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39 商会の名前になるのも全力で遠慮したい


「次の土曜は二人きりで過ごしたいのだが……」

 仕事としての訓練の後に、オスカーからこそっと耳打ちされた。

(ひゃあああっっ……)

 嬉しすぎる。そういうのだ。自分が求めているのは。

「はい。喜んで……」

 その場で抱きつきたいのをガマンして、見上げて答える。嬉しそうな笑みが返った。それだけで幸せだ。


 訓練着から着替えるために一度別れる。

(二人きり……。二人きりで何をするの……?)

 一人になるとついいろいろ想像してしまって、必死に打ち消す。彼の部屋で二人きりになった時の感覚が強く残っている。


(待って。落ちつかなきゃ。私は壁。オスカーの部屋の壁……)

 その場から自分を消すのには成功したけれど、それはそれで違う光景が浮かぶ。

(……待って。一日の半分以上オスカーを眺めていられるのよね? 壁ってけっこう幸せなんじゃないかしら。って、そうじゃない……)

 とりあえず意識をオスカーの部屋から外すべきだろう。


(秘密基地もいいわよね……)

 自然の中にいるみたいなのに絶対に邪魔が入らない彼の部屋もいいし、ドワーフ装備のオスカー用の一角もいい。

(ああもう……、どうしたってオスカーが大好きすぎる……)

 ため息が出る。


 着替え終えて本物と合流したら、イメージの中の彼以上にクリティカルヒットだった。飛びつきたいのをガマンして、おずおずと手を差しだす。

 そっと壊れもののように触れて、それから指を絡めてしっかりと握ってくれる。彼の大きな手が好きだ。


(こんなに幸せでいいのかしら……)

 世界の摂理との契約の発動条件に抵触しないか心配だ。前の時にデートをしている間は問題がなかったけれど、その頃の大好きを更新し続けているから、絶対に大丈夫だとは言いきれない。


(……師匠はどのくらい、ペルペトゥスさんのダンジョンを進めたかしら?)

 今は帰りを待つ以外にないのが歯がゆい。



 新しい商会は、全員無事に許可がとれて準備に入った。

 バートとフィンが率先して動いてくれている。二人とも手続き関係に強い印象だ。魔法使い組の苦手分野だから、とてもありがたい。


「登記をするにあたって、商会の名前を決めないといけないのですが」

 夕方の打ち合わせの時にバートから切りだされる。


「僕らの方で案として上がっているのが、『マダムユリア商会』『ユアハイネス・ユリア商会』『愛しのユリア様商会』」

「待ってください……。ユリアから離れた案はないのでしょうか……」

 呼ばれるたびにものすごく恥ずかしくなる。魔法で穴を掘って埋まりたい。


 フィンが穏やかに言葉を挟む。

「村の名前がビレッジ・マダムユリアになるなら、そこをプロデュースする商会としてマダムユリア商会は的を射ていると思いますが」

「オレも賛成だ」

 こだわりがなさそうなブラッドまで向こう側だ。助けを求めるかのようにオスカーとルーカスを見る。

「マダムユリア商会でいいと思う」

「うん、なんの問題もないよね」


「ううっ、四面楚歌……。問題しかないんですが……」

「ジュリアはイヤなのか?」

 そう聞いてくれるオスカーが好きだ。ありがたく思いながらうなずく。

「はい……。村の名前も百万歩譲って、みんなの希望なら仕方ないかなと思っているので。

 商会代表として『マダムユリア商会のジュリア・クルスです』って名乗って、マダムユリアの由来を聞かれたら恥ずかしすぎて逃げたいです……」


「けど、他に思いつく?」

「みんなの幸せ商会とかですかね?」

「怪しさしかないね」

「ピカテット商会?」

「ピカテットはメインで扱うものとして入ってもいいと思いますが、それだけだと名称として弱いかと」

「ピカテットはかわいいよね商会……」

「ジュリアにネーミングセンスがないことはよくわかったわ」

「ううっ……」


「ジュリアはかわいい商会……」

「はい……?」

 オスカーが真顔でぽそっとつぶやいたのは聞き間違いだろうか。

「あはは。ジュリアちゃんはかわいいね商会」

「そうね。ジュリアはかわいいわ」

「ルーカスさんとバーバラさんまで何を……」

 聞き間違いじゃなかった。バッチリみんなに聞こえていた。嬉しさより恥ずかしさの方が大きい。


「プリティ・ジュリア商会ですね」

「バートさん……。ユリア系より悪化してる上に、なんの商会かまったくわからないです……」


「冗談はこのくらいにして、リリー・ピカテット商会ならどう?」

 ルーカスが笑いながらさらっと言った。


「リリーですか?」

「うん。ジュリアちゃんは名前を入れてほしくなくて、みんなはジュリアちゃんの名前を入れたいんでしょ?

 なら、中の人だけがわかればいいんじゃないかなって。ユリアのユリから、リリー。ユリの花とピカテットでロゴも作りやすいし、わかりやすいでしょ? 観光牧場にする時に環境美化でユリの花を植えてもいいしね」


「それなら確かに、言わない限りはユリの花からとっていると思われるから、いいですね。直接的なのと違って、私個人がすぐに連想されないのが嬉しいです」

「いいんじゃないかしら? キレイな響きで、女性が好みそうだわ。メインターゲットは女性と子どもになるのでしょう? わたしは賛成よ」


「ジュリアがそれでいいなら、自分に異存はない」

「組み合わせていることで他と競合もしないだろうし、いいんじゃないかな」

「村のやつらも由来を説明すれば納得すると思う」

「じゃあ、満場一致で『リリー・ピカテット商会』ってことで」


 バートがメモに記入して、話を進める。

「当面はピカテットの木彫りのプロデュースのし直しがメインかな。うちの商会の担当者と契約の話をし直すのと、改めて赤ちゃんピカテットとのセットの置き物を作るのもいいと思う」

「それは間違いなくかわいいですね」


「絵を描ける人はいないのかしら? ピカテットの絵はきっと需要があるし、布や革に描いてもらってカバンを作るのもいいと思うわ」

「絵は外注だな。染めのための型を作ってもらえれば、染める方なら教われればできると思う」

「とりあえずピカテットの親子を投影の魔道具に記録して、商品開発についてはゆっくりつめていこうか」


 みんなでわいわいと話していると時間があっという間だ。

 今回は両親に話しても問題ないから、誰とどこで何をしているかは簡単に伝えてある。基本的に夕食は帰ることにしているため、それほど長い時間はとれない。

 バタバタと平日が過ぎていく。


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