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28 ユエルの認識とジェットの認識


 部屋に戻ってゆっくりできるようになったタイミングで自分に翻訳魔法をかけた。

「すみません、ユエル。気が回らなくて……」

「ヌシ様……」

 答える声に元気がない。どこか悲壮感すらある気がする。


「オイラ……、死ぬのかもしれません……」

「はい?」

 突然何を言いだしたのか。今日病院で健康診断もしてもらったけれど、死にそうな異常はなかったはずだ。


「どうしたんですか?」

「ジェットに会ってもムラムラしないんです」

「……はい?」

 ユエルは何を言っているのか。

「あんなに欲しかったのに、ぜんぜんそういう気分にならなくなってしまって。これは不治の病に違いないです」


「あの、ユエル。それは多分……」

「しかも食べても食べても食べたくて。体も重くなっている気がするし、オイラはもうオイラではないのかもしれません。何かに乗っ取られていてどんどんふくらんで、きっと最後にはお腹が破裂するんです」

「言っている意味がわかりません……」

 何がどうなってそういう発想になったのか。謎すぎる。


「あの、ユエル。お腹の中に何かいる感じがしませんか?」

「そうなんですよヌシ様! ときどきお腹の中に何かがあたってビクってなるんです。乗っ取られているというより、寄生されている……?」


「ユエル。今日のお昼に病院で診てもらったのですが」

「病院?」

「はい。不調を診てもらうところです」

「不治の病の診断がついたんですね……」

「違います。お腹に赤ちゃんがいるそうですよ」

 ユエルが固まって、それから、ない首をかしげ、お腹の方を見る。


「え?」

「ジェットとユエルの子どもですよ。なのでまあ、赤ちゃんを守るためにはムラムラしなくて当然だし、いっぱい食べるのも必要だし、重くなるのも当たり前なんです」

 妊娠期間を考えると、むしろお花見のころまでいちゃついていた方がすごい。ピカテットとしては普通なのだろうか。


「……オイラ、死なないんですか?」

「出産で百パーセント死なないとは言えないでしょうが。

 私は魔法使いですから。話して様子を聞けるし、すぐに止血できるし、天敵もいないしで、野生の状況よりはずっと安全かと。

 心配なら病院に預かってもらって産むこともできるそうですし」

「ヌシ様がいいです」

「わかりました」

 知らない場所より慣れた家の方がいいのだろう。


「あと、子どもなのですが。子育て期間は一緒に過ごしてもらうとして、その後の希望はありますか?」

「自立してもらいたいですね」

「自立?」

「群れで生活している時も、ある程度育ったら親は子どもを追いだすんです。で、子どもは違う群れを探して入れてもらう感じで。オイラは気に入る群れがなくて一人でいました」


「ああ、なるほど。つまり、育ったら一緒に生活しないという前提でいい、ということですか?」

「ヌシ様の使い魔はオイラだけです!」

「わかりました。気が変わることもあるかと思うので、もし気が変わったらいつでも言ってください」

「わかりました」


「あと、ジェットにはそばにいてもらいたいですか? それとも今のままがいいですか?」

「難しいですね……。したくならないのに一緒にいるのも申し訳ないというか、居心地が悪いというか」

「いてくれたら安心したりはしませんか?」

「それはもちろんあるのですが」

「じゃあ、ジェットにも聞いてみましょうか。今の状態をどう思っているのか」


「……そうですね。嫌われてないといいのですが」

「何か嫌われるようなことをしたのですか?」

「気分になれないと言い続けているので」

「できないから嫌いになるってどんな発想ですか……」

 つい苦笑してしまう。それなら自分はとっくにオスカーに嫌われているはずだ。


「いやいや、オスなんてみんな、ヤれない高嶺の花より、ヤれる野花を選びますって。見るだけで食べられない最高級フルーツより、すぐ食べられる野いちごの方がいいに決まってるじゃないですか」

「今朝の様子を見る限り、ジェットはそんなことないと思いますけど。今回は食べた結果ですし。まずは明日のお昼にみんなで話してみましょうね」

「ううっ、わかりました……」

 ユエルとしてはあまり乗り気ではないようだ。けれど、ジェットに聞いてみないとわからないと思う。



 ルーカスを誘ってジェットも連れ、使い魔オーケーの個室がある店に入る。

 ピカテットの言葉を店員などに聞かれないように、自分とオスカーとルーカスに翻訳魔法をかけた。


「ジェット、話したいことがあります」

「なんだろう?」

「ユエルなのですが、妊娠していることがわかりまして」

「そうだろうな」

「え」

「ジェットは知ってたの?」

 ルーカスが尋ねると、ジェットは当たり前のように頷いた。

「見ればわかるだろう」


「……本人はわかっていなかったのですが」

「ここ一週間以上、手を出してなかったよね。それはわかってたから?」

「そうだ」

「だそうですよ? ユエル」

「……じゃあ、オイラが毎朝、今日はできないって言ったときに『わかっている』って言ってたのはあきれていたんじゃなかったと?」

「もちろん。むしろなにを当たり前のことを言っているのかと思っていたが」


「ジェットにとっては当たり前なんですね」

「子どもができたら子どもが最優先になるようにできているからな。子育てが終わってしばらくして体が戻るまではできないのが当然だな」

「だそうですよ? ユエル」

「体が戻るまでできなくても嫌いにならない?」

「当然」


「したくならないのはオイラに魅力を感じなくなったわけではない?」

「メスの状態に合わせて発情するのだから、したくならないのも当然だな」


「そういえばユエルも、相手が発情してるかわかるみたいなこと言ってましたものね。ジェットもわかって当然なんですね」

「……もし目の前に他の発情してるメスが現れたら?」

「気に入ればするな」

「え」

 ここまでいい話だと思っていたのに、いきなり最低になった。


「ジュリアちゃん今、最低って思った?」

 ルーカスに見透かされて、苦笑しながらうなずいた。

「……はい。ちょっと驚きました」


「ヒトの基準だとそうだけど、ピカテットとしては普通だよ?」

「そうなんですか?」

「群れのピカテットは特定の相手を持たないで、群れの中のどの個体とも交配するらしいから。一種の生存戦略だよね。はぐれピカテットにその機会があれば、して当然じゃない?」

「……そう言われると、仕方ないのかなという気もしますが」


「オイラもその程度なんですね……」

「気に入れば、と言った。気に入るかは相手によるし、今まで気に入って応えたのはユエルだけだが」

「あ……」

(なるほど)

 ジェットが言わんとしていることがわかった。要は、ユエルが好きになったから手を出したのであって、他のメスに会っても気に入らない可能性が高いということだろう。


 ユエルは何も言わない。伝わっているのかわからない。ピカテットは表情の変化が大きくないから、話してもらわないとよくわからない。

 気になりつつも、確認事項を進める。


「ジェット。妊娠中や子育ての間、ユエルとずっと一緒がいいですか? それとも今まで通りがいいですか?」

「それはオレじゃなくてユエルに聞くことだろう? いた方がよければいるし、落ちつかないなら今まで通りでいい」

「けどオイラ何もさせられないですよ?」

「することをするのだけが一緒にいることじゃないだろう」

「……そうなんですか?」

 ユエルがものすごく不思議そうにこちらを見る。


「そうですよね?」

 苦笑するしかない。ユエルの基準だと自分とオスカーが一緒にいること自体おかしいことになる。

(そういえばユエルはいつも、なぜしないのかって感じだったわね……)


 ユエルがうつむいて、いつもよりずっとゆっくり言葉をつむぐ。


「親から追いだされてすぐのころ、少しだけ群れにいて。やさしそうなオスをいいなと思ったことがあって。一緒に遊んでるだけでオイラは楽しくて。

 けど……、他のメスとつがってるのを目撃したあと、オス同士で話してるのを聞いちゃって。

 したことがないメスはなかなかさせてくれなくてめんどうだって。つがうためにいろいろつきあってやってるのにって。

 ……させたけど、イヤで。たぶん、オイラが発情してるかとかは関係なかったんじゃないかと」


「ユエル……」

「ガマンしてさせてたのに、今度はかわいげがないって。メスたちからも同じようなことを言われて。……みんな蹴りとばしてやってから群れを出たんです」

(ん?)

 だいぶ同情モードだったけど、思っていたよりユエルは強かった。

(……まあ、ユエルだものね)


「それで群れてる軟弱者は嫌いなんですね」

「はい。……本当はそういうことが好きじゃないって知られちゃいけないんだと思ってて。

 たぶんいないだろうけど、もし気に入るオスがいたら自分からいくくらいのがいいのかなって」

 すごく積極的に見えていたから気づかなかった。

 浮かんだ疑問を口にする前にジェットが言ってくれる。


「オレとするのもイヤだったか?」

「それが……、最初はすごく緊張してたのだけど。……死ぬかと思うくらいよくて。その後は行動と気持ちが同じでした」

「それはよかった」

「だから……、またしたくなくなったときに驚きすぎて、もう死ぬのかと……」

「死ぬかもって言ってましたね……」


「……ジェットはできなくても嫌いには」

「なるわけない。そもそも一人でいたときは長くしてなかったしな。

 群れのヤツらは……、なんであんなにすることしか頭にないんだっていうのは思う。会話がバカすぎる」

「まったくです! ……できない状態でずっと一緒はまだ怖いから、今のまま、会えたときには甘やかしてもらえると嬉しいなと」

「わかった。ルーカスのおもしろい話でも聞かせよう」


「ぼく?! 急に?!」

「ユエルといないときに目に入るのはルーカスしかないからな」

「あー……、うん。きみたちが楽しくすごせるように何か考えるわ……」

「私も考えておきますね」

「自分も」

 オスカーとは何も話していなくても、そこにいてくれるだけで嬉しいのだけど、ユエルたちのペースはまた違うのかもしれない。


(ユエルが出会ったのがジェットでよかった……)

 飼い主としては二匹の話を聞けて安心した。


(ほんと親の気分……。……やっぱり私はユエルの子どものおばあちゃんになるのかしら?)


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