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19 結婚は人生の墓場か否か


「すみません、お待たせして。ウサギがかわいくてつい」

「ほんとかわいかったんだから。ピカテットもかわいいけど、たまには違う動物もいいわね」

 男性陣のところに戻り、バーバラが口裏を合わせてくれて、何もなかったかのように歩きだす。


「そろそろお昼に行きましょう?」

「バーバラ、ひとつ聞きたいのですが」

 フィンに声をかけられ、つないでいるバーバラの手に力が入った。

「何かしら?」

「リアちゃんにあげていたピカテットの木彫り、僕のぶんはありますか?」

 バーバラが一瞬驚いて、それからパァッと笑顔になる。


「フィンくんもほしいのかしら?」

「はい。いただけるなら」

「わたしとおそろいにしたいの?」

「そうですね。三人でおそろいだと嬉しいなと。仲良しの証なのでしょう?」

「し、しかたないわね。ほら、これ、フィンくんのぶん」

 バーバラがカバンから出してずいっと押しつける。


「……本当に用意していたんですね」

「? どういう意味かしら」

「いえ、ありがとうございます。大事にしますね」

 フィンがそう言ってニコッと笑う。バーバラが赤くなって、ごまかすように足を早めた。

「お腹がすいたわ。早く行きましょう?」



 バーベキューをしながらゆっくり休憩していると、ユエルがカゴから出ようと暴れ始める。

「今日のユエルちゃん、元気ね?」

「これはただ、ジェットの方に行きたいだけかと」

「カゴからカゴに移すだけならいいんじゃない? 外に出さなければ」

「あ、そうですね。だいぶ我慢させているから、一緒にしましょうか」


 ユエルのカゴとジェットのカゴの入り口を合わせて、同時に開けた。ユエルが高速で、ジェットのカゴに飛びこんでいく。

「ジュリアさん、もしかしてユエルちゃん……」

「はい。ジェットがすごく気に入ったみたいで。恋人? 結婚? してる感じですね」

 なぜか他の二羽の飼い主たちが衝撃を受けた顔になった。


「パール……、お前、新参者に先を越されたぞ……」

(あ、そうだった。ショー家はパールで、フィくんのところも宝石つながりのエメラルド。エメルくんだったわ)

 きっかけがあれば思いだせるくらいには覚えていた。


「ジェットとユエルちゃんが一緒にいるカゴは、見えないところに置いた方がいいかもね」

「そうですね……」

 いつものことながら、一緒にしたとたんにさかっている。見るのも恥ずかしいから、なるべく見えない場所に置きたい。


 そう話していた矢先、他の二羽の様子がおかしくなった。

「エメル? ぷるぷるしてどうしました?」

「あらヤダ。パールもぷるぷるしてるわ」

 エメルとパールがぷるぷるしていたと思ったら、今度はカゴの中で暴れだした。

 何が起きているのかわからない。みんながいる手前、翻訳魔法で理由を聞くこともできない。


「なんだろうね。嫉妬かな? あるいは興奮してるか……」

 ルーカスが考えるように言うと、バートが眉をしかめる。

「他人の情事を見て興奮するなんてとんだ変態じゃないか」

「それはお前自身のことか?」

「俺を変態って言っていいのはジュリアさんだけだ」


「言いませんよ……。それよりケガをしないうちに止めないと。とりあえずユエルたちのカゴを見えないところに移しますね」

 いつもはデスクの下だけれど、他の二羽からの見えにくさを考えるとバーベキュー用の長椅子の下か。そう思って足元に移す。


 パールとエメルが止まって、今度はカゴにめりこんだ。出してほしいと主張しているかのようだ。跡はつきそうだけど、ケガはしなさそうだからよしとしておく。


「……なんか、すみません。間違いなくうちのユエルが原因みたいで」

「いや、僕ももう少しピカテットについて学んでおけばよかったね」

「まったく意味がわかりませんわ……」

「あはは。この調子だと、ピカテットの会にユエルちゃんが参加し続けるのは難しいかもね?」

 ルーカスが笑って言ったのは、自分をピカテットの会から解放するためだろうか。


 バートもそう感じたのか、不服そうな反論がくる。

「ジェットが来なければいいだけの話では?」

「いないとユエルが暴動を起こす気が」

「つきあいたてでしょ? こんな時期は長くは続かないだろうから、次回は大丈夫じゃないかな」

「バートさんはよくそういう感じのことを言いますよね。一緒にいるうちに、大好きが増えていくこともあると思うのですが」


 確かに、最初の熱に浮かされた感じがずっと続くわけではない。けれど、信頼と絆は深まっていくと思う。

 前の時、二十年一緒にいても、状況が許されるなら触れあっていたい気持ちはずっとあったし、長く一緒にいない時間を過ごして再会してからいっそう強くなっている。

 そんな自分基準からすると、バートが何度も気が変わるということを言うのが不思議なのだ。


 本人ではなくバーバラが答えてくれる。

「お兄様は手に入れたとたんに興味を失う人だから、お兄様の基準だとそうなるんじゃないかしら」

「すみません、意味がわかりません……」

 好きになった相手が手に入ったら興味を失う。言葉としてはわかるけれど、世界が違いすぎて一ミリも理解できない。


「恋愛のかけ引きにはドキドキするけれど、安定してしまうと楽しくないのでしょう?」

「むしろ手に入れたとたんに、ああしろだのこうしろだの、女性が面倒になるのはなんでしょうね。恋愛するためだけに生きてるわけではないのに」

「面倒か?」

 オスカーが心底不思議そうにする。

(かなり迷惑かけてるのにそう思ってくれるオスカーがほんと神……)


「勝ち組は黙ってろ。俺だって相手がジュリアさんなら喜んでご奉仕させていただくさ!」

「遠慮させてください……」

「そう言わずに。どうぞ俺をあなたの犬にしてください」

「意味がわかりません……」


「ふふ、ほんと、あのお兄様のセリフとは思えないわ。前より楽しそうだからいいのだけど」

「命令されて完璧に遂行して褒められるのもいいですし、こなせなくて踏みつけられながら駄犬とののしられるのもそそりますね」

「黙れ変態」

「お前じゃなくてジュリアさんに言われたい」

「言いませんって……」


「まあ、俺は商会を継ぐ条件として、商会の利益になる相手との結婚は必須なので。こうして遊んでられるのもあと数年だろうけど」

「そうなんですか?」

「冠位の娘のジュリアさんなら条件バッチリだから、あなたが嫁いでくれたらなんの文句もないのだけど」

「それはあきらめてください……」


「まあ、数年のうちにあなたの気が変わらなかったら、親が納得する相手と人生の墓場に入らないといけないわけで。なら今はちょっとくらい、ハメを外したいじゃないですか」

「人生の墓場、ですか?」


「結婚は人生の墓場と言うし、実際そうでしょう? 母は父の不満しか言わないし、父は外の女性にしか思いがないのに母に縛られてる。墓場か……、むしろ地獄でしょうか。

 それなら少しでも長く好きでいられそうな相手と一緒の方がいくぶんマシな気がしませんか?」


 すぐには言葉が見つからない。

 ショー商会はホワイトヒルで一番大きな商会だ。成功者に違いない。その家の子どもたちは、孤児院で会った子どもたちよりずっと幸せな立場のはずだ。

 けれど、あそこで他人であるはずのグランパたちから愛されているほどにも、愛されてこなかったのではないかという気がした。

 小さく息がこぼれた。


「……おつきあいを始めるのも、結婚も、ひとつのスタートにすぎないのだと思います。お互いに相手の気持ちを大事にしようとすれば信頼が増すでしょうし、どちらか、あるいは両方が自分しか見えなくなったら、苦しさしかないかもしれません。

 大事なのは一緒の時間をどう大事にしていくか、ではないでしょうか。なので、バートさんがそうしたいと思える相手と出会えるといいなと思います」


「あなたは……、それができる人なのでしょうね。俺には難しい課題だけど、あなたが相手ならがんばってみたいとは思います」

「それは、ごめんなさい……」


「浮気は絶対にないっていうのも、相手を大事にするため?」

「もちろんそれも大きいですが。そもそも、私はオスカー以外に異性を感じないので、まあ、ないですよね」


「待って、ジュリア。なら、ジュリアにとって他の男性はなんなのかしら?」

「バーバラさんと同じですよ。友だちです。体が異性なのは一応認識しているので、バーバラさんのように手をつないだりハグしたりはしませんが。前にルーカスさんと手をつないだら止められたし」


「ちょっ、ジュリアちゃん、それオスカーには言っちゃダメなやつ……」

「いつの話だ?」

 オスカーの声のトーンが下がっている。

(やっぱりダメだったのね……)


「ぼくが女装して子どもを連れてた時、ね。魔法を使う上での必要性で。他意はないよ?

 っていうか、そもそもオスカー以外がジュリアちゃんから異性認定されてないなら、他意が起こりえるはずもないんだけど」

 オスカーが、それなら仕方ないかという顔になる。さすがルーカスだ。


「改めて、リアちゃんがお見合いを受けた条件に納得しました……。勝ち目の前提が想定よりだいぶ深いところにあったんですね」

「条件?」

 話を知らないバーバラとバートがそろって不思議そうにする。


「はい。気持ちがなくてもいいことと、子どもは作らないこと、でしたね」

「その節はご迷惑をおかけしました……」

「いえ、それでもいいというか、むしろ後者は都合がいいと判断したのは僕ですから」


「なるほどなあ。浮気はダメかあ……」

 バートが心底困ったようにつぶやく。それが普通だと思うのだけど、バートの家庭事情を聞いてしまうと否定もしきれない。


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