23 [ルーカス] 様子が変なジュリアに対する作戦会議
日曜の朝、寮から出かけようとしたところで出がけのオスカーに会った。
「ルーカス、今夜は時間あるか?」
「ん、また飲みに行く? いいけどワリカンかぼくが出すよ? これでも先輩だから」
「ああ、ワリカンでいい」
ピカテットの会の翌日、先週日曜日の夜に、オスカーに誘われて二人で飲みに行った。日頃のお礼だと言っておごられたのは、ジュリアと二人の総意な気がした。
(ぼくがしたくてしてるんだから、気にしなくていいのに)
毎回続くとは思わないけれど、一応クギを刺して誘いを受ける。
この国の飲酒の規定は十八歳以上だ。ジュリアはまだ飲めないが、オスカーは問題ない。
(今日のお誘いは、前回と違って相談ごとだろうね)
昨日は二人きりでゆっくりできたはずだ。けれど、オスカーの顔は冴えない。
(最近のジュリアちゃんの不調にオスカーが引きずられている感じかな)
夕方に待ち合わせて、オスカーの希望で個室がある店に入る。最初の酒と料理が並んだところで本題を切りだす。放っておくといつ言ってくるかわからないから、こちらから聞いた方が早い。
「で、今日はジュリアちゃんの様子が変なことについて?」
「気づいていたか」
「まあね。ムリして笑ってる感じがするよね。週頭くらいからかな。日を追うごとにひどくなってる感じ」
「ああ。昨日も時々泣きそうな顔をしていて……、どうしても晴らせなくて。出会ったばかりのころを思いだした」
「オスカーもうだうだしてて、あんまり話してくれてなかった頃?」
「……まあ、そうだな。見舞いに行った時に好きな食べ物を聞かれて……、答えたら泣かれたことがある」
「昔のことを思いだしたんだろうね」
「ああ。つきあうようになってから、そう聞いた」
「今回も昔に引っ張られてるんじゃない? 何かやらかしたってわけじゃないんでしょ? 他の女性とキスしてるのを目撃されたとか」
「してるわけがないだろう」
「まあ、そうだよね。オスカーの誕生日前の時はほんと何やってんだバカって思ってたけど」
「師匠とのことか……。ああいう誤解を招くようなことは一切ないはずだ」
「うん。なら、昔のことだろうね。ジュリアちゃんが泣きそうになるのは、お前のことなのは多分間違いなくて。今更引きずられるってことは相当なんだろうなって思うと……、命日、とかね」
「命日?」
オスカーが思いもよらなかったというように目をまたたいた。
酒で口を湿らせてから答える。
「うん。ぼくらの命日。ジュリアちゃんが言う、事件があった日。それが近い可能性は?」
「……あるかもしれない。少なくとも魔法協会に来てからこれまでは、こんなふうになったことはなかったから。年に一度だとすると、十分ありえると思う」
「まあ、お前が気づいてないところで何かやらかしたって可能性もゼロじゃないけど」
「……それはどうすればわかるんだ?」
「冗談だよ。それなら多分、今のジュリアちゃんなら直接お前に聞くか、お昼とかにぼくに相談してくるだろうから。お互い、そのくらいには信頼されてるでしょ?」
「……そうだな」
「たぶん、今は幸せなはずなのに昔のことで泣きたくなるのなんておかしいから、持ちこまないようにしようってがんばってて、言ってくれないんじゃないかな」
「どうすればいいだろうか」
「どうにもできないんじゃない? 魔法卿の奥さんがいいこと言ってたじゃない。怒りたいのも泣きたいのも自分で消化するしかないことなんだって。
ぼくらにできるのは変わらずいつも通りでいることと、彼女が話してくれそうならちゃんと聞くことくらいじゃないかな」
「そうだな……」
「今すぐ抱きしめたい?」
「……そういうのは気づいても言うな」
「あはは。まあ、いいんじゃない? 今のオスカーでいっぱいにしてあげなよ。ちゃんとここにいるって安心させてあげられるといいよね。……むしろ抱きたいって顔になってるけど、大丈夫? いっぱいにするってとこで反応した?」
「言うな……」
オスカーが片手で顔を隠す。おもしろい。
「いっそ抱いちゃえば? 安心するんじゃない?」
「それは……、ダメだろう」
「なんで?」
「ジュリアが望んでいないだろうし……、正常な判断ができない時につけ入るのは違うと思う」
「ほんとに大事にしてるよね」
「当たり前だ」
ここまでできるのはオスカーだからだろう。自分ならとっくに手を出している自信がある。
「おもしろいよね。愛してるから抱きたいのに、愛してるから抱かないって」
「矛盾しているだろうか」
「いや? 君たちにとって大事なことなんだと思うよ。だからまあ、できる範囲で、だろうね」
「聞いてもいいと思うか?」
「二人でゆっくりできる時に、ね。ぼくは気づいてないふりを続けるけど」
「お前が気づかないふりをすることもあるんだな」
「そりゃあそうでしょ。言っても大丈夫そうなことと、言った方がおもしろそうなことと、言って試す時と、あえて言う時くらしいか言わないよ」
「それは大体言うってことじゃないか?」
「あはは。まぁね。指摘された時の顔っておもしろいから」
「そういうところあるよな」
「今更だよね」
店員を呼んで、それぞれ酒のおかわりを頼む。お互いに多少たしなむ程度でペースは近い。
「今週末は秘密基地の家具を取りに行ってみんなで入れる約束してるじゃない? もしそれまでにジュリアちゃんが戻ってなかったら、お昼終わりくらいでぼくは用事ができたって抜けるから。そこで話を聞いて、甘やかしてあげて」
「いいのか?」
「当然。そりゃあ、君たちといるのは好きだけど、ジュリアちゃんが元気なのが一番でしょ? ぼくがいた方が元気になるならいるし、そうじゃないならいない方がいいじゃない」
「……お前も、ジュリアを大事にしていると思う」
一瞬、息を飲んだ。隠している本心に気づかれてしまったのではないかと思ったけれど、オスカーの表情には信頼がある。
(そのまんまの意味、だね)
「まあね。大事だよ? きみたち二人まとめて」
それも本心だ。オスカーもこんな自分をそのまま許して信頼してくれる貴重な友人だと思っている。
人として好きになった二人が想いあっているのを横から眺めているのは本当に楽しい。ライフワークにしたいくらいだ。
時々彼女に横恋慕してしまうことの方が異常なのだ。頭にバグが発生している感覚に近い。
触れられた手を洗いたくないって思ったり、友人以上には認識されないことを確かめ直してちくりとしたり、バートがキスを試したいと言いだしたのにひきずられて夜に想像してしまったりするのは、本当に申し訳ないと思う。
オスカーはそんなことには気づかない顔でグラスを傾ける。
「ありがたい」
「どういたしまして」
二杯目の酒はちょっと苦い。




