35 ペットを飼うとモテるのか
日曜日に、オスカー、ルーカス、両親とユエルたちについて相談する。ひとまず仕事の間は使用人に見てもらうことにした。長年勤めてもらっているベテランがいるから安心して任せられる。
ユエルはジェットにくっついていた方が安心するということで、しばらくルーカスからジェットを借りることになった。
つい先日、させられないのに一緒にいるのは不安だと言っていたのを考えると、大きな進歩だと思う。ジェットへの信頼感を待てたのだろう。
月曜の仕事の後に病院で見てもらったところ、母子ともに健康とのことだ。
外出目安も確認する。野生の環境下では安全のためにひと月くらい巣穴から出ず、貯めたエサを食べて授乳するそうだ。街中には天敵がいないため、カゴのままなら一週間程度で連れだしてもいいと言われた。
職場で仕事前に様子を共有するのが日課になった。
ルーカスの残り少ない独身男性仲間二人が、ピカテットを飼ってみたいと言いだしたのが聞こえてくる。
「最近女の子の間で木彫りが流行ってるみたいでさ。ピカテットを飼ったらモテそうじゃないか?」
「俺は寮だから見に来ないかって言えないんだよなァ」
「はは。そこは実家暮らしの方がマシだな」
(モテるとかそんな不純な動機でペットを飼わないでください……)
思うけれど、関係が近くないから黙っておく。もう時効だろうが、父がお見合い用の投影を持ってきた二人でもあるから深入りしたくない。
(二人ともどこかのタイミングで結婚してたはずだけど、相手に出会うのはもう少し先かしら)
ジェットを飼っているルーカスが苦笑しつつ訂正する。
「ぼくの経験からすると、ピカテットを飼ったからって急にモテたりしないからね? そもそも出会いがないし、出会ってからその話に持っていく話術が要るし、その子がピカテットを好きかどうかもわからないし」
「いや、ルーカス。俺は見たぞ。お前がピカテットを頭に乗せて出勤してくる時に女の子に声をかけられていたのを」
「それ、ピカテットって頭に乗せられるんですかとか、触らせてくださいとか、そういうことのためであって、ぼく自身には興味ないやつだから」
「十分うらやましい。俺も女の子から触らせてくださいって言われたい」
「頭に乗るピカテットの方が珍しいからね? 普通はカゴから出すとどっか行くから、カゴを持ち歩くことになって、そう話しかけられないと思うよ」
「そうなのか? ジュリアさんもお前も頭に乗ってたから、それがデフォルトかと思っていたが」
「ユエルちゃんとジェットが特別かな。知り合いのピカテット二匹はできなそうだから。使い魔の契約魔法が使えるなら別だろうけどね」
「使い魔か。条件を揃えるのが結構難しいんじゃなかったか?」
「そうだね」
使い魔と契約できる魔法使いは多くない印象だ。少なくともこの魔法協会内には、自分を除けば誰もいない。自分が契約していることをここでは言っていないから、表向きは誰もいないことになっている。
「モテ道は遠いな……」
「もう一度言うけど、人気のペットを飼ったらそれだけでモテるわけじゃないからね?」
ルーカスの言葉に二人が納得したようでホッとした。
一週間働いた後の土曜日は、オスカー、ルーカスと秘密基地で過ごすことにした。
ユエル、ジェット、子どもたちも一緒だ。両親には近くでピクニックをすると言ってある。
いつものように秘密基地に入って、ユエルたちのカゴをソファテーブルに置いた。
「一週間でだいぶしっかりしたね。もう見てて怖くない感じ」
「怖かったんですか?」
「産まれたばかりの時って、今にも死にそうな怖さがない? 触ったら死んじゃうんじゃないか、みたいな」
「あるな。自分は、つぶしそうで怖い」
「あはは。オスカーならリンゴを素手でつぶせそうだから、あながち気のせいじゃないかもね」
「え、つぶせるんですか? リンゴ」
「やったことはないが。やればできる気がする」
「手、大きくて力強いですものね」
そんな彼の手が大好きだ。
「ジュリアちゃんは手が大きい方が好き?」
「そうですね……。私はオスカーの手が好きで。好きな手は大きいってすりこまれているんだと思います」
「……うん。いつもごちそうさま」
「いつもすみません……」
のろけているつもりはないけれど、改めて言われるとそうでないとは言いきれない。
「あの、ちょっと試したいことがあって。秘密基地にもう一部屋、増やしてもいいですか?」
「ああ、もちろん」
「ジュリアちゃんが作ってる空間だし、ジュリアちゃんの部屋はまだないしね。好きにしてもらっていいよ」
「ありがとうございます」
二人の許可をもらってから、壁しかない場所に手を当てて、新しい部屋の入り口を作る。
「どんな部屋にするの?」
「ユエルたちに合った環境を作ってみようと思いまして」
クロノハック山のピカテットが生息していた辺りをイメージして、なるべく再現していく。
空は晴天。気温は春でも少し肌寒いくらい。雪はもう溶けている状態。岩肌のすきまに巣にできそうな場所を複数用意する。水場や遊び場も作った。
「なるほど。これはいいな」
「ジュリアちゃんにしかできないことだね」
「そうですか? ダンジョン作りの魔法を使うと簡単なだけで、お金と時間をかければ魔法がなくてもお庭に作ったりはできるかと」
「お金と時間をかければね。なかなかそこまではできないんじゃないかな」
ユエルたちのカゴを持ってきて扉を開けた。ジェットが探検するかのように外に出る。
自分たちの方に翻訳魔法をかける。
「ユエル、調子はどうですか?」
「ヌシ様……。オイラ、すごく食べてるのにお腹がペコペコです」
「授乳中はそういうものですよ。おいしい果物、たくさん用意しますね」
「ありがとうございます」
「ぺちょぺちょ」
「ペちょちょ」
「ちょちょ」
子どもたちがマネてしゃべるけれど、翻訳魔法がかかっていてもちゃんとは聞こえない。まだピカテット同士でもうまく話せていないのだろう。
(生後一週間でこのくらい反応してるの、さすが魔獣よね)
人間の赤ちゃんはまだ泣くしかできない時期だ。
ひととおり辺りを見てきたジェットが戻ってくる。
「ヌシ様、ここはどこですか? こんなにも他の生き物の気配がない岩場は初めて見ます」
「私が作った空間なので、連れてこない限りは他の生き物はいませんよ。子どもたちに元の生活圏に近い環境を用意できたらと思ったのですが、どうでしょうか?」
「さすがヌシ様。スケールが違いますね」
「え、普通の発想ですよね?」
「思っても普通は実現できないと思う」
「うん。さっきも言ったけど、パパッと作っちゃうのは普通じゃないよね」
「……秘密基地解体していいですか? これを作っている時点で普通じゃないですから……」
「待って、ジュリアちゃん。褒めてるんだよ?」
「ああ。ジュリアが普通じゃないことで助かってばかりだ」
「嬉しいけど嬉しくない……」
話している間に、ユエルと子どもたちがカゴから出てくる。安全確認が済んだからだろう。
「かぁわいい……!」
よちよちとまだおぼつかない足取りで岩山を歩く子どもたちがめちゃくちゃかわいい。
「あ、そういえば。ピカテットの会のメンバーに黙っているのもなんだと思って子どもが産まれたことを知らせたら、ぜひ見に来たいと言っているのですが」
「あー、ぼくらもいたほうが良さそうだね」
「はい。お願いできればと」
「急だが、明日はどうだろうか。来週土日はできれば避けられたらと思う」
「ぼくは大丈夫」
「わかりました」
来週何かあったかと思うけれど、オスカーがそう言うならそうしておこうと思う。
「それなら早く連絡した方がいいと思うので、一回外に出て両親の許可をもらってから連絡魔法を送りますね」
「返事があっても、ジュリアがここにいると魔道具の手紙は受け取れないんじゃないか?」
「そうそう、前から気になってたんだけど、ここにいると飛ばなくて、死んでるって認識されたりはしないの?」
「そうなんですよね。秘密基地をよく使うなら、受信の魔道具を部屋に置いた方がいいかなとは思っています」
「冒険者がダンジョンにもぐる時に使うやつだっけ」
「はい。魔道具の手紙は受け取ってくれて、連絡魔法には事前にセットした声の連絡魔法を返してくれるものです。
本人に届く時は本人が優先になるんじゃなかったかと」
「便利だな」
「ぼくらも買っておいた方がいいかもね」
「買いに行きましょうか」
「ああ。今日の用件は直接返事を受け取れた方がいいだろうが。今後のために買って設置したい。その後、外でピクニックはどうだろうか」
「いいですね。五月に入ってあたたかくなりましたし」
両親にはピクニックに行くと言ってお昼を作ってきたからちょうどいいだろう。
「ユエル、ジェット。この部屋はどうですか?」
「めちゃくちゃいいです、ヌシ様」
「買い物とピクニックに行きたいのですが、ここに残って待っていますか? 一緒に行きますか?」
「もちろん一緒に行きますとも」
先に一人で出て、両親に明日の来客の許可をもらった。それからピカテットたちをカゴに戻して、全員透明化して外に出る。ひと気がないところで元に戻って繁華街に向かった。
ピカテットの家族づれが珍しいのか、思っていた以上にいろいろな人から声をかけられ、なかなか前に進めない。
「……前言撤回しようかな。ピカテットのブリーダーになったらモテるかもしれない」
「ピカテットを口実にしたナンパ目的も混ざっていそうだが。あれはジュリアだからで、自分やお前が連れていてもああはならないと思う」
「あー、確かに」




