから訊けばいい。スパイダー・ネット」

「いひひ。そんなの簡単に溶かしちゃうよ?」

「アイアンプリズン・ノンマジック。一時的に動きを止められれば十分だ」

 タグが余裕を見せて魔法の網に絡め取られた直後、その周りに魔法封じの檻が生成された。魔法封じの付与は上級魔法だ。このあたりで使えるのは冠位くらいだろう。


「っ……」

 魔法封じの檻を壊すのには物理的に破壊する以外にない。パワー型の冒険者ならまだしも、普通の魔法使いには難しい。

「さすが冠位だね。降参するしかないや。……なんてね」


 短パンのポケットから、お菓子を出すかのように革製のケースを取りだした。その中から小瓶をひとつ選び、鉄の檻に線を描くように中身をかける。

 かかったところから鉄が溶け、檻の底が抜ける。するりと外に出てホウキの魔法を唱え直す。


「いひひ。毒って便利でしょ? 物質化しているものは、魔法封じでも消せないもんね」

「いくつも同じものがあるわけではないだろう? リリース。ラージ・スパイダーネット」

 空になった壊れた鉄の檻が消え、避けられないほど巨大な網がタグへと向かう。

「ポイズン・エア」

「!」

 瞬間的に空気が汚染され、それに気づいた冠位が袖で口を塞いだ。

「形勢逆転かな? ポイズン・スキン」

 タグが絡まった網を溶かしてニヤリと笑う。


「……フェアリー・パリフィケイション」

 中級の浄化魔法が唱えられ、空気汚染が打ち消される。

「へえ? 浄化魔法は一般的にはアンデッドやゴースト用の呪文で、空気中や水中の毒も消せるのはあんまり知られてないのに。さすが冠位だね。楽しいなーっ」

「ヘビー・ブロウ・ウインド」

 風系統の上級魔法が、タグを遠くまで吹き飛ばした。



 タグを追おうとした冠位のホウキがすぐに止まる。街から魔法協会の増援が四人、ホウキで飛んできている。

「クルスさん! 指示を!」

「アレの相手は私がする。禁呪使いだ。お前たちは領主邸を頼む。見えた敵はあと三人だ。元々護衛についている二人と協力して撃退するように。今日は逃しても構わない。護衛対象を含め、お前たちも安全を最優先にするように」

「わかりました!」


 冠位が指示を出し、タグを目指してホウキのスピードを上げようとした時、

「うわっ」

「なんだ?!」

 驚きと悲鳴が混ざったような部下の声がした。


 魔法の絨毯じゅうたんの上に、全身を鎧で包んだジャアが立っている。

 魔法協会の魔法使いたちが治療魔法を唱えるより早く、次の攻撃を打ちこむ。手にしているのは筒状の武器だ。両手にひとつずつ、その両方から次々と目に見えない攻撃を飛ばす。

「なんだあの攻撃は! 速すぎないか?!」

「詠唱していないのか?!」

「魔道具か?!」

「くっ、避けられないっ」


「プロテクション・スフィア」

 冠位が魔法使いたちを包むように大きな球体の結界を張った。攻撃が結界に弾かれ、鎧の中で舌打ちが響く。

「今のうちに回復を……っ」

 ジャアが、結界に守られていない冠位を狙い撃ちにする。冠位のローブには防御力があり、攻撃の殺傷力が高くないのもあって決め手にはならないが、魔法を唱える集中力をそぐのには役立つ感じか。


「ねーねー、まだー? ボクとも遊んでよ? じゃないと街で遊んじゃうよ?」

 戻ってきたタグがニヤニヤと笑いながら言った。

「プロテクション」

 タグが話し、ジャアが他の魔法使いの攻撃をよけた隙に冠位が防御魔法をかける。


「優先順位を変更。敵を引きつけて街から離れる。皆はなるべく私の近くで援護を。最速でこの二人を捕獲してから領主邸の救援に向かう」

「了解!」

 それぞれに個々の防御魔法をかけて、魔法協会が反撃に転じる。

 タグが楽しそうに笑って、ジャアが鎧の中で口角を上げた。



 タグが冠位の前に立ちふさがったのと同時に、トールとラヴァがターゲットへと意識を戻す。


「さてはて。貴女の魔法で霧の範囲をすべて焼き払えば早いのでしょうが」

「あらあ? ターゲットはいいけれど、かわいい坊やを丸こげにしちゃうのは趣味じゃないわねぇ」

「姿を現したのも趣味ですかな? 貴女が捕まったので我々も出ましたが。

 タグの毒やジャアの魔道具があるのですから、隠れたまま攻撃をした方が暗殺の成功率は高かったでしょうに」


「毒も兵士も防がれて、アタシのブレージング・ファイアボールも止められたのよ? お相手してもらいたくなって当然じゃないかしらあ。なかなかかわいい坊やたちじゃない?」

「貴女の趣味は好きにされるといいが。仕事優先で頼みますぞ」

「もちろんよ。アタシが坊やたちを引きつけるわぁ。隙をついてターゲットを仕留めてくれるかしら」

「そうですな。適材適所でしょう」


「うふふ。まずは居場所を見つけないとねぇ。ウインド・アロー・シャワー」

 無数の小さな風の矢が広域に降りそそぐ。数を多くして範囲を広くしたぶん威力はかなり弱いけれど、探知魔法の代わりとしては十分だ。

 風の矢がバチバチと弾かれた一角があった。


「見いつけた」

 濃い赤い唇が吊り上がって、不気味に歪んだ。


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