16 春だ! 花見だ! ピカテットの会だ!
ピカテットの会で約束した日は、ほどよく暖かくて絶好のピクニック日和になった。もう四月に入っている。
オスカー、ルーカスと合流して、ショー商会に向かう。
ユエルとジェットはそれぞれでカゴに入れてきた。頭に乗せていると勝手にいちゃつき始めるからだ。ユエルはジェットを見た瞬間に出してほしそうに暴れたけれど、そのままにする。
春の花見を打診したら、バーバラが花畑のある観光牧場を提案してくれた。みんなで大型の馬車に乗って遠足に行こうということで、手配はバーバラたちに任せた。
ショー商会の前に到着すると、もうバーバラとバートの姿があった。カゴに入ったピカテットも一緒だ。
(あの子の名前は確か……、あれ、思い出せない……)
いろいろなことがありすぎて、ほんの数ヶ月前の記憶がはるか彼方だ。
「ジュリア! 久しぶりね。もうわたしのことを忘れてるんじゃないかって思っていたわ」
「バーバラさん、お久しぶりです。覚えてはいたのですが、忙しすぎて時間をとれませんでした。すみません」
「いいのよ、こうして会えたのだから。過去のことは忘れるわ」
「ジュリアさんからの放置プレイというのもなかなかそそるものがありました」
「黙れ、変態」
「オスカー?!」
ボソッと低い声でつっこんだのは間違いなく彼の声なのに、彼の言葉だと思えない。
「お前に言われても嬉しくない」
「嬉しくさせるために言っているわけではないからな」
「あはは。今日はぼくも混ぜてくれてありがとね」
「ルーカス・ブレアさん、久しぶり。やっぱりルカさんと同一人物には見えないな」
「女装が趣味なのかしら?」
「趣味じゃないからね?! 必要がある時にさせられてるだけで」
セイント・デイのパーティ警備がらみの時は、交渉担当のルーカスと現場に入ったルカの一人二役を演じていた。
(もうずっと昔な気がするわ……)
領主の紋章入りの馬車が着いて、フィンが降りてくる。
「お待たせしました。みなさんお揃いのようで」
「あ、フィくん。この前はありがとうございました。ブラッドさんを採用してくれた件も」
「いいえ、優秀な魔法使いを雇えてぼくらも助かっています」
「フィくん?! この前??! ちょっとジュリア! どういうことかしら?!」
バーバラがパニックになったように詰めよってくる。
「呼び方は、プライベートはそれでもいいのかなって」
「僕はずっとそう頼んでいたしね」
「この前の方は、仕事のようなものというか」
「そうですね。リアちゃんからの『好き』は一生の宝物にしますが」
「どういうことかしら??!」
「落ちつけ、バーバラ。とりあえず乗ってもらって、移動しながら聞けばいいんじゃないか? 時間はいくらでもあるんだから」
バートが馬車を示す。二、三人ずつ座れそうな席が三列並んでいる。ピカテットのケージなどの荷物を置いたらちょうどいいくらいだろう。
「じゃあ……」
乗ろうとしたらバーバラに腕をとられた。
「ジュリアの隣はわたしよ!」
「待て、バーバラ。そこは兄を立てるべきじゃないか?」
「僕もリアちゃんとゆっくり話したいんだけど」
「待って、ジュリアちゃんはどうしたいの?」
ルーカスが話を仕切り直してくれる。
「私はオスカーが隣に座ってくれるものとばかり」
「いつも一緒にいるんでしょ? 今日くらいいいじゃないの」
「そんなにいつも一緒じゃないです……」
オスカー分が足りない。いつでも足りない。一緒に出かけるからには近くにいたい。
「んー、ジュリアちゃん、オスカーの上に座る?」
「どうしてそうなる」
「どうしてそうなるんですか……」
オスカーと声が重なる。
「ジュリアちゃんを乗せたオスカーが真ん中に座るでしょ、で、ちょっと狭いけど、両側をバート兄妹にして。前にフィン様。ほら、全員ジュリアちゃんと近くなれる。ぼくは後ろから眺めてればいいから」
「ものすごくいいアイディアみたいに言われても……。長時間座ったらオスカーの脚がしびれちゃうじゃないですか」
「それは構わないが」
「ジュリアにとって問題はそこなのね?」
「それならぜひ俺のひざの上に座ってください。ジュリアさんにしびれさせられるなんてご褒美です」
「座りませんよ……」
オスカーならまだしも、バートのひざの上は意味がわからない。
「冗談はこのくらいにして、くじ引きはどう? 多分席が決まらないだろうと思って作ってきたから」
ルーカスがけろりと言う。
「最初からその案を出してください……」
「あはは」
行きと帰りで引き直しをするという方向でくじ引きになった。
結果、
バーバラ フィン
ジュリア オスカー
ルーカス バート
(やった!)
自分としてはほぼベストな配置だと思う。嬉しい。バーバラも上機嫌だ。
「ぐぬぬっ……、帰りこそは……!」
一番悔しがっているのはバートだ。自分で引いたくじだから文句も言えないのだろう。
全員乗りこんだところで御者が馬車を走らせる。ピカテットたちはお互いを気にしていたけれど、座席に置かれて見えなくなると大人しくなった。
背もたれのおかげで見えないだろうと、オスカーの手に手を乗せてみる。オスカーの視線が向いて、小さく笑ってくれる。それから彼の反対の手が乗って、そっと包まれた。それだけでドキドキが止まらない。
(大好き……!)
そっとすりよって、軽く彼に身を預ける。こういう時間が必要だ。
「で、さっきの話はどういうことかしら? いちゃついているところ悪いのだけど」
バーバラが振り向いて尋ねてくる。
「いちゃ……」
ついていないとは言いきれない。残念だけど少しだけ離れる。手はそのままにして、軽く彼の手を握った。
「えっと、私がフィくんに好きって言った話ですよね?」
「そうよ? まったく悪びれてないみたいだけど」
「それは、まあ。人として好きっていう意味ですし、ルーカスさんにもよく言ってましたし」
「なあんだ、そういうこと」
「はい。そういうことです」
「わたしは?」
「バーバラさんも好きですよ」
「ジュリアさん、俺はどうですか?」
「バートさんは……、嫌いではないです」
「そこで好きだとは言ってくれないジュリアさんが好きです」
「オスカーは?」
「愛してます」
後ろから軽く聞かれて、とっさに素直に答えてしまった。言わせた犯人からヒュウっと茶化すような口笛が聞こえる。
「まあそういうことだよね。誰も入る余地はないんだから、みんなさっさと諦めたら?」
「わたしはジュリアのお友だちだもの。関係ないわよね」
「僕も友だち枠のつもりでいますが」
「俺は浮気枠でも二股枠でも気晴らし枠でも好きにしてもらえたらと」
「……うん、バートさんの心臓に毛が生えてるのはよくわかった」
「あら、心臓に毛が生えている人間がいますの? お兄様は実は魔物でしたの?」
「比喩ですよ、バーバラ。面の皮が厚いというのと同じ意味ですね」
「し、知ってましたわ! 冗談で言っただけですわ!」
「浮気も二股も気晴らしも必要ないので、友だち枠でいてもらえたらと……」
「今はそう思っていてもいつ変わるかわからないのが人の心だし、つれないのも嬉しいので問題ないですね」
「……ジュリア、アレだけ置いていってはダメだろうか」
「原因が私にあるだけに、申し訳ない気持ちもあるというか……」
「サンダーボルト・スタンだっけ? ぼくやオスカーがやってみる? ショック療法で治るかもよ?」
「自分もそう言ったことがあるのだが」
「男に痺れさせられて喜ぶ趣味はない!」
「お兄様は放っておいていいわよ。それより、見て、ジュリア。これかわいくない?」
そう言ってバーバラがカバンから出して見せてくれたのは、小さなピカテットの木彫りに革のストラップがついたものだ。
(これって確か……)
「露天商が売りに来ていたものにうちの商会が目をつけて、仕入れさせてもらってるの。
売れ筋で、入荷と同時に即完売になって、今なかなか買えないのよ? ジュリアにもひとつあげるわ」
「いいんですか?」
「おそろいって仲良しな感じで嬉しくないかしら?」
「はい、嬉しいです。ありがとうございます」
後ろに差しだされたストラップを受けとる。
「ジュリア、それは……」
「はい。ユエルをモデルに作ってもらったものですね。大きな商会にまとめて買ってもらえるようになったって喜んでいたの、バーバラさんたちのところだったんですね」
「え、このピカテット、ユエルちゃんがモデルなの?」
「知り合いの彫り師が、何を彫っていいかわからないとのことで、ピカテットを彫ってもらうようにしたんです」
正確には、こっそり自分の像を作られていたのを止めた結果だが、そこは伏せておく。
「まあ、そうなの。かわいいからジュリアにと思ったのだけど、製作者と知り合いなら余計だったかしら?」
「いいえ。バーバラさんが買ってくれた気持ちが嬉しいです。なので、大事にしますね」
「ええ、ええ。そうね。さすがジュリアだわ。わたしだと思って大事にしてね?」
「俺もピカテットの木彫りを買ってジュリアさんにプレゼントしようかな」
「ひとつで十分です、バートさん……」
バーバラはまだしも、バートから「俺だと思って大事にして」と言われた場合は受け取れない。事前に断るに限るだろう。
手を繋いだままなのに、隣のオスカーの機嫌がいまひとつだ。今のバートとは水と油なのかもしれない。




