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33 4月27日④ 魔法卿からの詮索


 席に戻ったところで式の終わりが宣言され、壇上の二人が来賓を見送るために先に退席する。それから、入り口近くの来賓から案内されていく。


 力が抜けたところでルーカスが笑った。

「ジュリアちゃん、見事に目立ったね」

「そうですね……。まさか名指しされるとは」

「まあ、この席に座ってる時点で今更だろうけど。なんで僕らがここかっていう来賓の疑問も解消されたんじゃないかな」


 魔法卿が息を吐きながら声をもらす。

「嬢ちゃんたちは何をしたんだ……」

「むしろ疑問を深められてますよ、ルーカスさん」

「あはは」


「……ハァ。魔法協会にも『精霊』について問い合わせがあったんだが。詳しい状況を聞いた感じ、まあ、魔法だろうなとは思ったが。透明化できるのが嬢ちゃんか?」

 ギクリ。戦闘の様子を聞いたら、透明化の魔法に思いいたるのはなんの不思議もない。ただ普通は、そんなものを使える魔法使いを知らないという結論になるだけだ。


(ここはしらを切るしかないわよね……)

「……なんのことでしょう。私はまだ見習いで、中級魔法にも苦戦しているところです」

「ほう。透明化の魔法の存在と、上級魔法ってのは知ってるわけか」

(ううっ……)

 何を言っても墓穴を掘りそうだ。


 ルーカスがぐっと口角を上げた。

「透明化の魔法は誰もが一度は憧れて、誰もが挫折している魔法だよね。魔法卿は使えるの?」

「いや、俺も使えないな。空間系と同じで、特殊な才能という印象だ」

「魔法卿も使えないような伝説上の魔法をぼくらが使えるわけないじゃない」

 ニコニコしていて、ウソをついているようにはまったく見えない。


 オスカーが落ちついたトーンで重ねる。

「魔法卿。僭越せんえつながら。他者の魔法について詮索せんさくするのは、行儀がいいものではないと聞いた」


「ああ、そうだったな。悪かった。別にうったえられたから取り調べるとかそういうのじゃないから安心してくれ。ただの個人的な興味だ。

 聞いてる状況と王家からの感謝を結びつけるとそういう可能性もあるかってだけの話だな。


 去年の終わりにもオフェンス王国で、おおよそ魔法使いには不可能なレベルなのに、魔法だとしか思えないような事件があってな。

 あの時は本人が神だと名乗ったらしいが。その後は息をひそめていて、実際のところは未だにわからん。本当に、そんな魔法が使える魔法使いがいてたまるかって感じだったな。


 それに比べればマシだが。どっちにしろ最近は俺の範疇はんちゅうを超える話が続いていて、どうにも理解が追いつかない状態が続いているんだ」


(ごめんなさい、ぜんぶ私が犯人です……)


「もしそれほどの魔法使いがいるなら、冠位一位をさっさとゆずって引退するか、それがムリだとしても冠位二位を押しつけて協力してもらいたいところだ。

 魔法協会が把握して手元に置いてない方が問題で、魔法協会としては、おおやけには不可能だという声明を出す他ない。で、神やら精霊やらが現実味を帯びているってとこか」


(ごめんなさい、冠位一位も冠位二位も絶対にイヤです……)


「そんなわけだから、嬢ちゃんか周りかは知らないが。冠位がほしくなったら、この国の経緯を申告してくれ」

「……強制ではないんですか?」


「被害として届けられてはいないからな。規定違反となる魔法の使い方がされているわけでもない。こっちから取り調べることはできん。自己申告があれば、裏づけ調査はするだろうが。

 もし透明化の魔法使いなら、他の魔法レベルにも左右されるだろうが、希少さからある程度は上を融通できるはずだ」


「そういう意味では、トラヴィスさんの空間転移も希少ですよね?」

「本人が望めば受位できるだろうな」

「冠位になっても面倒な仕事が増えるだけなのである。移動の足でいるだけでも忙しいから勘弁してほしいのである」

「なるほど……」


 その気持ちはものすごくわかる。名誉なことなのだろうけれど、名誉よりも平和な日常をとりたい。

 自分たちの中に透明化が使える魔法使いがいるというのはほぼ確信を持たれている気がするけれど、絶対に知られたくない古代魔法にはまったく気づかれていなさそうなのが不幸中の幸いか。


 魔法卿が呼ばれ、案内されていく。トラヴィス、リリーがそこに従った。

「じゃあな、リリー。また連絡する」

「ええ。待っているわね、ギルバート」

(リリーさん、きっといい冒険者になれるわね)

 ブロンソンと連絡を取りあっているなら安心だ。


 しばらくして、自分たちに声がかかった。ブロンソンも一緒だ。他の来賓の姿はなく、会場にはもうデートン卿と使用人しかいない。最後まで残っていた形になる。

 もらったブーケを大事に抱える。大きくて重いだろうと、オスカーが代わってくれた。


 見送られに出るより先に、キャンディスが飛びこんできて抱きつかれた。

「ジュリア、来てくれてありがとう。大好き」

「え、キャンディスさん?」

「今はディですね。ついさっき、他の来客を見送り終えたところで、キャンディスは限界だと」

「そうだったんですね。今日は長かったですものね」


「眠り姫ったら、最近なかなか代わってくれなくて、つまらないのよ? わたしももっと遊びたいわ」

「ふふ。この後、ゆっくりできるといいですね」

「そうね。夜までは寝ているつもりみたいだから。それまでには体も休めておいてとは言われたけれど、夜に起きてきてももう寝るだけでしょう? なんでかしら」

 ものすごく無邪気に言われたけれど、返答に困る。


(キャンディスさん、そういうつもり、なのよね……?)

 彼女はきっと過去の記憶を乗り越えて、ジャスティンと前に進むつもりなのだ。自分よりも前を歩いているようで、少しうらやましい。


「はは。気張れよ、ジャス。お姫様を大事にな」

「わかっていますよ、ギル」

「酒も、ありがとな。よくわかってるな。冒険者仲間とありがたくいただく」

「はい。そうしてください」


「ジュリアはもう少し遊んでいける?」

「すみません、ディさんと遊べたらとも思うのですが、今日はもう帰れたらと」

「今度はいつ来て遊んでくれる?」

「うーん……、ひと月後でしょうか」

 ソフィアとの約束もある。ユエルの状態と来られるタイミングを考えると、早くてもその辺りだ。


「まあ、そんなに先なの? つまらないわ」

「ディ、わがままを言うものではありませんよ」

「だってジャスティンも忙しくて遊んでくれないじゃない。つまらないわ」

「それは……、すみません」

「ほんとうよ。キャンディスはもっと本音を言うべきだと思うわ。仕事よりわたしを構ってって」

「そうしたいのは山々なのですが」


(キャンディスさんが言えないことを、ディさんやデビルさんが言ってるところもあるのかしら)

 インジュア以外の人格は残っているらしいが、それなりにうまくやっているように見える。


「いい? ジュリア。ひと月後よ。お休みに必ず来てね? 遊びましょう?」

「わかりました。……ディさん、ピカテットを飼ってみたかったりしますか?」

「ピカテット?」

「はい。ペットがいると、つまらなさが減るかなって。今度来るときに連れてきて見せましょうか? もしかしたら一羽譲れるかなと」

「まあ、いいわね。一度見てみたいわ」


「いいですか? ジャスティンさん」

「キャンディスが望むなら、私は構いません」

「約束よ? 楽しみにしているわ」

「はい。ひと月後に、ピカテットを連れて来ますね」

 満足したのか、ディなキャンディスが離れてくれた。


「ブロンソンさん、どこかに送っていきますか?」

「あー、そうだな。頼んでいいか?」

「はい、私が行けるところで、ひと目につかない場所なら」

「おう。ひと目につかなそうなとこってのは任せるわ」


 ブロンソンを送ってから、オスカー、ルーカスとオスカーの部屋へと戻る。

「お疲れ様でした」

「ああ。よくがんばったな」

「ありがとうございます」


「まだぼくもいるからね? まあ、もう帰るから、あとは好きなだけいちゃいちゃしてもらっていいけど」

「しませんよ?!」

「しないのか?」

「オスカー?!」

「あはは。じゃあ、またね」

 ルーカスが足取り軽く部屋を出ていき、二人で残される。


 とたんに部屋が静かになって、空気が変わった気がする。

(ちょっと緊張する……)

 二人きりのなんともいえない甘いようなドキドキするような感じに、彼の部屋にいるという特別感が拍車をかけている。


「えっと……」

 チラリとオスカーを見る。気恥ずかしげな笑みが返った。

「……少し休んでいくか?」

(ひゃっ……)

 心臓が跳ねる。断るなんていうもったいないことができるはずがない。


「……はい。少しだけ」

 上目遣いに見上げると、嬉しそうな笑みが返る。

(ひゃあああっっっ……)

 行きは余裕がなかったけれど、こうして戻ってくると、改めて正装のオスカーがカッコよすぎる。


(心臓、もつかしら……)


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