22 その脅され方は想定外すぎる
「あなたがエーブラムが言う『山の主様』なのでしょう?」
血の気が引いた。何か気づかれるようなことをしでかしただろうか。
(……しでかしてる、気もするわ……)
ソフィアの前で、ブリザードレパードの子どもたちと普通に会話をしてしまっている。その場はうまくごまかしたつもりでいたけれど、ごまかせていなかったのかもしれない。
ソフィアがふわふわとした雰囲気に戻り、ゆっくりと言葉を続ける。
「驚かせてごめんなさいね? 私、魔法は使えないのだけど、子どものころからちょっと変わったものが見えるのよ」
「……変わったもの、ですか?」
「ええ。あれをなんと言えばいいのかわからないのだけど。生霊に近いのかしら? その人に対して強い感情を持っている相手が、後ろに透けて見えるの」
「強い感情……?」
「ええ。いいものばかりとは限らないのだけど、あなたが受けているのはいいものばかりね。愛情や感謝の色をしているわ。愛情の中には執着もあるみたいだけど」
「……そういう能力は初めて聞きました」
「普通は言わないもの。子どものころに親に話していたら、気持ち悪いからやめるように言われたから。
今は、エーブラムに、気をつけた方がいい相手について忠告することがあるくらいね」
「魔法卿は知っているんですか?」
「ええ。プロポーズを受ける前に。あの人、『それはすごい』って言ってくれたの」
「そうなんですね」
語ったソフィアが自然と嬉しそうな顔になっている。彼女にとって大事なことなのだろう。いろいろあっても魔法卿を許してしまう一因なのかもしれない。
「それで……、あの時は驚いたのよ? たくさんの魔物に慕われているのもそうなのだけど、何より、滅多に人に感謝したり尊敬したりしないあの人が、あなたに感謝していて、尊敬してもいるみたいだったから。
それなのに、あなたを知らないというでしょう? それなら、魔法か何かで違う姿をして会っていたという結論にならない?」
「……完敗です。釈明の余地がありません……」
ファーストエンカウントで、ソフィアは驚いた顔をしていた。「あら、あなた……」と言いかけたのは、自分の背後に魔法卿を見ていたからなのだろう。
あの時はこの話ができなかったから「うちの娘にならない?」と置き換えたのだと思うと納得だ。
「あなたを娘にしたいって思ったのは、もちろんあなたがかわいいのもあるのだけど。エーブラムが感謝したり尊敬したりするような子は二人といないだろうと思ったの。強引に来てもらってごめんなさいね?」
「いえ。逆に納得しました」
「……変な人だと思う?」
「ソフィアさんを、ですか? すごいなと思っています。能力だけじゃなくて……、そこから関係を見抜くのも、あと、あの魔法卿をこれまで許してきたのも」
「あら、ふふ。おもしろいことを言うのね」
ソフィアがころころと笑ってお茶とお菓子を勧めてくる。
(さすが、おいしいわ……)
お菓子もこだわりがありそうな高級な味がする。ソフィア自身も口を湿らせてから話を続けた。
「この力はなかなか不便なの。鏡には映らないから、自分のものは見えないのよね。
黒い感情をたくさん背負っている人も珍しくないから、自分にも向けられているかもしれないと思って人に会うこと自体が怖かったこともあって。
百パーセントの好意を向けてくれているってわかる人は、あれでも希少なの。いろいろダメだけど、あの人に悪気はないから。気づかなかったり不器用だったりするだけで」
「そうだったんですね」
魔法卿の対応はいろいろとアリエナイと思っていたけれど、ソフィアにとっては間違いなく大事な人なのだろう。
「……あなたにたくさんの好意が向けられる理由がわかった気がするわ」
「え、私、何もしてないですよ?」
「ふふ。他と違うものに対して偏見を持たないでただ受け入れるって、普通の人間には難しいことなのよ? それだけで救われる人もいるんじゃないかしら」
(ぁ……)
ソフィアの言葉のやわらかな響きが、そっと古傷に触れた気がした。
自分はその言葉の意味が痛いほどわかる。前の時、みんなを失った後、そのままのジュリア・クルスを受け入れてくれた人間はいなかったのだから。
そんな人間はいなかった。
(師匠はダークエルフで、ゼブロンさんはドワーフで、ペルペトゥスさんはエイシェントドラゴンだものね)
加えて、フェアリーや他の魔物たち。
存在を受け入れてくれたのがみんな人外だと思うと少しおもしろい。彼らの存在に救われていたと思う。
だから、今まで意識していなかったけれど、ソフィアが言った「偏見を持たないでただ受け入れる」ことを自分は大事にしたい。
「……そう、ですね。そうあれたらと思います」
「ええ」
ソフィアが笑みを深める。
「本題に戻すと、私はあなたに感謝していて何かを贈りたいし、娘の服やアクセサリーを選ぶのが夢だったから何か贈りたいし、お誕生日をお祝いしたいから何か贈りたいの。叶わなかったらうっかり口をすべらせちゃうかもしれないわ」
「プレゼントを受け取るように脅されたのは初めてです」
苦笑するしかないけれど、イヤな感じはしていない。断ったとしても彼女は言わないでいてくれる気がするから。どちらかというと気兼ねなく受けとれるようにしてくれた印象だ。
「あら、ふふ。どうかしら?」
「そうですね……。高価なものでないなら。あと……、アクセサリーよりは服の方が嬉しいです」
「アクセサリーは嫌い?」
「いえ。気が引けるのと使いどころが難しいので」
実の母からならまだしも、ソフィアとの距離感で貰ったとしてもどう使っていいかがわからない。
「なら、ドレスを一着作らせましょう。あまり華美にはしない方向で。それならいいかしら?」
「十分高い気がしますが……、ありがとうございます」
これからもお呼ばれするのなら、ソフィア好みの服を着るのもひとつのサービスだと思う。そういう意味では受けとってもいいように思った。
翌日の昼にルーカスに時間をもらって、三人でランチに行く。
「で、どうしたの?」
「……ソフィアさんにぜんぶバレていました」
ため息まじりに報告すると、オスカーが目をまたたいた。
「ぜんぶというのは……」
「私が山の主だということ、です」
「へえ? すごいね、ソフィアさん」
そう言うものの、ルーカスの表情はいつも通りだ。
「ルーカスさんはあまり驚かないんですね」
「まあ、何かちょっと思うところはありそうな気がしてたから。そこまでわかってることには少し驚いたよ。ぼくみたいな人なのかな」
「ルーカスさんとはちょっと違うかもしれません。どこまで話していいかわからないのですが、正真正銘の特殊能力持ちでした」
「なるほどな。その能力由来でバレたということか」
「はい。そうみたいです」
「それはどうしようもないね。で、ソフィアさん、なんだって?」
「アクセサリーか服をもらってくれないと口を滑らせちゃうかも、と。多分本気ではないと思うのですが」
「そういう脅し方は初めて聞いたな」
「私もそう言っちゃいました」
「あはは。ジュリアちゃんのことだから、あげるって言われて遠慮したんじゃない?」
「はい。私はソフィアさんからそういうものをもらう立場ではないので」
「もらっておけばいいんじゃない?」
「それ以上は断れなさそうだったので、服を一着作ってもらうことになりました。すぐに仕立て屋が呼ばれて採寸されたのには驚きましたが」
「なるほど?」
ルーカスがオスカーを見てニヤニヤして、軽く食べ物をつついてから話を続ける。
「まあ、害はないんじゃない? あの人、魔法卿には言わなさそうだから」
「そう思いますか?」
「うん。魔法卿は山の主を自分より上に置いてるでしょ? ジュリアちゃんの話も聞くとはいえ、ジュリアちゃんは年下の女の子だから。意見が分かれた時には弱いよね。
だから山の主を山の主のままにしておいた方が、いざという時の抑止力になる可能性がある。それを消すのは損しかないからね。
で、ソフィアさんはそのへんをわかってる人だと思うから。口を滑らせるかもっていうのも、そのつもりはなく言ってると思うよ。ジュリアちゃんが本気じゃないって感じた通り、ね」
「ルーカスさんがそう見ているなら安心です。ありがとうございます」
「どういたしまして」
何も問題はない。
今は何も問題が起きていない。
そのはずなのに、気を抜くとつい小さくため息をつきそうになる。
(いつも通りにしないと……)




