4 サプライズプレゼントに涙が止まらない
研修を終えたところに、仕事終わりのオスカーが馬車で迎えに来てくれる。それだけですごく嬉しい。
オープンタイプの馬車でしばらく行くと、セイント・デイで奮発した店の前に停まった。
「いいんですか? こんないいお店で」
「ああ。今日は特別な日だから」
自分の誕生日を祝ってもらうのに、半分出すとはさすがに言えない。ちょっと申し訳ないけれど、ありがたく甘えることにする。
彼のエスコートを受けて店に入る。予約してくれていたようだ。落ちつける角の席に案内された。
季節が違うからか、前に来た時とはまるで違う料理が出てくる。どれもすごくおいしい。
「はぁ……。……甘やかされすぎている気がします」
「そうか?」
「大好きなあなたと一緒にこんなにおいしいものを食べているなんて。楽園はここにあったのかっていう感じです」
オスカーが笑いをこらえている顔になる。そんなおかしいことを言っただろうか。
「ジュリアはかわいいな」
「えっ、あの……、そんな流れでしたか?」
「ああ。いくらでも甘やかしたくなる」
「ダメですよ? もうすでにあなたなしではいられないのに、これ以上甘やかされたら、あなた以外何も考えられなくなってしまうので」
言いつつ、昔からオスカー以外のことはそんなに考えていない気もした。だからこそこれ以上はダメだと思う。
「……それもいいな」
「え、ダメですよね? 人として」
「ジュリアは研修生以上の仕事をしているし、その場その場で必要なことをよく考えているだろう? それ以外の時間を自分がもらえるというのは……、たまらなく嬉しい」
「……あの。それはもう、現在進行形というか昔からというか……。私の頭の中、九割があなたで、残り一割で他のことをしているというか……。だからその一割がなくなったら本当にもうダメなんじゃないかと……」
オスカーが両手で顔をおおう。
「……今すぐ持ち帰りたい」
「え」
「いや……、なんでもない」
彼がひとつ息をついてから食事を再開する。食べているところを見るのも好きだ。
(オスカーって食べ方がキレイなのよね。育ちがいいっていうか)
魔法使い家系であっても、そこはすごく家による。
庶民が多い店だと大雑把な食べ方をする人が多い。
(ルーカスさんは合わせてくれてる感じ)
元々そう教えられたというより、周りが見える人だから、自分たちといる時にはその基準にしてくれているという印象だ。それができるから上流階級のパーティでも浮かない。一種の才能だと思う。
「……週末の土曜日なのだが」
「はい」
「ジュリアの希望はあるだろうか」
「そうですね……、すごく甘やかされたので。あなたを甘やかしたいです」
「……すぐに戻る」
「はい。行ってらっしゃい」
ふいにオスカーが離席する。少しさみしい。
食べ物の味は変わらないはずなのに、一緒にいた方がだんぜんおいしく感じる。
(ちょっと待っていようかしら)
オスカーを甘やかしたいと言ったけれど、彼はどんなことを喜んでくれるかと考える。
(秘密基地でごはんとか……?)
何か作ると喜んで食べてくれるから、ちょっといい食事を作るのもいいと思う。彼のエリアでキャンプも楽しいかもしれない。この季節なら外も、どこに行っても楽しいだろう。
(釣りや狩りに行ったこともあったかしら)
前の時、おいしいらしいけれど市場には出回らない幻の食材を探しに行ったこともあった。確かにおいしかったと思うけれど、食べ物の味はもうそんなに覚えていない。
それより彼のことをよく覚えている。あの頃は彼の方がずっと強くて、自分はサポートが主な立ち位置だった。
(そういえば、最近魔法を教えていなかったわね)
以前に教えたものはどのくらい身についたのだろうか。彼から言ってこない限り聞かないでいた。師匠失格だろうかとも思うけれど、彼のペースを尊重したい気もする。
オスカーが戻ってくる。
「すまない、待たせただろうか」
「いえ。あなたのことを考えていたらすぐでした」
「……そうか。自分も、考えていて。習った魔法を見てもらえたらというのと、そろそろ次を教わってもいいかと思ったのだが」
「私もちょうど同じことを考えていました」
オスカーがホッとしたように表情をゆるめる。正解を引き当てたといった感じだろうか。
「解毒は問題ない。ノンマジックと浄化もだいぶ安定してきていると思う。どれも実際に試せる機会がなく、練習の上では、という感じだが」
「なら、せっかくだし浄化のクエストを受けてみましょうか。前に冒険者協会に行った時に、家の浄化のクエストがありましたよね。まだあるかはわかりませんが」
「同じ依頼が魔法協会にも来ていて、クリアされたとは聞いていないから残っていると思う」
前回はオスカーが浄化を使えず、自分が使えることを知られたくなかったから受けられなかった。
オスカーが浄化を覚えた今なら受けても問題ないはずだ。
「魔法協会で受けて細かいことを詮索されるとイヤなので、受注はやっぱり冒険者協会ですかね」
「ああ。久しぶりに行ってみるか」
「はい」
オスカーがどこか楽しみにしているように見える。練習していたことを実践で試すことにワクワクするタイプなのだろう。かわいい。
デザートのフルーツプレートが来たと思ったら、食べやすい大きさの丸いケーキが乗っていて、『ジュリア 誕生日おめでとう』と書かれていた。
ケーキは最高級品だ。この店では予約でしか作っていなかったと思う。彼の心尽くしが嬉しくて、大好きがあふれる。
「……ありがとうございます」
「あと……、これを」
そう言ってオスカーがキレイな小箱を差しだしてくれる。
「誕生日おめでとう、ジュリア」
「ありがとうございます。開けてもいいですか?」
「ああ」
いろいろと貰いすぎだと思いながらも、彼の気持ちを受けとった。昔、その箱を見たことがあるような気がするけれど、中身がなんだったかは思いだせない。
大切に開けると、四つ葉のクローバーの形に細工された、金とエメラルドのネックレスが入っている。
(ぁ……)
中身を認識したのと同時に涙があふれた。
「ジュリアにたくさんの幸運が訪れるように」
いつかの彼と、今の彼が同じことを言う。涙が止まらない。
あの事件の後に持ち出せなかった、長年大事にしていた宝物のひとつだ。
「……一生、大事にします」
前もそう言って受けとったのに、ずっと手元に置くことはできなかった。今度は絶対に手放したくない。
「気張らずに普段使いにしてもらえた方が嬉しい」
彼はそう言うけれど、高いものだったと思う。婚約指輪を探しに行った時に似たデザインを見かけて、値段に内心驚いたのを覚えている。
(ほんと……、オスカーは私を甘やかしすぎだわ……)
昔も今も。大好きが止まらない。
なるべく化粧が崩れないように涙を抑える。
「つけてみてもいいですか?」
「ああ、もちろん」
センスがいい細身のチェーンだ。嬉しさにほんの少しの懐かしさが混ざる。手が金具の感触を覚えていて、後ろ手にも簡単につけられた。服の上の胸元でキラリと輝く。
彼からのプレゼントを身につけただけで、何か大きな力に守られているような気がする。
春になってからホットローブを着られず、ハンカチも毎日持っているわけにはいかなかったから、こうして身につけていられるのがすごく嬉しい。
「よく似合ってる」
「ありがとうございます。……すごく嬉しいです」
「ん。気に入ってもらえたなら嬉しい」
(ほんとに……、幸せすぎる……)




