38 村の名前になるのは全力で遠慮したい
「きゃーっ!!」
ホウキで空に上がると、バーバラが高い声をあげた。
(怖がっているっていうより楽しんでる感じかしら)
「すごいわね、ジュリア。クセになりそうだわ。これ、遊びとしてもおもしろいんじゃないかしら」
「魔法使いを雇うのはそれなりに高いので。裕福な遊びになりますね」
バートはホウキに立てるかチャレンジしようとしてルーカスに止められた。
(ホウキの立ち乗りは自分でコントロールしないとムリよね……)
ショー兄妹は肝が据わっていると思う。
フィンが怖くないようにゆっくり飛ぶオスカーにペースを合わせて、ヒルサイドビレッジに向かう。
「……怖さはいくらかマシですが。距離感が微妙ですね……」
「そこはあきらめるしかないだろう。自分はあきらめている。本音を言えば、ここにはジュリア以外は乗せたくない」
「……乗せたんですか? この距離で?」
「羨んでいいぞ」
「魔法使いが言うホウキの二人乗りの意味をやっとちゃんと理解しました……」
(よく聞こえないけど、あっちで噂されている気がするわ……)
ヒルサイドビレッジまでは、ホウキならゆっくり飛んでもそれほどかからない。
村のわかりやすいところでブラッドが待っていてくれた。
「……上司が来ることは聞いてないんだが」
フィンを見たブラッドが顔をしかめる。
「すみません、メンバーについて伝えそびれていて」
「休日まで僕の顔は見たくないですか?」
「わかっているじゃないか。仕事だけのつきあいだ」
「フィン様のところとはまた違うのですが、お仕事の話なので許してもらえたらと」
ブラッドとショー兄妹の顔合わせをしてから、今日の用件を伝えた。
少し考えるようにしてからブラッドが答える。
「オレはおおむね賛成だ。村のやつらの待遇改善につながる可能性があるなら積極的に取り入れたい。村のやつらにはアンタから話してもらえるんだろ?」
「私が話した方がいいですか?」
「それはもちろんだ。オレの今のここでの立場は、あくまでもアンタの代理だからな。ここのやつらは誰が飼い主かをよくわかってるぞ」
「飼った覚えはないのですが……」
「ものの例えだ。あと、もうひとつ、協力に条件をつけたい」
「なんでしょう?」
「本当は頼んでほしいと言われていることなんだが。頼んでもアンタは断るだろうからな。この件にオレが全面的に協力する上での条件だ」
「……なんですか?」
「二体だけでいいから『ユリア様像』の制作許可がほしい」
「それは……」
偶像崇拝を禁じてからはちゃんと守られていたはずのことだ。
チラリと、禁止するように言ったフィンを見てから、純粋な疑問を口にする。
「……今更、とも思うのですが。何か理由があるんですか?」
「ああ。アンタ、だんだん魔法を弱めてるだろ?」
なんの魔法かを言わないのは、フィンやショー兄妹にどこまで聞かせていいかわからないからだろう。ギリギリの表現だ。
「そうですね。当初の予定通り」
「で、最近『風呂嫌い』の問題が表面化してきていてな。オレが毎日魔法でみんな洗うってのはなかなかに骨が折れるんだ」
「なるほど」
「なら、入りたくなるような風呂を作るのがベストだろう? そう考えると、村人専用の公衆浴場にだけユリア様像が入っていれば、みんな間違いなく毎日入るだろう、ってわけだ。
二体ってのは、男湯と女湯に一体ずつな」
「……理屈はわからなくはないのですが」
恥ずかしいからやめてほしい。そう言って止めるのは気が引けて、フィンを見る。そもそもユリア様像制作を禁じたのはフィンなのだ。
フィンが意を得たりという顔で頷いた。
「いいんじゃないですか?」
「はい?」
「その浴場には村人しか入れないんですよね? そこを徹底して、持ち出せない大きさのものを置くぶんには、外の人に見られる可能性はかなり限られるので。作ってもらえばいいと思います。男女用別で、二体」
まさかの盛大な裏切りだ。頭を抱えたくなる。恥ずかしすぎてちょっと涙目になりそうだ。
「……ブラッドさん、それ、『条件』ですか……?」
「そうだ」
「ううっ、わかりました……。絶対、絶対、村人以外は入れないでください」
「あ、僕は特別許可をもらいたいです。男性用の方の制作にも口を出せたらと」
「フィくん?!」
フィンは何を言いだしたのか。ますます頭を抱えたい。
「ユリア様像って何ですか? ジュリアさんと関係が?」
話を知らないバートが首をかしげる。
「えっと、これはここのメンバーだけの秘密にしてほしいのですが。この村の人たちに、私がユリア様って呼ばれていて。
ピカテットの木彫りの前は、私の木彫りが作られていて。事情があってそれを禁止したんです」
「ジュリアさんの木彫り?! あのクオリティで?! それはぜひほしいな。浴場に入るなら俺も毎日通いたい」
「やめてください……。私の黒歴史なんですから……」
「村人専用って言ってるだろ。アンタらはダメだ。元々風呂嫌い、人間嫌いのやつらが、赤の他人が入ってるところに入るわけがないだろう」
「僕もダメですか?」
「ダメだ」
「あなたの待遇を上げるとしても?」
「公私混同するな、アホ上司」
「……ドイルさん、口悪いですよね。仕事中はそうでもないのに」
「勤務中以外に敬う理由がない。勤務中の時間はアンタに買われているから、しかたないと思っている」
「そこは人間感情を考慮して敬っておきましょうよ……。まあいいですけど」
「ブラッドさん、浴場作りの方は手伝う必要はありますか? 魔法使い一人だとけっこう大変では?」
「最低限は魔法で補助するが、稼いでいる金で職人を雇えるところは雇うし、村人ができる部分は村人にやらせる。ユリア様像が入るなら喜んで働くだろ」
「……魔法、弱めてるんですけどね」
「ユリア様崇拝は弱まってないな。むしろ感謝が増してる気がする」
「普通の人として接してほしいです……」
「それはここではあきらめるんだな」
「そんなキッパリ……」
自分で蒔いたタネとはいえ、頭を抱えたい。
「あともうひとつ、これは上司の方に頼みたかったんだが」
「なんですか?」
「村の名前、どうにかならないか? ヒルサイドビレッジになったらしいって言ってから、毎日のように陳情されているんだが」
「村人たちの希望は?」
「ユリア様村」
「却下ですっ!!!」
全力でやめてほしい。恥ずかしすぎる。
「うーん……、その土地の有力者の名が地名になること自体は珍しくないですが。本人がこう言っていますしね」
「何がそんなにイヤなんだ? アンタの本名でもないだろ?」
「本名じゃなくても自分を指しているのはわかるので。様づけとか本当に勘弁してほしいです……」
「ああ。なら、ユアハイネス・ユリアビレッジでどうだ?」
「待ってください、それ女王様になってますよね……」
「いいな、それ。最高だ」
「バートさん?!」
「村人たちとしては、ユリア様の名前が入らないのは納得できないし、ユリア様を呼び捨てにされるのも許せないから、ユリア様村が妥当ってことらしい。ユアハイネス案なら通るだろうが」
「敬称……、マダムユリアとかならまだギリギリ許せる気がしますが……」
「マダムっていう歳か?」
「夫人や年長の女性っていうニュアンスで受け取られがちですが、身分が高い女性全般の敬称なので。一応、うちも貴族ですし」
「ビレッジ・マダムユリアか。悪くないな。村人たちに確認する」
「費用はかかりますが、賛同者の署名をもらっておけると、村の改名が通りやすくなりますよ」
「わかった」
名前の方向がまとまったところでフィンが添えた。
(どうしてこうなったのかしら……)
今日ここには村の発展のための事業の相談に来たはずなのに、気がついたら自分の愛称が村の名前にされそうになっている。まさかのフィンも乗り気に見える。
(誰か、誰か申請を却下して、偉い人……!)
その場合は領主様だろうか。他人頼みにならざるをえない。
その後は普通に今後の打ち合わせができた。ブラッドにピカテットの赤ちゃんを見せると、想像以上に相好を崩していた。意外だ。
まずそれぞれ打診するべき場所に打診してみて、また打ち合わせることになる。休日は予定が入ることが多いため、平日の夕方を主な活動時間にすることにした。
(また忙しくなるわね……)
来た時と同じように、三人をそれぞれのホウキに乗せてホワイトヒルに戻った。まずフィンを領主邸に帰して、それからショー商会にバートとバーバラを送り届ける。
二人を降ろしてから、ルーカスが思いだしたように言った。
「あ、バートさん」
「なんでしょう?」
「この話が固まっていくなら、ジュリアちゃんとバートさんは共同事業者か、あるいはバートさんがジュリアちゃんの部下っていう立場になるよね?」
「そうですね」
「なら、これからは節度ある距離感でね? 共同事業者や上司の部屋を見たいとは普通言わないでしょ?」
「……まったく、貴方には完敗です。僕の意識を仕事に向けてからそれを切りだされたら、反論のしようがない」
バートが肩をすくめて苦笑した。
バートに聞こえない位置まで上がってからルーカスに声をかける。
「ルーカスさん、もしかして初めからバートさんを止めるのが目的で……?」
「それもかな。事業自体も必要だとは思っているよ」
「……ありがとうございます」
さすがすぎて頭が下がる。ルーカスにも感謝ばかりだ。




