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1 日曜日の想定外の行き先


 日曜の朝、オスカーが馬車で迎えに来た。

 昨日は一日たっぷり甘やかされて十分彼が足りていたはずなのに、会えるだけですごく嬉しい。

 エスコートするように差しだされた手に、そっと手を重ねる。


 昨日の午前以降は、過度の接触はしていない。帰る前にしたキスも、軽く触れさせるだけのものだった。

 物足りない気もするけれど、今の自分たちにはそこまでがちょうどいいのだと思う。オスカーも同じところで止めてくれるのがありがたい。


 彼との距離はいつでもちょうどよく感じる。求めているときは求めてくれるし、待ってほしいときには待ってくれる。自分をよく見てくれているのだろう。それでいて彼がムリをしている感じはしない。そこがとても心地いい。


(大好き……)

 一緒に馬車に乗っていても、景色ではなく彼を見てしまう。視線が絡むと笑みが返る。嬉しい。

 手の甲を包みこむように彼の手が触れて、指を絡めて握られる。その上からもう片方の手を乗せて彼の手を包む。全然包みきれないのも愛おしい。


(今日はどこに行くのか、そろそろ聞いてもいいかしら……?)

 最後まで聞かないでおいた方がいいのか、悩ましいところだ。

「……あの」

「ん?」


「……だいすき」

 やわらかな音で小さく問い返されて、思わずいつも思っていることが出てしまった。

(そうなんだけど、そうじゃない……)

 オスカーが空いている手で口元をおおって視線をそらす。そんなしぐさも好きだけど、こっちを見ていてほしいと思ってしまう。


「オスカー……?」

「……ジュリアはかわいいが過ぎる」

「え、かわっ……」

 彼はよく思いがけない時にかわいいと言う。嬉しいのと恥ずかしいのとで、何度言われても慣れる気がしない。


「ジュリアは……、いつも、もっと好きになると言ってくれたが」

「……はい。今も更新中ですよ?」

「自分も……、同じで……。気持ちが止まらなくて。いつも……、どうしていいかわからない」

(ひゃああ……! なにそれ、なにそれ……! 嬉しすぎる……)

 バックンバックンと心臓がうるさい。


「……私があなたを好きすぎて……、あなたの方が冷静だと思っていました」

「ジュリアに出会ってからこの一年近く、ジュリアといて冷静だった覚えがないのだが。……こんなに日々気持ちが動くことがなかったから、自分でも驚いている」

「……すみません、いっぱい迷惑をかけて」

「そういう意味じゃない」


 包まれていた手を、そっと彼の胸元に運ばれる。

(ひゃあああっっっ……)

 服越しにもわかる筋肉質な感触が自分の体とはぜんぜん違う。大好きな彼の体だ。


「ここが、まったく言うことをきいてくれない」

「……私も、です」

 彼の告白が嬉しい。今度は自分が彼の手を胸元へと導く。

「あなたといると幸せで安心するのに、すごくドキドキもしてしまって。……いっぱい、大好きがあふれて止まらなくて」

「同じだと思う……と、また加速しそうだ」

 視線が絡む。熱を帯びて見えるのは、きっと自分も同じだろう。


(……キス、したい)

 そう思ったときにはどちからかともなく顔が近づいている。けれど、今は唇を触れあわせるだけでも止まれなくなる気がする。

 どうしようと思うより先に、そっと鼻先が触れあった。それから、おでこが重なって、ほほと頬が触れる。今の自分たちのギリギリの愛情表現がここなのだと思う。


 コンコンと外から扉が叩かれる。いつの間にか馬車が止まっていたようだ。それに気づいたのと同時に、ほんのわずかに唇が合わさるキスをされた。

(ひゃっ……)

 嬉しくて気持ちよくて溶けてしまいそうだ。

 すぐに馬車の扉を開けないといけない制約がついたから、今の一瞬なら大丈夫だと判断されたのだと思う。


(……オスカー。大好き)

 顔が熱い。

 彼が熱を吐きだすように息をついてから、ゆっくりと馬車の扉を開けた。


「えっと……、盛り上がってるとこ、ごめんね?」

「えっ、ルーカスさん?!」

 思いがけないことを言われて、慌てて馬車の窓を確かめる。上流階級のお忍び用の、ドアの上の方に明かりとりの窓がついているタイプだ。

(高さ的に、台を使わないと中は見えない作りのはず、よね……?)


「見えてたわけじゃないからそこは安心してね」

(ううっ……)

 心を読まれているとしか思えない。

「カップルで乗ってて馬車が止まってもなかなか降りてこない時って、経験上邪魔しない方がいいからって御者がのんびり待ってたから。

 代わりにノックさせてもらったんだけど邪魔だったかな」

「いや。むしろいいタイミングだった」


(ちょっ、オスカー?!)

 声に出してしまうとルーカスに何を気取られるかわからないから音にはしないで飲みこむ。

(いいタイミングって……)

 ノックの音がしたからキスができた。たぶん、そういう意味だ。なんだかすごく恥ずかしい。


 エスコートするように差し出された手におずおずと手を重ねて馬車を降りる。

 なるべく早く落ちつけるように話題を変えた。

「……今日の行き先って、ルーカスさんと待ち合わせだったんですね」

「いや……」

「ぼくだけじゃないけど、ぼくが気づいたからこっそり迎えに来ただけだよ」

「ルーカスさんだけじゃない?」

 なら、いつもの新商会設立メンバーとの会合だろうか。


 場所は街の中心地に近いあたりだろうか。魔法協会とショー商会の間くらいにある、入ったことがない飲食店だ。

 ルーカスが扉を開けてくれる。オスカーに手を引かれて中に入ったのと同時に、たくさんの声に出迎えられた。


「誕生日おめでとう」「ございます」

「え……」

 ものすごく驚いた。

 いつもの商会メンバーだけじゃない。魔法協会の先輩たちまでほとんどみんないる。


(これって……)

 前の時にはこんなことはなかった。新商会のメンバーたちとはそもそも関わりがなかったし、魔法協会の中でも軽く声をかけられる程度だった。

「……初めは、ルーカスも祝いたいだろうと、ジュリアがいないときに話していただけだったのだが」

「あはは。ものすごい勢いで便乗されたんだよね」


 バーバラが飛びついてくる。

「ちょっと早いみたいだけど、おめでとう、ジュリア」

「ありがとうございます……」

「今日は昼過ぎまで貸し切りにしたのよ? ふふ。いろいろ用意したから、いっぱい楽しんでね?」

「今日の主役をひとりじめしないでほしいのですが」

 バーバラに切りこんできたのは、まさかのデレク・ストンだ。ここの関わりができる日が来るとはまったく思っていなかった。


 カール・ダッジもやってくる。

「ジュリアさんはあそこの主役席で。バーバラちゃんは、魔法協会メンバーと親睦を深めない?」

「……そうね。今日はそうしようかしら」

 バーバラがチラリとフィンを見てからそう答えた。


 バートとフィン、その並びにブラッドもいる。魔法協会の独身のお姉様方に囲まれていて、すぐには来なさそうだ。

 バートとフィンはそつなく外行きの顔で対応しているように見えるが、一番興味を持たれているらしいブラッドは居心地が悪そうだ。

(こういう場にブラッドさんが来るのはちょっと意外ね)


 オスカーにエスコートされたまま主役席に連れられていく。反対隣をルーカスがついてくる。

「ジュリアちゃん、おどろいた?」

「はい。ものすごく」

「あはは。それはよかった。オスカーもお疲れ様。バレないで連れてこれたのはさすがだね」

「いや……、ジュリアが聞かずに来てくれたから」

「聞かれなかったのはオスカーを信頼してるからでしょ? オスカーにしかできない役目だったと思うよ」


「あの。嬉しいのですが、こんなにしてもらっていいのかっていうのもあって」

「いいのいいの。むしろみんなが割りこんできてる感じだから。きみの誕生日をお祝いしたいのも本当だろうけど、それを口実に騒ぎたいのもあるだろうしね」

「こんなに魔法協会のみんなが来てるなら、父も知っているんですか?」


「クルス氏には内緒なんだよね。知られたらきみに伝わっちゃいそうなのと、いたら好き勝手できないでしょ?」

「ふふ。なら、今日みんなにお祝いしてもらったことは父には内緒ですね。すごくヤキモチ妬きそうなので」

「うん、そこはお願いね。知られたら機嫌を損ねそうだから」


 魔法協会の先輩方と仕事以外の話をゆっくりするのは去年の夏合宿以来だろうか。時々席替えをしながら食事と余興が進んでいく。

 新商会メンバーは設立準備でも忙しかったはずなのに、合わせて用意してくれていたことが嬉しい。

 デザートまで食べ終えたところでルーカスから声をかけられた。


「じゃあ、プレゼントを渡すから、ジュリアちゃんとオスカーはこっちへ」

「はい……?」

 この場で渡されないことも不思議だけど、一緒にオスカーが呼ばれたことも不思議だ。


「あれは本気だったのか……」

「もちろん。だから貸切ができる上に個室もあるこの店にしたんだから」

 ルーカスは楽しそうで、オスカーは少し恥ずかしそうだ。周りのみんなからは暖かかったり生暖かかったりする視線を感じる。ちょっとニヤニヤしている人もいて、謎が深まるばかりだ。


(みんなに言ってあるってことは、えっちなやつじゃないとは思うけど)

 昨日すでに「プレゼントは自分」に近いことを言われて悶絶寸前だったのだ。同じことは起きないはずだと思いながらついていく。



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