21 ソフィアとのお茶会で血の気が引く
昨日はいい一日だった。ピカテットの会ではいろいろあったけれど、約束は果たせたし、それなりに楽しかった。
何より、みんなと別れてからオスカーと二人でいくらか秘密基地で過ごせたのが嬉しい。たくさん撫でてキスしてもらえて、寝て起きてからもまだ少しふわふわしている。
今日はオスカーはお師匠様のところで鍛錬だ。
自分は魔法卿の妻、ソフィアとの約束がある。
先週、クロノハック山で出会ってから、ソフィアと魔道具の手紙でやりとりをしている。中央とは距離があって値段が高くなるのに、毎回お返事用の魔道具も添えて送られてくるから、なんとなく返さないとという気になってしまう。
それで、まず一度遊びに行かせてもらうことになった。
魔法卿の家にお呼ばれだと思うとものすごく気が引けるけれど、ソフィアのさみしさを埋めにいくのだと思えば、行くのもいいかなと思う。話し相手くらいにはなれるだろう。
空間転移で迎えに来るトラヴィスとは、魔法協会の前で待ち合わせている。家にトラヴィスが来たことがないから転移はできないし、できたとしても、魔法卿とつながりがあることを父には知られたくないから、家から転移するという選択肢はない。
特にどこに行くとは言わないで普通にホウキに乗って出かける。気持ち早めに待ち合わせ場所についたが、もうトラヴィスの姿があった。
(あれ?)
ものすごく不味そうに何かを飲んでいる。入れ物や液体の色には見覚えがある。
「すみません、お待たせしました」
「吾輩も今来たところである」
「魔力回復液ですか?」
「うむ。中央からここまでは距離がある故、魔力量が足りぬ」
答えて、正に苦虫を噛み潰しているような顔で残りを飲み干す。
(魔力回復液、すっごく不味いのよね……)
見ているだけでも不味さが込み上げて来そうだ。
自分が最後に飲んだのは、前の時のまだ仕事をしていたころだったか。その後はまず手に入らなかったし、必要性を感じることもなかった。
正直、できることなら二度と飲みたくない。自分の迎えのためにトラヴィスに飲ませているのが申し訳ない。
飲み干したトラヴィスがひとつ息をつき、すっと手を差しだしてくる。
「えっと、すみません。送迎してもらう側なのにワガママを言って申し訳ないのですが、私の方から軽く、服の上から手首をつかむとかでもいいですか?」
「構わぬ」
「ありがとうございます」
差しだされた手の手首を軽く握る。ルーカスと手を繋ぐのがアウトなら、父に近い世代とはいえ、トラヴィスもアウトだと思っておいた方が安全だろう。
「一度では中央まで行けぬ故。途中でも魔力回復をさせてもらう」
「わかりました。すみません、大変なお役目をさせてしまって……」
「ジュリア嬢ではなくエーブラムから言われるべきことであろう。あの夫婦には困ったものである」
困ったと言って苦笑しつつ、嫌ってはいなさそうだ。トラヴィスは元々先代の魔法卿付きだったらしいから、今の魔法卿を若いころから見ているのだろうか。
「テレポーテーション・ビヨンド・ディスクリプション」
(他の人が唱えて運んでもらうって新鮮……!)
一度中継地点を挟んでから転移で着いた先は貴族調のお屋敷の中庭だ。広いエリアで花壇や生垣がよく手入れされている。
建物の奥には木々が見えるから、裏庭もありそうだ。
門までの距離を見た感じでは、領主邸と同じくらいの広さだろうか。建物の雰囲気も、国の違いからくる様式の違いはあるけれど、格式の上では男爵である領主邸と大差ないように見える。
(王族や上流貴族ほどお金をかけてる感じはしないわね)
ある意味では王族より上な魔法卿という立場を考えれば、質素な暮らしをしている印象だ。
中庭の開けた場所に細身でオシャレなテーブルセットが置かれていて、そこにお茶とお菓子の用意がされている。
「いらっしゃい、ジュリアちゃん。待っていたわ」
ソフィアがイスから立って迎えてくれた。
「こんにちは、ソフィアさん。今日はおじゃまします」
「気楽にしてもらっていいわ。今日は天気がいいからお庭でゆっくりするのもいいかと思ってここに用意させたのだけど、よかったかしら」
「はい。お心遣いありがとうございます」
「ルドマンさん、私用でごめんなさいね。ありがとう。夕方にまたお願いできるかしら?」
「その予定である。では、また後に」
トラヴィスが空間転移でその場から消える。
ソフィアと、その後ろにメイドと護衛が控えている形だ。魔法卿の姿はない。
「今日は魔法卿は」
「エーブラムは仕事に行っているわ」
「今もなかなかお休みが取れないんですか?」
「少し前までよりだいぶマシにはなっているのだけど。私がジュリアちゃんに会っているなら、今のうちに片づけられるものを片づけるのですって」
「そうなんですね」
「どうぞ、かけて」
勧められた席に座る。風が心地いい。お菓子もおいしそうだ。多すぎることはなく、適量を配慮されている感じも嬉しい。
メイドがお茶を淹れてくれて、その場から下がった。
心地いい香りが立ちのぼる。茶葉には詳しくないけれど、いいものなのだろう。
「ステキなお庭ですね。お茶もおいしいです」
「ふふ。ありがとう。やっぱりお友だちと一緒の方がおいしく感じるわね」
「ソフィアさんの他のお友だちも遊びに来るのですか?」
「あまり、ね。実家とは少し距離があるの。魔法使いにとってはそんなに遠くなくても、ね。
それに、仲がよかった子はまだ子育てで忙しくて」
その言葉だけで涙が浮かびそうになってぐっと飲みこむ。
子どもがほしくても持てなかった、持てると期待した後に失った、彼女は昔のようにはその人の前で笑えないのではないだろうか。
ソフィアがふわりと笑う。
「ジュリアちゃんはいくつになったのかしら?」
「私ですか? 今は十六で、来月十七になります」
聞かれているのは今の体の年齢だろうから、そのまま答える。
「あら、誕生日が近いのね」
「そうですね……」
特に意識していなかったけれど、だいぶ近くなっている。戻ってきたのが誕生日の後だから、もう少しで一年だ。
(今は四月、なのよね……)
自分の誕生日より少し前、四月の終わり頃。その日が近づいてきていることに気づいて、荒くなりそうな呼吸を必死に整える。心配はかけたくないし、事情を聞かれても話せないことだ。
「日にちはいつ?」
「五月十三日です」
「ひと月とちょっとね。そのくらいあればなんでも用意できそう。ジュリアちゃんは何がほしいかしら?」
「私の誕生日に、ですか?」
「ええ」
「そうですね……、彼とゆっくりする時間がほしいです」
「あら、ふふ。そうね。それには全面的に共感するわ」
「ありがとうございます」
(大丈夫……、ちゃんと笑えてる)
ソフィアの問いかけのおかげでこの場に意識を戻せたと思う。
「けど、私が用意できるものでお願いしたいわ」
「え、あ、すみません……」
完全に取り違えていたのが恥ずかしいくて謝ったけれど、ソフィアは気にしない感じで笑みを深めた。
「ふふ。なら、宝石商を呼ぶのとドレスを作るのとではどちらがいいかしら?」
「え、あの、それはどちらも過分かと。お気持ちだけで十分です」
「あら、女の子の服を選んだり、誕生日に宝石を送ったりしたい、なんていう私の夢を叶えさせてはくれないの?」
「……すみません。そう言われると心苦しいのですが、ちょっと、いただいていい立場だとは思えないので」
「そう……」
ソフィアが残念そうに一度目を伏せる。
それから、
「この話をするかは迷っていたのだけど」
前置いて、ふわりとした雰囲気から真剣な顔になった。
「私、とてもあなたに感謝しているのよ? 去年の秋にあなたに出会ってから、エーブラムは変わったから」
「ソフィアさんが少しでも幸せになったなら嬉しいです」
答えてから、ん? と思った。
(去年の秋……?)
自分が自分としてソフィアに会ったのは先週だ。
「あの、ソフィアさん。時期が違いませんか?」
「いいえ? あっていると思うわ。だって、あなたがエーブラムが言う『山の主様』なのでしょう?」
一瞬で血の気が引いた。
何か気づかれるようなことをしでかしただろうか。
魔法卿の妻ソフィア・フェアバンクスとの出会い:
第6章 10 雪原で出会った女性からの想定外の提案
魔法卿エーブラム・フェアバンクスとの出会い:
第3章 5 〝迷惑な人間〟との戦い
よければご参照ください。




