24 秘密基地の完成と想定外の質問
秘密基地に家具が入った。
全部透明化して入れるにしても、入り口を開けっぱなしにするのはハラハラした。なんとか誰にも気づかれずに秘密基地の中に運びこめてホッとする。
魔法で浮かせたままみんなで位置を決める。
「オスカーコーナーの壁紙をちょっと豪華にしてもいいですか?」
「あはは。いいね、オスカーコーナー」
「共用のソファだよな?」
「私としては、オスカー専用でもいいですよ。私は見る専で」
共用部分の一角を半小部屋にする。三面が壁で、開いているところから中がよく見える形だ。
内側の装飾をいじって、ソファに合わせて高級感をだす。揃いの小型のソファテーブルもいい感じだ。
「ドワーフ装備に着替えて座ってもらってもいいですか?」
「……わかった」
オスカーが気恥ずかしそうにしながらもリクエストにこたえてくれる。魔法で服を入れ替えれば一瞬だ。
「……これでいいだろうか」
「はい! めちゃくちゃカッコイイです。完璧です。尊いです」
そもそもドワーフ装備のオスカーはそれだけでものすごくカッコイイのだ。似合う背景を合わせてよくないはずがない。息が止まりそうなのに、ずっと眺めていたい。
「とりあえずぼくの部屋のは入れてきちゃうね」
ごゆっくりとでも言うかのようにルーカスが軽く手を振って、自分の分を運んでいく。
「嬉しさより恥ずかしさの方が大きいのだが」
「すみません……。ちょっと破壊力がすごすぎて……。一旦落ちつきますね……」
反対を向いて深呼吸をする。けれど、思いだすだけでテンションが上がる。
(……うん、大丈夫)
今朝も夢見は悪かったけれど、今日はきっと上書きできるはずだ。
(大丈夫。オスカーはちゃんとそこにいる)
吸って、吐いて、笑顔を作り直す。
「他の家具も配置しちゃいましょうか」
中央に背もたれのない広いソファを置く。お茶やお菓子を置けるサイドテーブルと、ソファとセットの移動させやすい丸いサイドチェアもある。
簡易キッチンの近くにはダイニングテーブルも入れた。
「ふふ。秘密基地で生活ができちゃいそうですね」
空間はもう完全に定着している。あえて解除しない限りはこのままだ。
「ぼくのとこも完成したよ。見にくる?」
「見たいです」
オスカーも頷いて一緒に見に行く。
たくさんの壁が迷路みたいに入り組んでいるルーカスのエリアに、ライトやクッション、テーブル、棚などが入った。色違いのエリアがライトに照らされてオシャレな仕上がりになっている。
「すごい。ステキですね」
「その時の気分によって好きな場所に入るの。楽しそうじゃない?」
「はい。わくわくします」
「よかったら二人も使ってね」
「ああ。同じ空間にいるのに区切られているというのもおもしろいな」
「一緒だけど近すぎないプライベート空間っていいよね」
「オスカーのところは前にアウトドア用品を入れて完成したし、これで秘密基地作りは完了ですね」
「ああ。これからは秘密基地として使っていけるといいな」
「そうですね。ゆっくりできるといいです」
「それなんだけど、今日はお昼を食べ終わったらぼくは先に出るね。ちょっと用事が入っちゃって」
「そうなんですね。忙しいのに朝からありがとうございます」
「ううん、それは大丈夫」
「じゃあ簡単なのをここで作りますね。材料は入れておいたので」
「手伝おう」
「ぼくも一緒に作りたいな」
「ありがとうございます」
三人で台所に立つ。広めにとってあるから余裕がある。
オスカーは指示を的確に遂行してくれるから安心だ。ルーカスも手先は器用だから問題ないだろう。
(夏合宿の時の失敗はたまたま、よね……?)
「……ルーカスさん、調味料を眺めてどうしたんですか?」
「いろいろ入れてアレンジするのって楽しいよね」
「よく料理するんですか?」
「いや、昔、実家で台所を手伝わされたことがあるんだけど、一回で出禁になった」
「え」
「おもしろそうって思うがままに調味料を入れたら、味見した母さんが倒れちゃって」
「何を入れたんですか……」
「残念だけど、もう覚えてないんだよね。まあ、ジュリアちゃんが味つけしてくれるものに手出しはしないよ。オスカーに怒られそうだし、ぼくも楽しみにしてるし」
「手出しはしないけど、うずうずしてたんですね……」
「正解」
とんだ危険分子だった。
料理のアレンジは基本ができてからというのがセオリーだ。ほとんど作ったことがないシロウトは、人から教わったレシピ通りに作った方が安全なのだ。
味つけに影響しない部分をそれぞれに任せる。ルーカスにもやり方を教えると、ほとんど初めてのはずの包丁を難なく使いこなした。やはり手先は器用なのだろう。
「暖かいものを出せるの、やっぱりいいですね」
あまり時間をかけないで作れるスープに、サラダとメインの肉料理、買ってきたパンも軽く焼いてダイニングテーブルに並べる。
「待って、ジュリアちゃん。これで簡単な部類なの?」
「はい。作るのにあまり時間をかけたくない時のメニューですね。お肉は薄めのものを軽くソテーしただけですし、スープの具やサラダもすぐにできるものだけ使っているので」
「うちの食卓なんて、肉ドーン! パンドーン! みたいなのがほとんどだったよ……」
「人数が多くて毎日だと、そうなるのもわかります。うちは実家も、……私が結婚してからも、使用人を入れていたので。趣味みたいなものだから、バランスを考える余裕があったのかなと」
全員で「いただきます」をする。
「うわあ……、おいしい。ちょっと感動した……」
「今まで出してもらっていたサンド類もうまかったが。こういうのもいいな。食卓という感じがする」
「気に入ってもらえたならよかったです」
「オスカーとジュリアちゃんちの居候になりたい……」
明らかに冗談だとわかるから笑って聞き流しておく。
(そもそもまだ結婚できるかもわからないし)
世界の摂理に会っても、契約の書き換えも上書きもできないと言われるかもしれない。期待しすぎない方がいいだろう。
オスカーも軽く苦笑している。
「秘密基地、ほしいってダダこねた自分をめちゃくちゃ褒めたい……。あの時そう言わなかったら、この味を知らないで一生を過ごすところだったんだもんね」
「大げさです、ルーカスさん」
今日のメニューは本当に簡単なものなのだ。あまり褒められるとむずむずする。
「気持ちはわかる。自分はもうここに住みたい」
「オスカーまで……」
ここに住む。それはもうほとんど同棲ではないか。顔が熱くなる。
「料理はおもしろい方がいいって思ってたけど、ジュリアちゃんの味なら覚えるのもアリかもな。寮で再現できたら幸せかも」
「教えましょうか? 下ごしらえとかは一緒にやって、難なくできていたので。分量と味つけだけですよね。今日のはすぐできるかと」
「……嬉しいけど、やっぱり作ってもらいたい気もする」
「そうですか?」
「かわいい女の子の手料理は男のロマンだからね」
「なるほど? 自分が教わって、寮でお前に作ればいいわけだな」
「ぼくの言ったこと聞いてた?! いやオスカーに作ってもらったらそれはそれでありがたく食べるけども」
「ふふ。料理ができると生活の質が上がると思うので、よければ二人に教えますよ。もちろん、ここに集まったときは、よければ私が作りますし」
「それなら教えてもらおうかな。ジュリアちゃんの料理教室、楽しそうだから」
「秘密基地での目的が増えたな」
「ゆっくりもしつつ、負担にならない範囲で、だね」
みんなでわいわいと食後の片づけをしてから、ルーカスがまた来週と言って帰っていった。
「ふふ。ルーカスさんが帰ると一気に静かになりますね」
「そうだな」
「オスカーエリアに行きますか?」
「ジュリアがよければ」
「はい」
彼と指を絡めて手をつなぐ。ご褒美タイムだ。
オスカーエリアにはテントとタープとハンモック、三人座れる横長のアウトドアチェアとランタンが加わっている。
他に人が来ない、魔物や動物や虫もいない、静かなキャンプエリアという仕上がりだ。
オスカーと一緒にアウトドアチェアに腰かけて湖の方を眺める。
「……ジュリア」
「はい」
「娘の結婚式はいつだったんだ?」
ふいに投げかけられた想定外の質問に、心臓が飛び出るかと思った。
それは、すべてを失った日だ。




