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3 誕生日当日、家族のひと時と朝の一幕


「誕生日おめでとう、ジュリア」

「ありがとうございます、お母様」

 朝起きて一番に、母からお祝いの言葉をもらった。嬉しい。

(お母様は私が結婚してからも、毎年メッセージを送ってくれていたのよね)


 あの時に失ったのはオスカーだけではなくて、そんなふうに大切にしてくれていた全てだ。そこを境に、自分の誕生日がいつかなんて二度と意識することはなかった。

 今年、奇跡以上の時間を手にするまでは。


「……お母様の娘で幸せです」

「あら。ふふ。私もジュリアが娘で幸せよ?」

「お母様……」

 感動していたところに父の咳払いが割りこんでくる。

「ああ、ジュリア。誕生日おめでとう」

「ありがとうございます、お父様」

 そう答えて朝食の席につく。父がすごくそわそわしていて、母がくすくすと笑いだす。


「どうかされましたか?」

「この人、ジュリアの言葉を待っているんじゃないかしら」

「シェリー……」

 どうしてバレているのかと父の顔に書かれている。

「私の言葉ですか?」

「そう思ってないなら別に言う必要はないからな」

 なんのことだかさっぱりわからない。

(思ってないなら? 思ってることを言えってこと??)


「えっと……、お父様も大好きですよ?」

「……ジュリアは私の娘で幸せか?」

(なるほど、そっちね)

「それは、もちろんです。お母様の娘というのは、お父様の娘と同じ意味じゃないですか」

 苦笑しつつそう答えておく。そう言った時にそのつもりはなかったけれど、父の娘であることはもう昔のようにイヤではない。


「そうか」

 父のそわそわが止まって、ほんのわずかに口元がゆるむ。わかりにくくて昔は気づけなかったけれど、今ならわかる。

「お母様とお父様がとても大切に育ててくれたことに、心から感謝しています」

「あらあら。ふふ。まるでもうお嫁に行くみたいね」

「ダメだ。まだ早い」

「行きませんよ……」

 行けるものなら行きたいけれど。そんな本音は心の中にとどめておく。


 朝食に母特製のミートパイが出される。三人で食べきれるくらいの小さなサイズだ。

 この辺りでは家族の中でのスタンダードな誕生日のお祝い料理で、円形を切り分けてみんなで幸せを分かちあうという意味を持つ。

 加えて、中には陶器のミニチュアがひとつ入っていて、誕生日の本人が引くとより多くの幸運が訪れ、他の人が引くと本人と一緒に幸せを増やしていけるという、誰がもらっても嬉しいジンクスがある。


(懐かしい……)

 嫁入り前は毎年両親と食べていた。結婚してからはオスカーのために作って、彼もがんばってチャレンジしてくれていた。娘ができてからは娘のためにも作るようになった。

(そういえばうちは、私の誕生日にしか出てこないわね)

 今更そんなことに気づく。この一年で食べていなかったからだ。両親の誕生日はそれぞれ祝っていたけれど、ミートパイはなかった。


「あの、お母様」

「なぁに?」

「お母様やお父様のお誕生日には、ミートパイは作らないんですね?」

 聞いてみると、母がくすくす笑って父を見た。話してもいいかを尋ねるかのようだ。

 代わりに父が答えてくれる。


「あー、それは……、結婚した当初に私がシェリーのために作ろうとして」

「お父様が?!」

 ものすごく意外だ。オスカーと違って、父が台所に立っている姿は想像できない。

「ああ。それで……、台所を爆発させてしまい、台所を出禁にされたから」

「はい?」

 一体何をしたら台所が爆発するのか、まったくわからない。


「それでね、この人、自分だけ一方的に作ってもらうのは悪いからって。お互いの誕生日は、それぞれに食べたいものを奮発することにしたの」

「なるほど……」

「ジュリアの誕生日なら公平でしょう? それに、ジュリアがいる幸せをみんなで分けたかったから」

「……ありがとうございます」

 戻ることがなかったら一生知らないエピソードだっただろう。両親には両親の時間が流れていることを改めて感じた。


「……ぁ」

 食べ進めていく中で、カチッと固いものにナイフが当たった。周りをきれいに食べていく。

 小さな陶器のミニチュアをフェーブと言う。今回入っていたフェーブは白いフクロウだ。魔除けの意味があるモチーフだったと思う。

「引き当てました」

「ふふ。ジュリアにたくさんの幸運が訪れますように」

「ありがとうございます、お母様」


 仕事に行く前にフェーブのフクロウを宝箱にしまう。

(ピカテットのフェーブってあったかしら? 魔物だから縁起がよくなかったりする?)

 その辺りのことはよくわからない。もし縁起が悪くなくて、まだ作られていないなら、リリー・ピカテット商会で扱えないかなと思う。


 去年オスカーがくれたアメの箱が目に入った。もったいなくて手をつけないまま一年近くが経っている。日持ちするものとはいえ、そろそろ心配だ。

(……今日開けなかったら、またしばらく開けられない気がするわね)

 誕生日という特別な日に、特別なものを開ける。それはステキなことだと思う。


 そっと大切に触れて、ゆっくりと箱を開け、中のひとつを口に入れた。

(っ! おいしい……!)

 甘い。心地いい甘さと風味だ。口の中に幸せが広がった。


(……いろいろ、あったわね)

 これをもらったときは、こんなに穏やかで幸せな気持ちでこの箱を開けられる日が来るとは夢にも思っていなかった。

(オスカー……)

 アメ自体のおいしさに彼への愛しさが混ざる。


 涙が出るくらい、とても幸せだ。



 出社したのと同時に、顔を合わせた人みんなから改めてお祝いを言われた。嬉しいけれど、かなり恥ずかしい。

 父が不思議そうに眉を寄せる。

「お前たち、なんでみんなジュリアの誕生日を知っているんだ?」

「何を言っているんだ、エリック。ジュリアさんが産まれた時にはしつこいくらい騒いでいたし、それからも毎年、今日は娘の誕生日だって浮かれていたのはお前じゃないか」


 父と同期のコーディ・ヘイグが苦笑して言って、こちらに軽くウインクを投げてきた。みんなの秘密を守ってくれたのだろう。ここは便乗するしかない。

 父の所業には気づいていたけれど、今知ったように振る舞う。


「……お父様、そんなことをしていたんですか?」

「そう言われると……、したような気もする」

 バツが悪そうに父がそう言うときは、身に覚えがあるときだ。父がこの父で助かった。


「私だけおめでとうを言ってもらえるのはなんだか申し訳ないので。みなさんのお誕生日もお祝いできたらと思うのですが」

「いや、それはいいんじゃないか? 全員ってなるとかなり大変だろうし。何より、ジュリアさんはここのマスコットみたいなものだからな」

「はい?」

 ヘイグから意外なことを言われ、確かめるように周りを見る。


「そうだな」

「そうですね」

「そうね」

 何人かと目が合ったけれど、同意しか返らない。

「私ってマスコットなんでしょうか……」


「あはは。どっちかっていうとアイドルかもね? クルス氏の影響で、きみが来る前から愛着持ってる人が多かったし」

「嬉しいような、恥ずかしいような……」

「実物の方がずっとかわいいしな」

(きゃあっ)

 耳の近くに落とされたオスカーのつぶやきで心臓が止まるかと思った。なんてことを言うのか。不意打ちはやめてほしい。顔が熱くなって、手でおおう。


(実物の方がずっとかわいい……)

 嬉しすぎて反すうしてしまう。

 父の咳払いが聞こえた。増殖した父のイメージがパッと浮かぶ。ホラーを通り越して今は笑いそうだ。

 呼吸を整えてから仕事の準備を始めた。


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