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29 [オスカー] 魔獣の話だとしても赤裸々すぎた

読まなくても本編に影響がない、オスカーとルーカスの裏話です。


 夜、ルーカスを誘った。ジェットを寮に戻してから飲食店エリアに向かう。


「最近できた店に行ってみない? 珍しいものが食べられるらしいよ」

「いいな」

 新規開拓はルーカスとの方が気軽でいい。

 連れて行かれたのは、よく行く大衆居酒屋の数件先、串焼きの看板の店だ。

 串焼きは庶民街の屋台でも売られている大衆向けの食べ物のひとつだ。酒との相性もいいから外れることはないだろう。


「前はなんの店があったのだったか」

「なんだっけね? 見てるはずなのに認識してないって、よくあるよね。使ったことがないのは確かだろうけど」

「そうだな」

 店の入れ替えはそう珍しくない。よく使う店がなくなるのでなければ意識には上がらない。


 比較的早い時間だがすでに賑やかで、扉の外まで熱気が伝わってくる。

 今日の気分にはガヤガヤしている方が合うから、ちょうどいいと思いつつ、扉を開けたルーカスについていく。


「らっしゃい」

「ようこそー!」

 元気な声に迎えられ、若い女性店員に案内される。

 店の広さはそこそこか。四人席と二人席があり、通路は狭めだ。だいぶ埋まっていて、周りをテーブルに囲まれた席になった。


「あちらが通常メニューで、今日のオススメはそっちの看板ですー」

 メニューがブラックボードにチョークで手書きされている。このあたりでは一般的だ。


「これだけ人が入ってるなら、店としては当たりかな」

「そうだな」

 メニューを眺めると、今日のオススメに知らない単語がいくつも並んでいる。


 少しして店員が聞きにくる。

「お決まりですかー?」

「エールと、串焼きを……鳥モモ、豚バラ、ラムを四本ずつ、それから……」

 通常メニューから味の想像がつくものを選んで、無難なつまみもいくつか加えた。


「ぼくもエール。あと串焼きは、コブクロ、ちちかぶ、きんつる。二本ずつお願いね」

 ルーカスの注文に思わず顔をしかめる。

(なんでまたそんな得体の知れないものを)


「自分は知らない名なのだが。どんな肉なんだ?」

「さあ?」

 店員が離れてからルーカスに聞いたら、当たり前のようにそう言われた。

「なんとなくこうかなっていうのはあるけど、知らないで食べた方がおもしろくない?」

「自分にはわからないな……」


「オスカーこそ、せっかく珍しいものを出す店に来てるのに無難なのしか頼まなかったね」

「安心だろう?」

「そういうとこあるよね」

「お互いにな」


 エールのグラスを合わせて、先に出た冷菜をつまむ。長い息がれた。

 ルーカスが軽い感じで笑う。

「ユエルちゃんとジェットのやりとり、だいぶ刺激的だったね」

「そうだな……」

 今日誘った理由は見抜かれているのだろう。それが今は楽だ。


「むしろジュリアはなぜ平然としていられるのかと思っていた」

「そこはほら、人生経験の違いじゃない? 元人妻だから。使い魔(ペット)の話はペットの話として割り切ってるんだと思うよ」


「お前も平気そうだったが」

「あはは。見た目だけならオスカーも平気そうに見えてたと思うよ? 少なくともジュリアちゃんには」

「そこは……、必死だったからな」


「ペットの痴情の話で恥ずかしくなってるのを知られるのは恥ずかしいもんね」

「みなまで言うな」

「あはは。ピカテットの生態は見た目と違って野生味が強かったね」

「そういうものとは知っていたが、ああもいろいろ赤裸々に話されるとな……」


 魔獣の話だとわかっているが、するだのしないだのさせるだのさせないだの、内容が生々しすぎた。少なくとも、人前で話すようなことではない。


 隣の席の会話が聞こえてくる。

「で、今夜はヤれそうか?」

「そのつもりだ」

(なんの話だ……)

 男二人だ。ユエルが話していたオスたちの会話のことを思いだしてしまう。


「そいつはいい。ここまで長かったな」

「楽しませてもらうつもりだ」

 ついチラリと見やる。ニヤニヤ笑いが下卑げびて見える。

(相手は大丈夫なのか……?)

 他人事とはいえ心配になる。


 婚前交渉は貴族社会では事件だが、平民は目くじらを立てるほどのことではないらしい。

 魔法使いの感覚は人によるが、クルス氏は貴族寄りだろう。自分もそれに近い。両親はゆるい気がするから、なぜかと聞かれるとわからないが。その方が真っ当な感じがする。

 平民の間では周りが口を出すことではないのだろうけれど、双方が合意の上というのが大前提だ。そこが大丈夫なのかが気にかかる。


「たぶん、オスカーが心配してるような話じゃないと思うよ」

 ルーカスが笑いながらケロッと言った。自分が見ていた方を見た様子すらない。

 男たちの会話が続く。


「思っていたよりかかったな」

「いやあ、思っていたより難しくて」

「けど、楽しかっただろ?」

「それはまあ。元々音楽を聴くのは好きだったから、練習が大変でも自分で音を出せるってのは楽しかったな」

(ん?)


「おまたせしましたー」

 店員が串焼きをテーブルに並べる。塩だけのものもあれば、香辛料が使われているものもあるようだ。

 ルーカスが、頼んだ分から一本ずつこちらへ渡してきた。

「せっかくだから食べてみなよ。あと、足元にケースがあるでしょ? あれリュートの箱だと思う。この後パブででも演奏するんじゃない?」


 チラリと見やると、二人の男それぞれの足元に楽器のケースのようなものが置かれている。

 リュートは一般的な弦楽器だ。イチジクを半分に切ったような形で、片手で持って片手で弦をはじいて音を出す。酒場パブの片隅や劇の舞台で演奏されることもあるし、吟遊詩人が使うこともある。

 そこにあるのは確かに、道端でおひねりを入れるために開いて置かれている箱と同じ形だ。


(ルーカスは席につく前から気づいていたのか)

 頭を抱えたい。要は自分に変なスイッチが入っていたから、変な話に聞こえていただけらしい。

 ひとつ息を吸って、ゆっくり吐きだした。


 手元の皿にはルーカスから押しつけられた串焼きが三本並んでいる。今更返すのは悪いし、見た目は美味うまそうだ。

「問題ないならそれでいい。自分の方からも好きに取って食べてくれ」

 答えて、先に無難なラム串をかじる。スパイスがほどよい。屋台で売られている味だ。


(ジュリアは食べたことがないだろうな)

 屋台はお嬢様が行くようなエリアにはない。自分も見習いのころに先輩たちに連れられて行って初めて食べた。

 彼女はチキンフライを喜んで食べてくれたから、こういう味も気に入ってくれるかもしれない。


 ルーカスが選んだ串を食べていく。シンプルな塩での味つけだ。淡白でコリコリとした食感が楽しいものが二本。近いが、少し違う感じだ。もうひとつはミルキーな風味があった。どれも初めての味だが、美味おいしい。


「ね、挑戦してみるものでしょ?」

「そうだな」

 表情から感想を読み取られたのだろう。ルーカスに言われてうなずく。


 今度はさっきと反対側の席の会話が聞こえてくる。

「なんだ、まだヤッてないのか?」

「ガードが固くてな」

 男の三人組だ。冒険者だろうか。

る、の方だろうか)

 同じてつを踏まないように意図して思考を変える。相手が魔物ならいいが、裏魔法協会のような暗殺の話という可能性はゼロではないだろう。


「たぶん、オスカーが心配してるような話じゃないと思うけど……」

 さっきと同じようなことを言うルーカスの表情が、今度は珍しく不快そうに見える。


「女なんてのはヤれなきゃ意味ないだろ」

「結婚するまで本番はダメなんだと」

「一服盛ればいいんじゃないか?」

「効果があると思うか? 惚れ薬」


 ルーカスを見やると肩をすくめられた。それから、貼りつけたような笑顔で隣に声をかける。


「おにーさん、話が聞こえたんだけど」

「なんだ?」

「惚れ薬って裏ルートでしょ? 正規の店にはないから」

「そうなるな」

「やめた方がいいと思うよ。効果があるレベルの本物ってめったにないらしいから」

「そうなのか?」


「うん。ちゃんと効果を期待するなら自分で作らないと。一番強力な材料はダークエルフの唾液だったかな」

「そんなもん伝説だろ? 入手できる可能性を考えると、アルラウネの花粉あたりじゃないか?」

「へえ、知ってるんだ?」

「調べたらからな」


 聞けば聞くほど聞いていられない。ルーカスのようにうまくは言えないだろうけれど、つい口を挟みたくなった。


「アルラウネの花粉はめったに買えるものではないだろう? 採取自体が命がけと聞く。

 本物かもわからない惚れ薬にムダな金を使ったり、入手難易度が高い素材を追って危険をおかすより、誠実に付きあって入籍した方がよくないか?」


「なんだアンタ、マジメだな。味見だよ、味見。結婚して失敗したくないだろ? 一生の責任なんてのは重いしな」

「責任を取れないならそもそもするべきではないだろう?」

「アア?」

 相手が立ち上がり、態度悪くニラんでくる。

「決闘なら表で受けよう」

 それで済むなら話が早い。


「あはは。待って、オスカー。まずぼくらが魔法使いだって教えてあげなきゃフェアじゃないから」

「なっ……、魔法使いかよ」

 相手が言って、舌打ちをして座り直した。残念だ。


「おにーさんも。よく考えなね? 恨まれるようなことをして関係がこじれて損するのは自分でしょ?

 人生長いからさ。百年経っても愛されてる、こいつの誠実さは見習った方がいいよ。人を大事にした分だけ、自分に返るものだから」


「百年……? そんなに経ったらもうバケモノだろ」

「よし、表に出ろ」

「ちょ、オスカー、たんま!」

 ルーカスに止められたのと同時に、相手の男の仲間たちも止めに入る。

「おい、やめておけ。魔法使いを怒らせたところでいいことはない」

「そもそも魔法使いってのも口から出まかせじゃないのか?」


「……フリーズ」

 唱えて、相手の飲み物を凍らせる。

「次はその顔がいいか?」

 三人組がビクッとして、「すいませんっした!」と頭を下げ、バタバタと会計を済ませて店を出ていく。


 息をついて席に座り直した。店員が駆けよってくる。

「すみませんー、あの人たちガラが悪くて。私も前から話は気になっていたんですが。ほんと、考え直してくれるといいですねー」

「こちらこそ、騒がせてすまなかった」

「いえいえ。このくらいなら騒ぎのうちに入りませんから。それよりお兄さんたち、魔法使いなんですねー」


「ごめんね、こいつはラブラブの彼女持ちで、ぼくは女の子に興味ないから」

「あ、すみません。そうなんですねー」

 ルーカスは正確には、魔法使いというステータスを見て声をかけてくる女に興味がないのだろうが、あえてみなまで言わなかったのだろう。

 話を変えた方がいい気がした。


「今日のオススメの串焼きは、どれも初めてだが美味うまかった。コブクロ、ちちかぶ、きんつるだったか。なんの肉なんだ?」

「あー、どれもブタの部位なんです。コブクロが子宮、ちちかぶが乳房、きんつるが男性器のつけ根の筋肉ですねー」


(なんてものを食べさせるんだ……!)

 頭を抱えたくなる。女性店員に言わせたのも申し訳ない。味がよかったのが逆に複雑だ。

 ルーカスが楽しげにニヤニヤ笑っているのがしゃくに触る。なんとなくこうかなというのはあると言っていたから、ある程度は予想していたのだろう。


 絶対にジュリアをこの店に連れてきてはいけない。

 それだけは確かだ。


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