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26 幸せだからこそ怖い、怖さも愛しさに溶けて


(きゃあああああっっ……)

 なんとかがんばって距離をとったけれど、一歩間違えたら彼を襲ってしまうところだった。心臓がバクバクして落ちつかない。

 彼の手を引いてイスから立って、少し湖畔を散歩する。


 最初に求めたときは慰めてほしかったのだと思う。止められて、繋がれたら少しは安心できるのだろうかという下心を見透かされた気がした。


 存分に泣かせてもらって落ちついて、そばにいてくれると言われて、大好きがあふれて止まらなかった。ほほへのキスは、最大限のガマンだ。あのタイミングで唇を重ねていたら止まれなかったと思う。


(オスカーも……、その気になっていた気がするわ……)

 嬉しいのと申し訳ないのとが半々だ。飲みこませるのは辛いのではないかと思うものの、彼の方からそれ以上求めてこないなら、きっとこれでいいのだろう。


 つないだ手をしっかり握る。

 今、彼が生きてそばにいてくれることを大事にしたい気持ちはある。大好きで愛しくて幸せで、こんな時間がずっと続くといいと思う。


 だからこそ怖いのだ。再び失う可能性が。


 昔の赤に領主邸での雷。再び世界の摂理の手に落ちることもあり得るし、そうでなくても何が起きるかわからない。

 なるべく近くで守るつもりだけど、守りきれるかはまた別の話だ。いろいろなことが変わりすぎていて、もう予想ができない。


 ここしばらく断続的に見る夢は、状況は違うのに、最後には必ず彼を失うのだ。

 亡くすことが多いけれど、中にはそうでないものもある。他の女性と手を取るとか、敵対して戦うとか、その渦中かちゅうで目を覚まして結末がわからないものもある。

 生きていてくれさえすればいいと思っていたのに、今は手放すことすら怖いのだ。どこまでも欲ばりになっている気がする。


「……オスカー」

「なんだ?」

「おばあちゃんになってもそばにいてくれますか?」

 ずるい質問だとわかっている。問題を解決できるかどうかも、結婚できるかどうかもわからないのに、そんなことを聞かれても困るだろう。わかっているのに、聞かずにいられなかった。


 なんの迷いもなく、すぐにオスカーがうなずいてくれる。

「もちろんだ」

「約束ですよ?」

「ああ。約束する」

 つないだ手の甲に軽く口づけが落ちる。

 絶対はないと、彼もわかっているだろう。それでもしっかり約束してくれるのが嬉しい。


「あの事件の年、このくらいの時期は幸せだったんです。クレアも幸せそうにしていて。あなたとクレアの関係もだいぶ改善されていたし、家も仕事も忙しさが落ちついていて、思い悩むこともなくて」


「……自分はそんなにクレアに嫌われていたのだろうか」

「嫌われていたというより、ちょっと怖がられていましたね。前の時の私と父の関係に似ていたのだけど……、今はあんまり似てないなと思います。あなたはあんな面倒な絡み方はしないでしょうから」

「ああ……。どちらも注意する」

 まるでまた子どもを持てる前提だ。それがなんともくすぐったい。


「ふふ。クレアは何を考えているかわからないと言っていたのだけど、そんなことないんですけどね。私が顔に出やすいだけで、あなたもよく見ればわかるのに」

「確かに……、自分はジュリアのようにはいかないと思う。女の子にどう接していいかわからないというのもあるだろうな」


「そのままでいいですよ? 今度は私がもう少しうまくやりますから」

「……いや。負担は二人でわけていけたらと思う」

「私はそのままのあなたが本当に好きだし、そう言ってくれるあなたも大好きです」


 オスカーが足を止める。視線が絡んで、それからそっと抱きしめられた。

 大好きな安心する匂いに包まれる。聞こえる心音が自分のものなのか彼のものなのかわからない。


 愛しさが膨れ上がって、もっと触れ合いたいと思ってしまう。けれどそれ以上に、問題がなくなってからちゃんと籍を入れて、なんのうれいもなく結ばれたい。

 オスカーがキス以上はしようとしないのも同じ理由だと思っている。

 そして今キスをしないのも、同じ理由だろう。止まれるギリギリの限界が、今はお互いにここまでなのだと思う。


「……オスカー」

「ん?」

「あなたとこうしているの、すごく好きです」

「……自分もだ」

 その先に進まなくても十分に愛されていると感じられる。少しでも多くの大好きが伝わるように、たくさん抱きしめた。



(ふぁあああ……! 幸せすぎる……)

 夕食を一緒に食べてから別れたのに、明日の朝もまた会う約束をしてくれた。平日の昼も、しばらくなるべく二人でいようと言われて、行きたい店の話もした。ユエルには悪いけれど、少しの間、多めにお留守番してもらうことにする。


(ジェットとはもうさんざんいちゃいちゃしてたから、少しくらい会えない日があってもいいわよね?)

 一瞬そう思ったけれど、それはかわいそうな気もする。魔法協会までは連れていって、カゴに入れたままにして、昼食後にピックアップがいいだろう。少し昼休みは短くなるけれどしかたない。


「オスカー……」

 彼の代わりに枕を抱きしめる。温もりも硬さも全然足りない。

(また明日……)

 明日もまた抱きしめてもらえる。そう思うだけで少し安心する。ずっとはまだ信じきれなくても、明日や来週という近い日は確かにあるだろうと思える。


 最近は魔力を増やす方法でも集中できなかった。寝るのが怖くて、早朝近くになってまどろんで悪夢を見ることが多かったけれど、久しぶりに早く眠れた。

 怖い夢の記憶がない目覚めは、久しぶりに少しスッキリしていた。



 一度出かけて、オスカーと合流してから透明化で戻って秘密基地に入った。


「戦闘訓練はドワーフ装備でするのはどうだろうか」

「はい! ぜひ!」

 大賛成だ。オスカーの提案に反対する理由がない。

(オスカーのドワーフ装備、ほんとカッコイイもの)

 彼が魔法で着替えるのを眺めているだけで笑みがこぼれる。


「……ジュリアも、というつもりだったが」

「え」

 それはまったく想定していなかった。こちらは反対する理由しかない。

「私も、ですか……?」

「動きやすくはあるのだろう?」

「それはそうなのですが……」

 自分用の装備をながめる。作ったドワーフは魔法少女とか絶対領域とか言っていた。飾ってあるのを見るぶんにはかわいいと思う。自分が着るのでなければ。


「うーん……」

 あしがスースーするのだ。スカートが短かすぎる。下着は見えない設計にしてあると言われているけれど、それでも見えそうな気がする。

「……私が着たらうれしいですか?」

「そうだな……。一方的に観賞されるよりは」

「……すみません」

 好きすぎて観賞していた自覚はある。イスに座らせて眺めもした。そこを指摘されると弱い。


「チェンジ・イントゥ」

 自分も魔法で着替える。やっぱりものすごく恥ずかしい。

「……これで、いいですか……?」

「ああ……」

 オスカーが赤くなって顔を半分隠した。


「オスカー……?」

「……服自体も似合うのだが。恥ずかしそうにするジュリアがかわいすぎる……」

「ふぇっ?!」

 なんてことを言うのだ。嬉しいのと恥ずかしいのと嬉しいのとでどうにかなりそうだ。熱くてしかたない顔を両手でおおう。


「……やっぱりいつもの運動着にします」

「そうだな……。自分も集中できない気がする……」

 いっそ恥ずかしがらずに堂々と着てしまった方が恥ずかしくないのだろうけれど、恥ずかしいものは恥ずかしい。

(せっかくのドワーフ装備だけど、やっぱり私にはハードルが高いわ……)


 もう一度魔法を唱えて元の服に戻す。二人揃ってホッとした。

「……あのドワーフは恐ろしいものを作ったな。破壊力がすごい」

「? 防御性能は高いけれど、攻撃力は変わらないですよね? あ、ステッキの方だけで試すのはアリかもしれませんね」

「……ああ。そうだな」


 ダンジョンマスターによる環境調整で、オスカーエリアの木々を、ハンモックを吊るしているニ本だけ残して消し、あたりをいったん更地にした。

 試しにダンジョン内の土でオスカー人形を作ってみる。服の見た目はドワーフ装備に寄せる。装備は同じ性能にはならないけれど、見た目の好みは重要だ。


「あれ、これ、すごい、何も持っていない時より魔法の出力コントロールがしやすいです」

 ステッキを使ってみて驚いた。何もない状態で魔法を使うのに慣れているから、むしろ邪魔くらいに思っていたけれど、認識を改めないといけない。


「初めての魔法を練習する時とかにも、感覚を覚えるのによさそうですね」

「それはいいな。折りたためて持ち運びがしやすいものを作ってもらえないだろうか」

「あ、いいですね。ペンサイズくらいになると使い勝手がいいですよね。そのうち相談しに行ってみましょうか」

 魔法使いの間で流行っていないのは、存在が知られていないのと、持ち運びがめんどうなのと、量産ができないのと、効果に対して値段が高いからではないかと思う。自分たち用にあったら便利な気はするが、広めるつもりはない。


 ステッキを使って魔法を唱え、彼の戦闘能力を土人形にコピーする。やはり少し楽な感じだ。

 ケガをさせない程度の模擬訓練という命令を送って、ドワーフ装備のオスカー同士が戦うのを見守る。


(うわあああ……、眼福……!)


 この幸せな時間には、過去も未来も入りこむ余地はない。


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