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20 とりあえず一度キスしましょうと言われても


 帰りの馬車のくじ引きを終えて、バートが崩れ落ちた。


 フィン  バート

 バーバラ ルーカス

 ジュリア オスカー


「悪意しか感じない……」

「くじですもの。仕方ないですわ、お兄様」

(一番後ろでオスカーと一緒……)

 嬉しい。ニヤけないようにするので精一杯だ。


「あ、ジュリアさん。友だちとして踏んでもらうっていうのは?」

「友だちを踏むってどんな状況ですか……」

 意味がわからない。午後も牧場を歩いたりして過ごして、だいぶバートが立ち直ったのはいいけれど、発想がナナメ上すぎる。


「そうだ! むしろオスカー・ウォードが俺も一緒に混ざるのを望めばなんの問題も……」

「寝言は寝て言え。そして二度と目を覚ますな」

「待ってオスカー、それ死んでるよね?」

 ルーカスがつっこみつつ、どことなく笑っている。

「ジュリアさんに言われたい」

「言いませんって」


 ユエルをジェットのカゴから戻す。抵抗はない。十分満喫できたようだ。

 パールとエメルはカゴの中で倒れたまま微動だにしない。息があるのは確認しているから、立ち直るのを待つしかないのだろう。

 それぞれのピカテットのカゴを持って馬車に乗りこむ。


(いろいろあったけど、出かけてきたのは楽しかったわね)

 座ってすぐ、オスカーの方から手をつないできた。指を絡めてしっかりと握られる。嬉しい。ぎゅっと握り返す。

 視線が重なると、気恥ずかしそうに笑ってくれる。自分の心音を聞きながら、軽く彼にもたれた。


「ジュリア、次はいつ時間がとれるのかしら? いちゃついているところ悪いのだけど」

「いちゃ……」

 ついていないとは言えない。むしろもっといちゃつきたい。楽しかったけれどオスカー成分は足りないのだ。疲れたていで寄りかかったままでいてはダメだろうか。


「バートがどうにかならないことには来させたくないのだが」

「お兄様ねえ……、難しいと思うわ。むしろわたしとジュリアだけで遊ぶ方がいいのかしら」

「聞きつけて押しかけられる未来しか見えないな」

「否定できないわ……」


「夏か秋か冬か……、ちょっとわからないですね。見通しが立たない部分も大きいので」

 スピラがペルペトゥスを連れて戻ってきたら一気に忙しくなるだろう。それがいつになるのかはわからないし、スピラが旅立っている間の方が忙しいこともあったから、なんとも言えない。


「なら、またお手紙でやりとりしましょう。フィンくんもそれでいいかしら?」

「うん。僕はそれでいいよ」

「私が参加できなくても、集まってもらっていて構わないので」

 むしろ推奨したいけれど、さっきのフィンの感じだとあまり押さない方がいい気もして、その程度にしておく。


「ジュリアさん、ジュリアさん、聞こえますか?」

「なんですか、バートさん」

「ああ、この距離でも話はできますね。ジュリアさんが言っていたこと、ちゃんと考えるので、とりあえず一度キスしましょう」

「とりあえずの意味がまったくわからないのですが?!」


「失礼かもしれませんが、ジュリアさん、他の男を知らないだけなのかなと。ちゃんと気持ちよくさせるので安心してください」

「あの、バートさん。そうしたいと思う相手以外から触れられるのって、それだけで気持ち悪いのですが。そういう感覚、わかりませんか……?」

「あまり好きでなくても、触れていれば気持ちよくなるでしょう?」

「バートさんはそうだとしても、私はムリなので」


「じゃあさ、バートさん。例えばだよ? オスカーがバートさんに同じこと言ってキスしたらどう?」

 ルーカスが苦笑して出してくれた助け船で、オスカーが心底不快な顔になる。

「想像させるな、気持ち悪い」


 振り返っているバートの方は超笑顔だ。

「ジュリアさんと間接キスですね! ありがたくいただきます」

「……ああ、うん。ごめん……。じゃあ、フィン様は?」

「僕を巻きこまないでください……」

「俺にメリットがあるならしますけど。例えば仕事上でいろいろ取り計らってもらえるとか」

「するんだ……」

 珍しくルーカスが押されている。バートの許容範囲が想定を上回りすぎているのだろう。


「あの、お兄様? わたしはジュリアが正しいと思いますわよ? お兄様の感覚とか殿方の感覚とかはわからないけれど、わたしも、す、すす、好きな人……、としか、イヤ、ですわ」

「ありがとうございます、バーバラさん」

 好きな人と言いつつチラッとフィンを見て真っ赤になっているバーバラがかわいい。

(フィくんもこのかわいさに気づけばいいのに)


「キスをしてみたらよくて、俺の方が好きって言ってた子もいたんだけどね」

「それは元から、多少なりともバートさんに気があったのではないかと……」

「まあ今はイヤなのはわかったかな。気が変わったらいつでもウェルカムだよ。絶対イイのは保証するから」


「……ぼくも埋めたくなってきたんだけど」

「だろう?」

 ルーカスとオスカーはそう言いつつ、実際に手は出さないだろうから、苦笑して聞き流しておく。


 その後はあたりさわりのない話をしてホワイトヒルに戻った。

 ショー商会の前でショー兄妹とフィンと別れて、魔法協会の寮の方へと向かう。


「二人とも、ありがとうございました」

「バート・ショーが思っていた以上に手強てごわかったね……」

「ルーカスさんにそう言わせるのは相当ですよね……」

「オスカー、本当にキスしてあげたら? 想像とは認識が変わるかもよ」

「絶対にイヤだ」

「それ私もイヤです……」


「それはそれとして、馬車の座席は助かった。感謝してる」

「んー? ぼくはくじを作っただけだから、運がよかったんじゃない?」

「細工したんだろう?」

「え」

「あはは。どこで気づいたの?」

「帰りも引きが良すぎたからな。偶然にしてはできすぎているなと」

「で、ぼくならやりかねないって思った? 正解」


「すみません、ルーカスさん。損な役回りをさせてしまって。気を配ってもらって助かりました。ありがとうございます」

「……うん。ほんと、ぼくはきみたちが好きだな」

「なんだ、やぶからぼうに」

「あはは。きみたちといるのは楽しいなって話」

 そう言って笑うルーカスが楽しそうで何よりだ。


「オスカーはジュリアちゃんを送っていくんでしょ?」

「ああ。そのつもりでいる」

「じゃあ、おじゃま虫はこのへんで別れておくよ」

「え、ぜんぜん邪魔じゃないですよ?」

「そう言ってもらえるのは嬉しいんだけどね。ぼくがいるといちゃつけないでしょ?」

「いちゃ……」


 今日はやたらとそう言われる気がする。そんなにいちゃついていたり、いちゃつきたそうに見えたりするのだろうか。

(これでもかなり抑えて……、いることにルーカスさんなら気づいていそうね……)


「じゃあ、またね」

 ルーカスがひらひらと手を振ってから、少し急ぎ足で寮の方向に消える。

「行っちゃいましたね」

「ああ」

 どちらからともなく指を絡めて手を繋いで、家の方へと足を向ける。


「お世話になってばかりなので何か返したいのですが」

「ジェット関係が贈りやすいのだろうが、飼育に必要なものはあらかた、役割を押しつけるんだからせめて買わせてとジュリアが買っていたしな」


「ピカテットの木彫りとかですかね?」

「最初から三人で揃いならまだしも、バーバラとフィンの話がついてくるなら要らない気がするな。そもそも男は小物を持ち歩かないし、管理もめんどうがる傾向があると思う」

「まあ、そうですよね……」


 結婚していた間、オスカーがそういうのを持っていたり集めていたりする印象はない。どこかに旅行に行ったお土産も、日常使いできるものか残らないもののどちらかだったと思う。

 自分が木彫りを貰って嬉しかったのも、物自体というよりバーバラの気遣いの方だ。フィンがほしいと言ったのもそういうことだろう。


「自分が夜、飲みにでも連れていくのではどうだろうか」

「あ、そういう方がいいかもしれませんね。私も一緒がいいですか?」

「ジュリアが一緒だと払わせてくれないだろうな。ルーカスへの礼ということなら自分が」


「そうですね……。今日やお昼みたいに気を遣わせちゃったら本末転倒ですし。お願いしてもいいですか? 私も半分出すので」

「そのくらいは任せてもらって構わない」

「でも……。……わかりました。甘えますね」

「ああ」

 自分がお礼をしたいのに、何もしないで任せるのは悪い気がしたけれど、オスカーがそう言ってくれるなら任せた方がいい気がする。うなずいた彼が嬉しそうだから正解なのだろう。


「……ジュリア」

「はい」

 オスカーがそっと耳に口を寄せてくる。

「……キスしたい」

(ひゃあああっ……)

 小さく囁かれた音だけで心臓が踊りだす。呼吸のしかたを忘れそうだ。


「……はい。あの。少しだけ秘密基地に行きませんか?」

「秘密基地?」

「はい。あなたがよければ」

「ああ。ジュリアがいいなら」

 視線が絡んで笑みが重なる。


 オスカーの距離感や向けてくれる言葉、表情や態度が、どれも大事にされていると思わせてくれて愛おしい。彼以上に自分に合う人がいるとは思えない。


(オスカー、大好き……)


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