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18 バーバラとフィン、それぞれの思い


「バーバラさん、ウサギふれあいコーナーですって。行きましょう」

 放心したようなバーバラをなかば強引にふれあいコーナーに引きこんだ。

 ふれあいエリアはペットや使い魔の同伴が禁止されている。ピカテットのカゴを持った男性陣は外で待機だ。


 奥まで行って距離をとり、なるべくバーバラが男性たちから死角になるように位置どった。ウサギを撫でつつ小声で話しかける。


「……すみません、バーバラさん」

「どうしてジュリアが謝るの?」

「完全に想定外の話になってしまって……。子どものころの話って、かわいかったとかそういうのになるものとばかり」

「ジュリアに対してはそうだったわね」

「すみません……」


「いいえ? ジュリアのせいじゃなくて、わたしがジュリアみたいじゃなかったせいでしょ? ……ずっと、大好きだったのに」

 ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。

「バーバラさん……」


「初めて会って優しくしてもらった時から、憧れのお兄ちゃんだったの。同い年の子に会っても怖がられることが多くて。

 この人は平気なんだって、自分のままでいても笑って許してくれるんだって子ども心に感じて、大好きだったのに……」

 フィンが本当は怖がって避けていたというのは、それはショックだっただろう。


(でも、前の時にフィン様はバーバラさんをお見合い相手に選んでいたのよね? さっきも昔のことって言ってたし、それだけじゃないはずよね?)

 そう思うけれど、その情報は話せない。


「……なんで」

 バーバラがぐすぐすと泣き続ける。

「なんで、わたしはあなたじゃないの……? あなたがよかった……」

「バーバラさん……」

 今、自分が何を言ってもバーバラには届かない気がする。そっと頭を撫でて、優しく背中をさする。それ以上にできることがない。


「……なんで優しくするの? あなたがもっとずっと性格が悪かったら、あなたを恨めたのに」

「それは……、すみません」

「そうじゃない! どうして嫌わせてくれないの? どうして……。どうして、わたしはあなたみたいになれないの……?」


「うーん……、バーバラさん、かわいいんですけどね」

「ウソ」

「本当ですよ? 感情表現がストレートなの、うらやましい時がありますし。仲良くなると情に厚いし。

 ちょっと気になってたのですが、ピカテットの木彫り、私にだけですか? むしろフィくんにあげなくていいんですか?」


「……買ってはあるのよ。持ってきてもいるわ。でも怖くて渡せなくて」

「怖いんですか?」

 フィンが怖いというのはあまりイメージできない。仕事の時は確かに厳しいことも言っていたけれど、それは怖さとはまた違う気がする。


「いらないって言われたらどうしようとか、受けとってもらえても本当は迷惑だったらどうしようとか」

(なるほど、そういう……)

 恋する女の子らしい理由だ。


「ピカテットを飼っているのに、いらないとはならないと思いますが」

「そうかしら?」

「バーバラさんとおそろいですし」

「それは嬉しいのかしら?」

「私は嬉しいですよ」


「……もう、ジュリアったら。あなたが殿方ならよかったのに」

「確かに、私が男性だったら、こんなややこしいことにはなりませんでしたね……」

 フィンのお見合いに潜入できなくて既に二人は亡くなっているかもしれないけれど、それは秘密だ。


「そうじゃなくて。おつきあいできたのにっていうことよ?」

「え」

「うふふ。冗談よ? 本気にしたの?」

「いえ、もちろん冗談ですよね」

 バーバラが笑えたならよかった。少し一緒にウサギを撫でてから、手をつないでふれあいコーナーを出る。





▼  [ルーカス] ▼



 ジュリアとバーバラがふれあいコーナーの奥に消えた。内心でため息をつく。

(ジュリアちゃん、フィン様をバーバラちゃんの方に誘導したかったんだろうけど、完全に逆効果になっちゃったんだろうなあ)

 他人の色恋沙汰に首をつっこむ趣味はあるけれど、楽しいのは隣のバカップル限定だ。他は正直、どうでもいい。けれど、ジュリアが困るのはいい気はしない。


 オスカーが眉を下げて声をかけてくる。

「このメンバーで残された場合、どうすればいいんだ?」

「あはは。困ったね。ぼくらをつないでるのは彼女たちだもんね」


「誰か一人がピカテットの番をすれば、あとは中に入れるのでは?」

 バートの提案に首を横に振る。

「あれ、女の子の内緒話をしに行ってるんだろうから、それはイヤがられると思うよ」

「なるほど……。イヤがるジュリアさんもかわいいだろうけど、バーバラがキレると手に負えないからな……」


「待っている間にバートに決闘を申し込んでもいいだろうか」

「受けませんよ、勝ち目がない決闘なんて」

「なら、どうすればその口は大人しくなるんだ?」

「なりませんね。俺の女神ミューズへの思いはとめどなくあふれる湧水のようなものなので」

「……とりあえず埋めてもいいだろうか」


「落ちついて、オスカー。実害はないから」

「聞くに耐えない」

「じゃあ、ジュリアちゃんが戻ってきたら縄で口を縛ってもらう?」

「なんというご褒美……!」

「縛るだけでも触れさせたくない……」


「そんなことより、フィン様はバーバラちゃんのことどう思ってるのかな?」

 フィンに話を振る。

「僕ですか? なぜ?」

 穏やかに答えたようでいて、どことなくイヤそうに聞こえる。けれど、引くつもりはない。


「懐かれているのには気づいているんでしょ? 応える気がないから、わざとあんなこと言ったの?」

「それはあなたには関係のないことでは?」

「まあ、そうなんだけどね。ジュリアちゃんが巻きこまれているから。放っておいてジュリアちゃんがイヤな思いをするのはイヤなんだよね」


「……ずるい人ですね。それには僕も同意するしかないじゃないですか。

 バートがいるところで言うのもなんですが、いっそ聞いてもらった方がいいかもしれませんね。

 バーバラが僕に好意を持っているのは、だいぶ前から気づいています。それを利用して自分を守ることを考えていた時期もあって……、リアちゃんとのお見合いの話が出なければ、そうなっていたと思います。


 けど、今は、気持ちが動かないなら一緒にいるべきではないと思っています。僕のそばにいてもらっても幸せにはできないと思うし……、バーバラが見ているのも僕ではない、彼女の理想のような気がしているので。

 今のまま友人以上になったとしても、ケンカ別れをする未来しか見えません。それなら今のままの距離の方がいいでしょう?」


「……意外にいろいろ考えているんだな」

「ウォードさんは僕のこと嫌いですよね……」

「ジュリアに気がある男はみんな嫌いだ」

(ごめんね、オスカー。それぼくにも刺さってる……)

「そこまで言い切られるといっそすがすがしいです」


「まあ、ぼくとしては、ジュリアちゃんに迷惑がかからなければほんとどうでもいいんだけどさ」

「ブレアさんもなかなか言いますよね……」

「あはは。魔法使いは我が強いからね。今の距離を保つなら保つで、ちょっと言いすぎだったと思うから、多少の機嫌とりはしてね?」

「機嫌とりですか……」


「うん。ジュリアちゃんが尻拭いして戻ってくると思うから。そうだね、例えば、あの木彫りは自分の分はないのかって聞いてみるとか?」

「ピカテットの木彫りですか?」

「うん。渡せないで持ってると思うよ。フィン様としても、ジュリアちゃんとおそろいがほしいっていう名目が立つでしょ? それは言わないで、三人おそろいってことにしておきなね」

「……なるほど。聞いてみます」


 半信半疑な顔をしているけれど、バーバラは間違いなく持っていると思う。それで最低限の関係修復はできるだろう。


(バカップル以外の恋愛事情って、なんかほんとめんどくさ……)

 できるならずっとバカップル成分だけを摂取していたい。


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