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2 想定外のプレゼントが一生の宝物になる


 通された部屋にはいろいろなタイプの服が置いてあるようだ。たたまれていて、詳しくはわからない。

「演劇関係のところからオスカーサイズでいろいろ借りてきたから。好きなだけ着せ替えして眺めてね」

「はい?」


「……自分は反対したのだが。絶対にジュリアは喜ぶとルーカスが」

「あはは。責任は発案者のぼくがとるよ。とりあえず一着、魔法で変えてみてよ。ぼくのオススメはこれかな。絶対ジュリアちゃん好みだと思う」

「……チェンジ・イントゥ」

 オスカーが困ったように魔法を唱える。


(きゃあああっっ)

 黒のスーツに、王侯貴族を思わせる長いジャケットだ。部分的に光沢がある生地が使われていて、金で縁取りや柄が入っている。ブローチが高級感を足していて、深い蒼のスカーフが彼の髪色と調和して落ちついて見える。

 今の彼にも似合うし、年齢が上がってもカッコイイと思う。両手で顔をおおって、感動を噛みしめる。


「……ルーカスさん」

「なあに?」

「最高です……」

「でしょ?」

 さすがとしか言いようがない。多分、オスカーのドワーフ装備姿に喜んでいたから、こういうチョイスになったのだろう。他の服も楽しみすぎる。


「……オスカー」

「ああ」

「ごめんなさい。私……、興奮しすぎて気持ち悪いかもしれません……」

「……いや。ジュリアが喜んでくれるなら……、喜んで」

 気恥ずかしそうに答える彼に悶絶しそうだ。


「で、こっちがぼくらみんなからジュリアちゃんへの、形に残る方のプレゼント。このくらいの大きさなら持ち帰りやすいでしょ? 好きなのを記録してね」

「投影用の魔道具ですか?」

「うん。一枚になんてしぼれないだろうから、複数記録の最上位モデルにしたよ」

 なんて至れり尽くせりなのだろうか。ルーカスが用意周到すぎる。


「二人きりにしてあげたいところだけど、他のみんなに余計なことを勘ぐられないようにぼくも同席させてもらうのは許してね」

「それはぜんぜん」

「なんなら見てないことにするからいちゃついてもらってもいいよ」

「いちゃっ……、しません……っ」

 人前でなどという恥ずかしいことをしようとは思わないし、昨日、行きすぎないようにすると決めたばかりだ。接触がなくてもすでに気持ちがたかぶっているのに、この状態で接触するのは危険すぎる。


「他のも見る?」

「……いいんですか?」

「ジュリアちゃんのお祝いだからね」

 オスカーが再び魔法を唱えて着替える。今度は濃い緑を基調とした燕尾服だ。これもいい。すごくいい。


 一着ずつゆっくりと変えていってくれる。白の王子様のような服も、豪華なマントを羽織った王様のような服も、肩飾りがついた軍服も、どれもみんなカッコイイ。彼にはパリッとした高級感がある服がよく似合う。

 職業シリーズなのか、医師、研究者、衛兵の制服を思わせるものもある。これらもすごくいい。海賊のような悪そうな感じも好きだ。冒険者や旅人風のラフな格好も、それはそれで普段とのギャップがおいしい。

(ダメだわ……。何を着ててもカッコイイ……)


「これで最後だね」

 そう言ってルーカスが差しだした服にオスカーが着替える。

(きゃあああああっっっ)

 濃紺のそれは肌にぴったりとあった作りで、筋肉のつき方までよく見える。腰にストールが巻かれている以外は、シルエットが全裸と変わらない。彼のたくましい体つきがよくわかる。


「武闘家の服だって。どう?」

「抱きつきたい……」

(カッコイイです……)

 言った言葉が耳に返って、言っていいことと内心が逆になっていることに気づいた。

(わあああっっっ! ナシ! 今のナシ!!!)

 全力で取り消したいけれど、取り消すことができない。バッチリ聞いたルーカスがニマニマしている。


「抱きついちゃえば?」

 ぶんぶんと首を横に振る。そんな恥ずかしいことができるはずがない。

「……ジュリア」

「ひゃいっ」

 いっぱいいっぱいすぎてちょっと噛んだ。オスカーの方から歩みよってくる。と思う間に、そっと抱きよせられる。


(きゃあ! きゃあああっっっ)

 彼の鍛えあげられた胸にほほがあたる。布が挟まっているはずなのに、肌と肌が触れているような生々しさがある。


「……堪能してもらえただろうか」

「はい……」

 プレゼントは完全にオスカーだった。頭も心も体もいつも以上に彼に染まっていて、しばらくまともに思考できる気がしない。

「眼福でした……。一生大事にします……」


「……ジュリアが望むなら、また着てもいい。……今度は二人きりの時に」

(きゃああああああっっっっっ)

 耳元でささやかれた音が甘すぎる。



 すぐには原形を取り戻せなくて、魔道具ですぐに記録したいという言い訳をして、オスカーとルーカスに先にみんなのところに戻ってもらった。


(なんて破壊力があるプレゼント……)

 ルーカスの発想が恐ろしすぎる。自分へのプレゼントとしてこれ以上があるとは思えない。

 複数記録できる投影の魔道具だけど、どれにするかを簡単には選べない。近いうちなら後から書き換えもできるから、とりあえず思いつくままに記録していく。


(昨日のオスカーの破壊力もすごかったのよね……。全部オスカーにしたい気もするけど……、せっかくだから、お祝いしてくれたみんなの記録もほしいわね)

 みんなの方はひとつに全員おさめたいけれど、なかなか難しい。全員が一度に視野に入っていたことがない。戻ってから相談してみようと思う。


(少しは落ちついた、かしら……?)

 さっきほど心臓がうるさくはないけれど、人に見せられる顔をしている自信がない。気合いを入れても顔が緩んでしまう。

 かといって、自分のためにみんなが集まってくれたのにあまり待たせておくわけにもいかない。


(……お父様が一人、お父様が二人、お父様が三人……)

 頭の中で二十人くらい並べたところで、だいぶ平静になった気がする。

(増殖するお父様……。けっこうホラーだわ……)

 オスカーが増殖するぶんには幸せしかないと思って、また意識が戻ってしまいそうになってがんばって打ち消す。


「すみません、お待たせしました」

「おかえりなさい、ジュリア。プレゼントはどうだったかしら?」

 バーバラに聞かれて、できるだけ落ちついて見えるようにがんばって答える。

「はい。すごく嬉しいです。ありがとうございます」


「ルーカス・ブレアから案を聞いた時は正気を疑ったのですが。ジュリアさんが嬉しいならそれでよかったのだろうと思います」

 バーバラの近くにデレク・ストンがいることにすごく違和感があるけれど、今日はそういう日だと割りきる。

(よかったと言うわりにストンさんはちょっとイヤそうね)

 彼氏に着せ替えをさせて楽しむのは確かに、人によってはあまりいい顔をしないことかもしれない。


「ジュリアさん、俺もジュリアさん好みの服を着ましょうか? なんなら普段から着ていてもいいですよ」

「バートさんはバートさんの好きな服を着てください」


「あはは。ジュリアちゃんはぶれないよね」

「そうですか?」

 ルーカスが楽しげに笑うけれど、ぶれるということがわからない。

「うん。ジュリアちゃんのそういうとこ好きだよ」

「ありがとうございます?」

 なんかよくわからないが、褒められたということにしておく。


「あ、ルーカスさん」

「なに?」

「いただいた投影の魔道具に、今日の記念としてみんなの姿を入れたいのですが」

「……うん。それならお店の人に頼もうか。せっかくならジュリアちゃんも中にいた方がいいでしょ?」

「そう、ですね。ちょっと恥ずかしいですが」

 みんなの中に自分がいる感じがして、それもいい気がする。間違いなく記念になるだろう。


 ルーカスが店員に頼んで操作方法を教える。

 その間にオスカーが小声で声をかけてきた。

「ジュリアは、普段からああいう感じがいいのだろうか?」

「そうですね……、あなたが好きで着ているなら、それはそれで毎日きゃっきゃできて嬉しいと思いますが。

 普段のそのままのあなたも大好きなので、たまにサービスしてもらうくらいがちょうどいいのかもしれません。……あと、正直、他の女性には見せたくないというか」


 思うがままに答えたらオスカーが顔を隠してしまった。

(何か変なことを言ったかしら……?)


 準備が整ったようで、ルーカスがみんなを並べていく。ルーカスはよく気が回るし、幹事に向いているのかもしれない。

 店員が投影の魔道具に記録してくれる。それで大丈夫かを確認のために見せてもらった。


(……あ。なんか、すごく嬉しい)

 自分を中心にみんなが笑ってくれている。前の時にはもういなかったはずのフィンとバーバラも、接点がなかった人たちも。事件の後、二度と顔向けできないと思っていた仲間たちも。オスカーも。


(取り戻した……っていうより、改めて手に入れた、っていう感じ……?)

 その実感が湧いてくる。


 この投影の魔道具は、間違いなく一生の宝物だ。


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