25 戦いになるなんて聞いてない
(待って待って待って! 毒殺じゃなかったの??!)
兵士が襲ってきたり、魔法が飛んできたりするのは聞いてない。想定外すぎる。いったい何が原因でこんなに方向が変わったのか。わからない。
どちらも自分が魔法を使っていいなら大したことではないけれど、今は魔法が使えないことになっている。
護衛についていた黒いローブの子が、兵士の剣を弾き飛ばして捕まえてくれた。
(全身の身体強化……)
オスカーが得意な中級魔法だ。身体強化をかけたオスカーの身のこなしはすごかった。この子もいい動きをするけれど、彼ほどのスピードやパワーが出ないのは体が小さいからだろう。身体強化系の魔法は、元の身体能力による影響も大きい。
ローブの子が、守ろうとするかのように前に立ってくれて、火球に向けて両手を突きだす。
「ウォーター・シールド!」
大きくて厚い水の壁が炎の玉を止め、競りあう。
ジュワッと大量の水蒸気が上がった。熱気が流れ、彼のローブがたなびく。
そう経たずに水が炎を完全に飲みこんで、跡形もなく消滅させた。
「あらあ、ずいぶんかわいい坊やねえ? 魔法協会の魔法使いかしらぁ」
空から、ねっとりとした知らない女性の声がした。
見上げると、目も眩むような赤いドレスの女がホウキの上に立っている。化粧もキツく、すべてが目に優しくない。
(赤……)
惨劇の色が広がって立ちくらみそうだ。ぐっと歯を噛みしめて堪え、記憶の中から女を探す。
前の時を含めて全く覚えがない。これだけ特徴的な相手なら、会っていればさすがに印象があるはずだ。
「誰?!」
「うふふ。かわいい坊やになら答えてあげるわぁ」
「スパイダー・ネット」
炎の玉を処理しきったローブの子が、上空に向かって呪文を唱える。
「ファイア・バード」
包むように飛んだ魔法の網を、女が出した炎の鳥が燃やす。そのまま炎の鳥が、ローブの子を迂回するようにしてフィンに迫る。
「ウォーター・ソード」
ローブの子が水の剣で炎の鳥を切って消して、瞬時に女と自分たちの間へと戻りつつ魔法を重ねる。
「ファイア・バード、ファイア・アロー」
炎の矢と炎の鳥が二方向から敵へと襲いかかる。
(この子、小さいのに、凄い)
魔法の幅が広く、選び方が適切だ。必要最小限の魔力で最大限の効果を得られる呪文を瞬時に判断している。戦闘センスがあるのだろう。
敵との間に立ってくれている、小さな背にしっかり守られているのを感じる。それと同時に、まったくの別人なはずなのに、どことなくオスカーの戦い方が重なる。
「ウォーターシールド・スフィア」
敵が球体の水の防御壁に包まれ、二方向からの炎をかき消した。
(……強い)
ローブの子もすごいが、相手の方がいくらか上に見える。
魔法使いは普通、年齢が上がるほど魔力量が増え、魔法の幅も広がる。本人の素質や努力との掛け合わせで、それらが同じくらいなら歳を重ねた方が強くなる。
元の素質はローブの子の方がありそうだけど、年のぶんで相手の方が上回る感じか。
横からルーカスの声がする。
「シャープ・ウインド」
「プロテクション」
細かな風の刃が向かうと、女が防御魔法を唱える。
ルーカスが駆け戻って、ローブの子の隣に立つ。
「お待たせ。一緒にもたせよう。すぐに魔法協会の増援が来るはずだから」
「ああ」
後半は自分とフィンに聞かせるためにも言っている気がする。
(ルーカスさんは下級魔法、それも一部しか使えなかったはず……)
元の素質が低くて、伸び幅もあまりなかったと思う。魔力も少なく体を動かすのも苦手で、戦闘力としては期待できなかったはずだ。
女のホウキが近づいてきて、二人が身構える。
「ねえ、魔法協会の坊やたち? ここは引いてくれないかしらぁ? アタシも仕事なのよねえ」
(仕事……?)
つまりこの人は自分の意思で攻撃をしてきたのではなく、誰かからの依頼でここにいるということか。
(けど、魔法協会や冒険者協会は、犯罪者以外への攻撃は認めないはず……)
魔法協会の他の支部が請け負った臨時依頼という可能性はゼロだ。
ルーカスが珍しく鋭くなった視線を相手に向ける。
「ごめんね? ぼくらも仕事なんだよね。そうじゃなくても引けないけど」
「それは残念ねえ」
「きみは裏魔法協会の人?」
「ええ。ラヴァと呼ばれているわぁ。お見知りおきを。そしてさようなら。ファイ……」
ラヴァと名乗った女が次の魔法を唱えようとしたのと同時に、ホウキごと鉄の檻に囲われた。檻の魔法を空中で発動すると浮遊魔法が付随するため、宙に止まっている形だ。
「あらあ、うふふ。無詠唱……なんていう伝説上の魔法じゃなさそうねえ? 他に誰かいる様子もないし……、通信用の魔道具の応用かしらぁ」
「ああ。話している間に唱えさせてもらった」
(すごい……)
捕獲用の檻魔法はその場から動くだけで避けられるため、相手が動けないタイミングで唱えるのが一般的だ。
一方で、通信用の魔道具には、起動していると装着者にしか声が聞こえなくなる性質がある。起動した状態で魔法を唱えれば、装着していない相手にとっては擬似的に無詠唱で魔法を発動したようになるのだ。
それを知っていて、ラヴァが話している隙に気づかれないように檻魔法で捕らえたローブの子に軍配が上がった。
「いいわねぇ。坊や、ほんとアタシの好みよ?」
ラヴァが不敵に笑う。劣勢になった相手とは思えない。
ひらりと魔道具のじゅうたんが飛んできて、ラヴァのとなりで止まる。
「何を遊んでいるのですかな。本気を出せばあなたの相手ではないでしょうに」
「にひひ。ラヴァ捕まってんじゃん! おっかしーっ」
「……フー……」
(ウソ……っ)
乗っているのは三人。
紳士風の、細長い印象の男。守ってくれているローブの子よりも更に幼く見える、半袖短パンの男の子。顔まですべて鎧に覆われた人。
ラヴァに気安く声をかけたのだから、明らかに敵だろう。
(魔法封じの檻じゃないから檻の中でも魔法が使えるのを考えると、二対四……? ううん、ルーカスは戦力に入れられないから実質一対四……)
ラヴァを基準にして彼女の仲間だとすると、それなりの実力者だという可能性がある。明らかに不利だ。
(魔法協会の増援……、より、お父様の方が早いわよね)
まだ屋敷の中か、近くにいるはずの父を呼べたらと思うけれど、その手段がない。
(魔法が使えないふりをするって本当に不便!!)




