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40 幸せすぎる休日デート


(デート! オスカーとデート……!)

 何を着ていくかを考えるだけでもわくわくして楽しい。内心ではずっと浮かれていたけれど、なるべく出さないようにがんばった。


(そういえば、つきあって半年以上になるのに、二人きりのデートってそんなに多くないのよね)

 自分が調子を崩している間は数が増えていたけれど、純粋に楽しみきれなかったから半分くらいのカウントだ。

 他は、なんだかんだと用事が多かったし、他の人もいることが多かった。


(改めて二人きりでって言われたのには何か意図がありそうだけど……)

 言われてから考えたけれど、想像してはいけないことしか浮かばない。

 迎えに来るとは言われているが、どこで何をするかは聞いていない。ドキドキしてばかりだ。


 街歩きで目立ちすぎない程度におしゃれをする。少し凝った髪型にして、お化粧もいつもより少ししっかりめだ。

(ちょっとはしゃぎすぎかしら……)

 いい歳をして、と思わなくはないけれど、外見年齢に精神年齢が引っ張られている気もするから、ちょっとくらい許してもらいたい。


(……ちょっとじゃなく、はしゃぎすぎかしら)

 浮遊魔法フローティン・エアをかけていないのに空中を歩けそうな気がする。

 だいぶ早くから準備を始めて、早すぎるかと思っていたけれど、それほど時間は余らなかった。


 約束の時間の少し前に玄関で待機する。ノッカーが鳴ったのと同時にドアを開けて急ぎ足で門に向かう。

(オスカーが持ってるの、花束かしら? すごく絵になる……)

 心なしか彼もいつもよりおしゃれをしてきている気がする。


「お待たせしました」

「いや、ゆっくりでいい。……少し早いのだが、これを」

 そう言って気恥ずかしそうに差しだされたのは、赤いバラの花束だ。小さな白い花が一緒にあしらってあってすごくかわいい。


「わあ。ありがとうございます。すごくきれいですね。嬉しいです」

 受けとって、何が早いのだろうと思う。

「……気取りすぎかとも思ったのだが。喜んでもらえてよかった」


「先にこれを秘密基地に置いてもいいですか?」

「ああ。少し移動して、ひと気のないところで透明化して戻ろうか」

「はい」

 けっこうな大きさと重さがあるから、大事に両手で抱える。オスカーと手をつなげないのは残念だけど、少しだけの辛抱だ。


「お花をもらうの、久しぶりですね」

「あまり贈りすぎても迷惑ではないかと」

「まあ、フィン様レベルは確かにちょっと困りました。あなたが私のことを考えてお花を選んでくれるのは嬉しいのですが」

 話していると、ふいに既視感があった。


(あれ、そういえば、前の時もこんなふうにバラの花束をもらったことがあったような……)

「……あ」

 思いだした。バラの数を数えてみる。十七本。間違いない。


「もしかして、私の誕生日、ですか?」


「ああ」

「私、言いましたっけ?」

「5月13日だろう? 魔法協会ホワイトヒル支部ではみんな知っている」

「あー……」

 そうだった。自分が入る前に、父からすべて筒抜けな職場だった。


「当日は平日だから、夕食だけ誘えればと思っていて……。もしよければ、今日一日は自分の全てをジュリアにと」

「……オスカーの全て……?」

 一瞬想像力が暴走して、ものすごく恥ずかしくなる。それに気づいたのか、彼も赤くなって片手で口元をおおった。


「……すまない。言い方が悪かった。なんでもジュリアの好きにしてもらえたらと」

「私の好きに……?」

 ダメだ。何を言われても頭の中がピンク一色だ。

(落ちつく時ってどうすればいいんだったっけ……?)

 まったく思いだせない。とりあえず、もらった花束で顔を隠しておく。恥ずかしい。



 二人で秘密基地に入る。

「二週間前のブーケがまだキレイだな」

「せっかくなので保存の魔法をかけたんです。もしよければこの花束も保存魔法をかけたいのですが」

「保存魔法?」

「便利だけど魔法協会で習わないからほとんど知られていない生活魔法シリーズですね。

 まあ、これをかけるとものすごく不味まずくなるので。観賞用の植物にしか使えないっていうかなり限定的なものだから、わざわざ教えないのも道理ですが」


「……食べたのか?」

「はい。野菜や果物が痛まないならすごく便利だと思ったのですが、えぐみと苦みが波のように押しよせる物体に……」

 オスカーが小さくきだす。彼が笑ってくれるなら失敗も悪くない。一緒に笑って、もらった花束に保存魔法をかける。


「プリザーブ・プラント」

 必要な魔力はほんの少しだ。おそらくルーカスでも、花屋一店舗ぶんくらいはかけられる初級魔法である。


「前から思っていたのですが、この魔法をかけたお花って高く売れそうですよね。一度かけると数年はもつので。一年もつお花として一年保証で売ればいいんじゃないかなって」

「それは……、いいアイディアなんじゃないか? 今度みんなに話してみたらどうだろうか。リリー・ピカテット商会の看板商品のひとつになるかもしれない」


「あ、お花も扱うっていうの、いいですね。リリーに説得力が出ます」

 商会の名前を決める時にも、ユリの花を植えたらどうかという話は出ていた。切花もいいだろう。名前の印象が自分から離れていくのは大歓迎だ。


「せっかくなので、花束のまま飾っておきますね」

 キャンディスのブーケは花瓶を買ってきて飾っているけれど、水が入っているわけではない。オスカーがくれたバラは、包装込みで思い出としてとっておきたい。


 部屋の設備をいじって、ドワーフ装備を入れているケースの小型版を作る。背は高めで、途中に板が入っていて、視線の高さに置けるような形だ。場所は部屋の真ん中のソファの隣にした。ここならどこにいても眺めやすい。


 保存魔法をかけた花束をそっと収める。

「欲を言うなら立てて飾りたいですが。とりあえずこんな感じで」

「……これをルーカスにも見られるのは少し恥ずかしいな」

「イヤですか……?」

「いや、そういうわけではないが……」


「この魔法を知ったのは、あのことがあった後、片っ端から魔法を調べていた時で。前のこのくらいの時期は当然使えなかったんです。

 それで、枯れちゃうのがすごく残念だったんですよね」

「花は普通、そうだな……。ジュリアがイヤでなければ、毎年、一本足した花束を贈らせてもらえたらと思うが」


 体の奥底から嬉しさがこみあげて、あふれそうな感覚があった。

 契約が発動しないかとビクッとして、何も起きていないのを内心で確かめてから笑みが戻る。


「……はい。前の時も、あなたはそう言ってくれたんです。それがすごく嬉しくて……。ずっと、二十年以上約束を守ってくれたことも」

「……そうか」

 オスカーが気恥ずかしいような、少しだけ悔しいような顔になる。前の自分に先を越された気がしているのかもしれない。


「ふふ。今回は保存ができるので。毎年一本、贈ってもらうというのはどうでしょうか」

「一本でいいのか?」

「はい。一緒に月日を重ねる記念という感じがしてすごく嬉しいので」

「わかった」


 これから先の時間の話をしても、彼は当たり前のように受け入れてくれる。

 夫婦になれるかはわからない宙ぶらりんの状態で待たせているのに申し訳ないと思うのと同時に、それでもそばにいてくれようとしているのを感じてすごく嬉しい。


「……この後なのですが」

「ああ」

「外に出る前に、ここであなたに抱かれたいなって」

「……」


(あれ? オスカーがものすごく驚いてから真っ赤になった?)

 それが意識に上がってから、盛大に言い方を間違えたことに気づいた。顔から火を吹きそうだ。

(きゃああああっっっ)


「……えっと……、すみません。あなた用のソファに一緒に座って、抱きしめてほしいなと……」

「あ、ああ……。……わかった」

 動揺を隠しきれない声が返る。恥ずかしすぎてまともに顔を見られない。


 オスカーの足がドワーフ装備の方に向いた。

「チェンジ・イントゥ」

 彼が服を変えてから、その服に合わせて見立てたソファに座った。

「ジュリアはこの服がいいのだったな。……おいで」

(ひゃあああああっっっ)

 サービスが過ぎる。嬉しすぎて倒れそうだ。


 おずおずと彼の方に行って脚の間に座り、振り向いて見上げる。


「この服が好きなんじゃなくて、この服を着ている、あなたが好き(・・・・・・)……、なんですよ?」


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