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30 4月27日① 想定外の参列者


 4月27日。

 ジャスティンとキャンディスの『結婚の儀及び即位の儀』に招待された日。

 偶然にも、前の時のクレアの結婚式、すべてを失ったあの日と同じ日取り。

 心臓がイヤな暴れ方をしているのを感じながら、淡々と出発準備をする。


 ユエルは両親に頼んだ。もうお腹のふくらみがハッキリわかるようになっている。相手がルーカスのピカテットというのが確かなため、父もお祝いムードだ。


 ドレスは透明化の魔法で秘密基地に持ちこんで着替えた。ファビュラス王国国王の即位式に行くことを親には言えないし、正装する適当な理由をつけるのも難しいからだ。

 セイント・デイのパーティや領主邸新年会の時のようにきちんと化粧もした。


 再び透明化して秘密基地を出て、魔法協会の寮の前に空間転移する。

 入り口近くで正装のオスカーが待っている。


(カッコイイ……!)

 彼の姿を目にしただけで心臓の跳ね方が変わった。それでも残る不安も、透明化のまま小声で呼びかけて手をつなぐと、そのぬくもりで溶けていく。


 オスカーに手を引かれて、ひそかに寮の男性エリアに入る。

 普段とは違って全員正装だ。空を飛んで移動するのは目立つし、なんなら外を歩くだけでも目立つ。知り合いに目撃された時に説明できないから、三人揃ってオスカーの部屋から転移するのがいいだろうというルーカスの案に従っている。


(オスカーの部屋……)

 近づくにつれていっそう心臓が高鳴っていく。彼の寮の部屋に入るのは初めてだ。前の時にもそんな機会はなかった。


「……何もないが」

 小さくそう言ってドアを開けて通してくれる。ほんの少し、彼らしい心地いい匂いがする。この部屋にいるだけで幸せになれそうだ。


 宿屋の二人部屋とそう変わらない大きさで、ベッドが一つになった代わりに収納がある感じだろうか。

 他には小さめのテーブルセットがひとつと、バス、トイレエリアへのドアしかない。寝具やカーテンもシンプルな印象が彼らしい。どこも小綺麗に整えられている。


(きゃああああっ……。オスカーの部屋! オスカーの部屋……!)

 見えないのをいいことに彼のベッドにダイブしたい。ベッドが凹んでバレるからやれないが。

 彼がドアを閉めたところで透明化をといた。


「えっと……、おじゃまします」

「ああ」

 なんだかすごく恥ずかしい。オスカーも少し気恥ずかしそうだ。


「ジュリアちゃん、オスカー、ぼくもいるからね? 見えてる?」

 先に来てイスに座って待っていたルーカスがそう言って笑う。

(ごめんなさい、見えてはいたけど意識からは外れていました……)


「これで晴れて、ジュリアちゃんはいつでもオスカーの部屋に来放題だね」

「え」

「空間転移の条件、クリアしたんでしょ?」

「あ……」

 まったく意識していなかったけれど、そういうことになる。行ったことがあってイメージできる場所。来ようと思えばいつでも来れるようになったということだ。


「……しませんよ。無断で空間転移なんて」

 考えるだけで恥ずかしい。着替えているところに来てしまったらどうしろというのか。

「あれ、ぼくはオスカーと日時を約束してっていううもりだったけど。そうでなくても来たいんだね」

 一瞬で顔が熱くなる。図星すぎて反論のしようがない。


「……ルーカスさんのいじわる」

「あはは。知らなかった?」

「知ってました……」

 いじわるをしているつもりがあるかはわからないけれど、見透かされているのはいつもだ。


(ひゃっ?!)

 後ろからそっとオスカーに腕を回された。耳に吐息がかかる。内緒話の小さな声がした。

「いつ来てもらってもかまわない」

(きゃああああっっっ)

 顔から湯気が出そうだ。嬉しいし恥ずかしいし、嬉しいし嬉しい。

 けど、何かない限りは使わないつもりだ。彼を困らせないためというより、自分が彼を襲ってしまわないために。


「まあ、合意を持っておくのは大事だろうけど。ジュリアちゃんはしなさそうだよね」

「言いだしたのルーカスさんじゃないですか……」

「ぼくは魔法としてできるねっていうことを言ったのと、来たいっていう気持ちを指摘しただけで、実際にしようとするかはまた別の話でしょ? 相手を殴りたくなっても大体の人は手を出さないのと同じっていうか」


「例えが物騒ですが、まあ、そうですね。何か急なことがあったときにすぐに来られるのは助かりますが」

「残念だ」

「オスカー?!」


「あはは。このままじゃれてたら遅刻しそうだから、そろそろ行こうか」

「ああ」

「はい」

 オスカーと手をつなぐ。ルーカスは安定のオスカー経由だ。

「テレポーテーション・ビヨンド・ディスクリプション」


 転移先としてジャスティンの実家に話を通してある。いつもの来客用の部屋だ。

(あれ? ここってこんなに明るかった?)

 どちらかというと重苦しい印象があった。全体としてワントーン上がった気がする。


「よく来た」

 到着と同時にジャスティンの父であるデートン卿とギルバート・ブロンソンが迎えてくれた。到着予定に合わせて待っていてくれたのだろう。

「あれ、デートン卿……」

 久しぶりに会うデートン卿の視線が高い。


「おう。じーさん、リハビリする気になってくれてな。その四つ足の杖があればまあ、ゆっくりなら歩けるようになったんだ」

「年寄り扱いするな。孫ができたらいろいろと教えなけらばならないのだから、モウロクしてなぞおれんわい」

「ふふ。そうですね」

 車イスではなくなっただけじゃなくて、表情も若くなっている気がする。


「ブロンソンさん。正装もお似合いですよ」

「そうか? すでにだいぶムズムズしてて脱ぎたいんだが」

 ブロンソンが全身を布で覆っているのは初めて見た。着痩せして見えるタイプなのか、体型に違和感はない。

「今日のためにってじーさんが新調してくれたからな。さすがに今日の式が終わるまでは着ているつもりだ」

「そうですね。いつもの格好だと悪目立ちするでしょうから」


 話していると執事がやってくる。

「ご主人様、あと二名のご同伴者様がいらしております。馬車のご用意もできております」

「うむ」

「同伴者ですか?」

「ああ、リリーたちだ。今日だけ特別に外出許可がとれたんだ」

(リリーさんたち……?)

 どこかで聞いた名前な気がするけれど、誰だっただろうか。


 ルーカスがニッと笑う。

「ブロンソンさん、いつラヴァさんの本名を教えてもらったの?」

(あ! そうだった!)

 裏魔法協会のラヴァ。彼女の本名がリリー・シートンだったはずだ。


「いつもなにも、今回の件でジャスの代わりにやりとりしてた時だが? 魔法協会の検閲つきってのはなかなか面倒だったな。

 リリーの仲間のつてで、ジャスティンとのつながりは伏せたまま来られるようにしてもらっている」

 話しながら玄関に向かう。


 リリーとトラヴィスが並んで待っていた。

(リリーさんが、リリーさん……!)

 今までと印象が違って驚いた。今日の彼女からは、何を考えているのかわからないような怖さを感じない。そして、正装なのもあるのだろうが、上流階級のお嬢様と言っても違和感がない。


「こんにちは。リリーさん、お似合いですね」

「そうかしらあ? ギルバートが送ってきたドレスをそのまま着て、合うようにっていうオーダーでプロに髪と顔を整えてもらったのだけど。アタシ自身はちょっと変な感じねえ」

(ギルバート……)

 ブロンソンをファーストネームで呼んでいることに距離の近さを感じる。


 ルーカスがニッと笑う。

「ブロンソンさんの感想は?」

「オレはファッションはわからんから、じいさんのとこのお抱えに頼んで用意してもらったんだが。まあ、似合ってるんじゃないか?」

「あらあ、ありがとう? あなたの正装も悪くないと思うわあ。馬子にも衣装ねえ」

 そう言って笑う彼女はいつものラヴァにも見える。


「それ、褒めてないことくらいオレにもわかるからな」

「ふふふ。だって普段とイメージが違いすぎるのだもの」

 言葉ではそう言っているけれど、目は優しい気がする。


「トラヴィスさんも来られたんですね」

「吾輩は移動の足兼監視役ということになっているのである」

「タグさんは来ないんですか?」

「あの子はこういうのはダメなのよねえ。つまらないって言って壊してしまいそうだから」


「それに、エーブラムの協力があっても拘留中の人物を二人も連れ出すのは難しいのである」

「なるほど。リリーさんの外出には魔法卿が協力してくれたんですね」

「うむ。街まで共に来たエーブラムは先に会場入りしているのである」


「え、魔法卿も来てるんですか? ジャスティンさんと関係ありましたっけ?」

「国賓としてである。その辺りの国王よりはるかに権力がある故」

「あー……、なるほど」

 本人との出会い方が出会い方だったから、その知識はあったはずなのに実感がわかない。


 オスカーが難しい顔になる。

「魔法卿が来ているなら目立ちたくないな」

「ぼくらの方が理由がつかないもんね」

「そうですね。できれば来ていることに気づかれない方がいいですよね。まあ、来賓の中で特に目立つなんていうことはないでしょうが」


「どうかな……。ジュリアちゃんだしね」

「ああ、ジュリアだしな」

「待ってください……。二人とも、それどういう意味ですか……」

 ルーカスが肩をすくめて、オスカーにはなだめるように頭を撫でられる。


(目立ちたくて目立ったことなんてないんだけど……)

 撫でてもらえるのは嬉しいけれど、どうにも苦笑するしかない。


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