31 4月27日② 即位式から結婚式へ
デートン家が用意してくれた上等な馬車で王宮に入った。ここも以前より明るくきらびやかになっている気がする。
(これはこれで緊張するわ……)
前に来たときは侵入者として、あるいは作戦決行のためだったから、かなりドキドキしていた。式典のために来た今回は、また違ったドキドキがある。
隣のオスカーの手をぎゅっとすると、軽く握り返してくれた。それだけで少しホッとする。
案内された先は、みんなで大立ち回りをした謁見の間だ。その時には国王の玉座しかなかったが、今は逆に玉座はなく、手前に高級なイスが多く並べられている。
座席は決められているようで、デートン卿は前から全体が見える席に案内されていく。すでに待機しているジャスティンに迎えられ、並んで座った。
これまでを思うと、その姿を見るだけで涙が浮かびそうだ。
自分たち六人は最前列に案内された。
「ん? なんで嬢ちゃんたちが来てるんだ?」
「魔法卿……」
なるべく見つからないようにと思っていた魔法卿のすぐ近くの席だ。
(事前に他の出席者について聞くべきだったわ……)
ジャスティンもキャンディスも、自分たちと魔法卿に面識がある上に、ここに来ていることを知られたくないとは思っていなかったのだろう。トラヴィスは顔見知りだと知っているが、あえて話すほど今のジャスティンたちに近くない。
ごくりと息を飲んで、がんばって平静を装う。
「またお目にかかれて光栄です」
「魔法使い同士だ。まだ会も始まってないし、そういうのはいい」
「エーブラムは当然として、吾輩たちが最前列の貴賓席に通されるとは思わなかったのである」
「最前列ってそういう意味ですよね……」
身に余りすぎる。国内外の偉そうな人たちの視線が痛い。角が立ちすぎていないか心配だ。
ルーカスが代わりに魔法卿の質問に答えてくれる。
「ぼくらは友人枠だよ。ここまで来るのは大変だったな」
「ああ、だろうな。わかっていたらトラヴィスを貸したんだが」
「簡単に言うのは勘弁してほしいのである。これまでどれだけ魔力回復液を飲まされたか」
(さらっと私たちには空間転移ができないアピールをしてくれたのよね。さすがルーカスさん)
魔法卿と自分の間にはブロンソンの席が入っていて助かった。大きいからお互いにまったく見えなくなる。
(最前列にブロンソンさんやオスカーがいたら、後ろの人たち見えないんじゃないかしら)
ホールには段差がないから、自分が後ろだったら困ったなと思ってちょっと同情する。
時間とともに厳かな雰囲気が増してきて、簡単に話ができる感じではなくなってくる。隣にはオスカーを座らせてもらえているけれど、手をつなぐこともできない。
それが寂しくはあるものの、心配していたほど昔とリンクしてはいない。場所も雰囲気も違うからだろうか。
(これなら大丈夫な気がするわ)
時間になると、大臣だと名乗る初老の男性が司会に出てくる。デートン卿とは旧知のようで、軽く視線で挨拶を交わしていた。
続けてキャンディスが出てきて演説する。
ここ五年ほど国王として君臨していたドウェイン・クラフティは謀略により王国を乗っ取っていた逆賊であったこと、その証拠にドウェインの即位式に自分が出席していないこと、前王と王妃を暗殺していた証拠も掴んでいること、ここにファビュラス王国王家が実権を取り戻すことなどが難しい上流階級の言葉で説明されていく。
事前に話が通っているのか、会場に動揺はない。
「故に、わたくし、キャンディス・ファビュラスは王族の王位任命権をもって、ここに新たな国王を任命いたします」
司会の大臣が王冠を壇上に運び、膝をついて恭しく捧げる。
「デートン公爵家、ジャスティン・デートン。ここへ」
「はい」
席の配置からか事前に伝えられているからか、会場内に誰が呼ばれるか知らない者はいなさそうだ。
ジャスティンが進み出て、キャンディスの前に膝をついた。
(二人とも絵になるわね……)
着飾った美しいお姫様と、傅く美麗なナイト。まるで物語のワンシーンのようだ。
「ジャスティン・デートン。あなたは国民の安寧のために、ここファビュラス王国にその身を捧げることを誓いますか」
「誓います。そしてこの命に代えても、生涯御身を愛し、守り通すことを誓いましょう」
「わたくし、キャンディス・ファビュラスはここに、ジャスティン・デートンをファビュラス王国の新たな国王とすることを宣言します」
言葉と同時に、王冠がジャスティンの頭上に載せられた。
これで名実ともに、ジャスティンが国王になったことになる。
どこからともなく拍手がおこる。合わせて高らかに拍手を送る。
(よかった……)
失われた五年がなくなるわけではないし、二人の痛みの記憶が消えたわけでもない。けれど、確かな未来が刻まれた気がする。
来客へのお披露目の後は、国民に対して同じ説明がなされ、即位が宣言されるそうだ。その間、来客は披露宴会場へと案内されていく。
用意されているのはたくさんの円卓だ。
「……で、嬢ちゃんたちと一緒か。まあ、気楽でいいが」
(こっちはぜんぜん気楽じゃないです……)
魔法卿とデートン卿を加えた八人でひとつのテーブルだった。
まったく知らないどこそこの王族やらこの国の上位貴族やらと一緒にされるよりはマシなのかもしれないけれど、気は抜けない。
披露宴の会場に変わってから、心臓がイヤな痛み方をするようになっている。気持ちの問題なのはわかっている。
あの事件が起きたのは、こんな雰囲気の場所だ。今回の方が豪華だけど、その程度の差でしかない。あの時も自分は家族として前の方の席にいた。
(怖い……)
正直、ここに座っていたくない。ゆっくりとくつろぐように出されたウェルカムドリンクや前菜の味がまるでわからない。
「……ジュリア。少し出てくるか?」
オスカーにそう聞かれたということは、顔に出ていたのだろうか。
「そう……、ですね。すぐに戻ります」
「自分も行く」
「ありがとうございます」
エスコートするかのように組まれた腕にそっと手をかける。それだけで少しマシになった気がする。
出入り口を管理している使用人に、オスカーが代わりに気分がすぐれないことを伝えてくれる。すぐに休憩室へと通された。
「……すみません」
「いや。気にしなくていい」
ソファに座って、もたれかかる。
呼吸が浅くなっているのに気づいて、意識して深く息を吸う。
「……やっぱり、怖いです。何か起きそうで」
「何か?」
「今回は私の呪いの条件が揃っていないのはわかっているのですが」
「そうだな……。他の何かなら、ジュリアはなんにでも対処できそうだが」
「買い被りすぎですよ。ぜんぜん、できないことばかりだし……、あなたがいないと簡単にぐずぐずになっちゃうし」
「……こんな時に何だが。それはどうにもかわいすぎるのだが」
「え……」
頭の中の赤いぐちゃぐちゃが、一瞬で違う色に塗り替えられた気がする。
肩に手が回されてそっと抱きよせられ、耳の上に口づけが落ちた。
(ひゃああっ……)
オスカーの感触が残る。
「……外行きの化粧だから、顔には触れない方がいいだろうな」
(待って。顔以外にはもっと触れるってこと?)
心臓の不快な感じが消えて、彼へのドキドキに塗り替えられていく。
指を絡めて手をとられ、手の甲にもキスが落ちる。重ねて指先の方へと何度も唇が触れていく。
「ん……」
彼が触れたところから熱が広がって、ガチガチに凍っていた身も心も解凍されていく感じがする。
視線が絡んで、少しイタズラっぽい笑みが向けられた。ぺろりと指先を舐められる。
(きゃあああっ……)
彼に染まって、思考が焼き切れそうだ。
「……だいぶ血色が戻ってきたか?」
「むしろ熱すぎるくらいかと……」
平常を通りこして真っ赤になっているのではないかと思う。
「上々だ。……戻れるだろうか」
「……はい。戻ります」
せっかく招待してもらって、一番いい席を用意してもらったのだ。空席のままにはしておけない。
戻ろうとして立ち上がったけれど、まだ少し足がすくんでしまう。
「……おすかぁ」
甘えるように彼を呼んで腕をのばす。
「もう一度だけ、ぎゅってしてください」
完全に言い終わる前に大切に抱きしめてくれる。自分からも腕を回してしっかりと彼を感じる。
(オスカーの心音……)
それがとても力強く聞こえる。
彼は確かに今ここにいる。ぎゅっと、抱きしめる腕に力がこもる。
(……大丈夫。きっと、今日は大丈夫)




