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27 変なユエル、Xdayの招待状


 月曜の朝も怖い夢は見なかった。


(オスカー効果すごい……)

 話して泣いて。寄りそって支えてもらって。どんどん大きくなりそうだったつきものが、だいぶ落ちた気がする。

 思えば、戻ったばかりのころはよく過去の記憶に飲まれていたのに、オスカーのおかげでそれも落ちついたのだ。彼の存在自体が魔法なのかもしれない。


 いつも通り出勤して軽く挨拶をかわし、ユエルとジェットをひとつのカゴに入れた。

「ジュリアちゃん。ユエルちゃんの様子おかしくない?」

「え、おかしいですか?」

 ルーカスに言われて様子を見てみる。ここしばらくは自分のことでいっぱいいっぱいで、あまり気を配れていなかったのはあったかもしれない。


「……ほんと、おかしいですね」

 ユエルといえば、ジェットを見るや突撃していた印象しかない。それがゆっくり移動して、ジェットの横に軽く寄りそっただけだ。

 ジェットも、ユエルに答えていつも見ていられないくらいいちゃついているイメージだったけれど、そばで落ちついている。


「二羽ともどうしたんでしょう?」

「昼にでも動物病院で診てもらうか?」

 オスカーが提案してくれる。

 動物病院とひとくくりになっているが、ペット用の魔獣や使い魔も見られる病院だ。ホワイトヒルには魔獣専門の病院はない。飼育数が少ないからだろう。


 ルーカスが軽い調子で笑って受けた。

「ピカテットがいちゃつかなくなりました、って?」

「それは言いにくいですね……。食欲とかは問題ない、というか、いつもより食べているくらいなんですが」

「先週も大人しかったけど、より動きがゆっくりになったよね」

「太って動きにくくなったのだろうか」

「確かに重くなっているような気が……」

 そこまで話して思い至ったことがある。


「……行きましょう、動物病院」

「いちゃつかなくなりました、って?」

「いえ。妊娠しているかもしれません」

「あ」

「なるほどな」

「まあ不思議はないよね」

 出会った頃から万年発情期みたいなカップルだったから、一度気づけばさもありなんだ。

 ピカテットは胎生の魔獣だから、自分の時と似ていてもおかしくない。


「今日の昼は動物病院だな」

「あ、なら、お昼に話そうと思っていたことが……」

 話していると、連絡事項を確認していた父の声がした。


「ファビュラス王国で新国王即位予定……、精霊に守られているという噂? 精霊?」


 精霊とフェアリーは根本的に別のものとされている。

 フェアリーは実在する魔物で、他の魔物と同じで会話はできず、気まぐれな存在だ。インビジブルフェアリー以外の通常種は目に見える。

 一方、精霊は神や天使に次ぐ神話の中の存在で、人に利益をもたらす話が多い。様々な形をとるとも目に見えないとも言われていて、実在は信じられていない。


「何ヶ月か前はオフェンス王国に女神で、今度は精霊? ありえんだろ」


 父とコーディ・ヘイグの会話を耳にして、オスカー、ルーカスと顔を見合わせる。

 透明化の魔法は存在しているけれど、使える魔法使いの存在は公式には確認されていない。ジャスティンが半分冗談で精霊と言っていたことが、衛兵づてに魔法協会まで伝わったのだろう。


 ちょっと笑って声を落とす。

「話したかったの、そのことで。今朝これが届いたんです」

 オスカーとルーカスにメッセージカードを見せる。

 ジャスティンとキャンディスの『結婚の儀及び即位の儀』への招待状だ。代表して自分宛になっているけれど、連名で二人もぜひと書かれている。


「後処理と準備が済んだんだろうね」

「お休みの日なので、みんなで行きませんか? 今週末。……4月27日」

「うん、もちろん」

 ルーカスはすぐに答えたけれど、オスカーは目をまたたいた。その日の意味を彼にだけ話しているからだろう。


「……ジュリアは行けそうか?」

「はい。……多分、大丈夫かと。あなたがいてくれるなら」

「わかった」

「ありがとうございます」


 4月27日の結婚式。

 正直、その認識だけで十分怖い。


 偶然にも、あの日(・・・)と同じだ。

 すべてを失った、クレアの結婚式と。


 だから即位式だと自分に言い聞かせている。それでなんとか飲みこもうとしている状態だ。


 本当は、オスカーが一緒にいる方が怖い部分もある。一人で行って失うものはないからだ。

 でも同時に、オスカーがいない場合の不安も大きい。視界が赤く染まりそうになったときに独りで持ち直せるかがわからない。


(甘えてばかりでごめんなさい)

 そうも思うけれど、彼には謝罪ではなく感謝を伝えた。



 昼休憩は三人で動物病院に行った。

 ルーカスとジェットは直接病院に用事があるわけではないけれど、子の父親の飼い主として気になるからとついてきた形だ。


「おめでとうございます」

 さくっと予想通りの結果が出た。

「予定は月末くらいですね」

「え、そんなに早いんですか?」

「ピカテットの妊娠期間はだいたい一ヶ月くらいなので」

 ほとんど出会ってすぐのころにできていた計算だ。ある程度育つまでは気づかなかったのだろう。


「標準的には一から五匹程度産まれますが、貰い手はいますか?」

「……相談してみます」

 五匹産まれたら飼いきれないと思うけれど、ユエル本人の意向をちゃんと聞きたい。


「もし譲り先が決まらないようなら、ブリーダー登録という手もありますよ」

「ブリーダー登録ですか?」


「はい。ここやペットショップに登録しておいて、飼いたい人や仲介人から連絡をもらい、ペットとして譲る形ですね。その場合の相場があるので、もし登録されるようなら詳細をお伝えします。

 飼うときに知ったかもしれませんが、ホワイトヒルや近隣にピカテットのブリーダーはいなくて、希望者は高い費用を払って遠隔から取りよせている状態なので、受容はあると思います」


「ありがとうございます」

 ユエルとジェットは野生だけど、パールたちはバートが取りよせたと言っていたのを思いだす。


「ちなみに、一度子どもを産んでから、次の妊娠までどのくらい期間があきますか?」

「四ヶ月くらいは子育てをするので、その後でしょうね」

「子育て中はつがいでいさせた方がいいのでしょうか」

「野生では群れていることが多いですが、飼育下ならどちらでもかまわないと言われています」

「わかりました」

 そのあたりもあとでユエルに聞いてみようと思う。

 他の注意事項も聞いたけれど、基本的には放っておいて大丈夫とのことだ。人間に比べてずいぶん楽だ。


 病院を出て、残りの時間でみんなで軽いお昼をとる。

「予定日が月末っていうのはさすがに驚いたね」

「そうですね。ユエルの寿命を聞いたときに、子どもを持てた方がいいのかなと思って相手を探すことにしたのですが。まさかこんなに早く子持ちになるとは……」


「手元に残すか譲るかは決めているのか?」

「ユエルと相談しようと思っています。あまりに数が多かったら譲るしかないでしょうが」

「聞いてみてになるのだろうが。飼育費用は負担する方向で、孤児院に一匹寄付するのもありかと思う」

「あ、そうですね。動物を飼うっていい経験になりますものね。ユエルが里子に出していいと言ったら、希望があるかを聞いてみましょうか」


 オスカーの提案にルーカスが続く。

「あと、ブラッドさんたちの村に預けるのもいいのかなって」

「元貧民窟……、今はヒルサイドビレッジになったんでしたっけ。預けるというのは?」

「この前行った観光牧場にピカテットはいなかったでしょ? ピカテットの木彫りがすごく売れてるみたいだし、ピカテット専門のふれあい牧場を作ったら儲かるんじゃないかなって。ヒルサイドビレッジはホワイトヒルから近いしね」


「……ルーカスさん、天才ですか?」

「あはは。情報を繋げただけだよ。最初のうちはブリーダーとして増やしてもいいだろうし。ユエルちゃんの子どもに女の子がいれば、だけどね。

 次世代はエメルくんやパールくんとつがわせてもらえたらいいんじゃないかな」

「それも、ユエルに聞いてからブラッドさんに相談ですね。

 四ヶ月くらい子育てをすると言っていたから、外の人に相談するのは産まれてからでしょうか。今聞いた結果と変わるかもしれませんし」


「ジェットはどうする? 妊娠期間中や子育て期間中は一緒に居させておく? 今のままにする?」

「それも今夜ユエルに聞いておきますね」

 そういえばジェットと出会った日から、ユエルに翻訳魔法をかけていない。ユエルの意識が自分ではなくジェットに向いていたのもあるし、自分に余裕がなかったのもある。久しぶりにゆっくり話してみるつもりだ。


(これ、飼い主はおばあちゃんってことになるのかしら?)

 ペットを飼うのは初めてだからよくわからない。


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