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13 ヘソを曲げた妻の機嫌の直し方


「どうすれば俺はソフィアに許してもらえると思う?」

 魔法卿の問いには心底苦笑するしかない。

「ご本人に聞いてください。そこにいるんですから」

 他人に頼るのではなくちゃんと話し合えばいいと思う。


「聞いても教えてくれないから困ってるんだ」

「ああ……」

 彼女からすると、あまりに自明なのにわかってもらえなくて怒っているパターンのようだ。


 何がどう積み重なってきているのか、同じ女性としてはなんとなくわかっているけれど、彼女から聞いた話は内緒だと言われているし、どこまでどう話していいかわからない。


「うーん……、オスカーは、私がずっと怒っていたらどうしますか?」

「まず理由を聞くだろうな」

「答えなかったら?」

「どうしてほしいかを聞く」

「それも教えなかったら?」


「そうだな……。そっとしておいてほしいか、そばにいてほしいかを聞くだろうな。

 前者なら少し時間を置いてから声をかけるし、後者なら落ちつくまでそばにいて……、拒否されなければ抱きしめる」

 最後はすごく恥ずかしそうにしつつも、ちゃんと言葉にしてくれる。そんな彼が大好きだ。


 自分はどうしてほしいかを言う方だから、実際、彼にそこまでさせたことはないけれど、言ったことには真摯しんしに向き合ってくれた。

 それなりの月日を一緒に過ごして、もっともっと彼を好きになっていったのは、それだけ彼が大事にしてくれていたからだ。


「どうですか? ベストアンサーだと思うのですが」

「抱きしめればいいと?」

「違います……」

 ものすごく、そうじゃない感がある。ため息をつきたい。


「ちゃんとソフィアさんに意識を向けてください。彼女がどう感じていてどうしてほしいのかを大事にしてください。

 さっきも、せっかくの休日をどう過ごしたいか聞いてくださいって言いましたよね。あなたはすぐに意識が違うところに飛んでいってしまうんだと思います。

 家出をされた時も、どう彼女を大事にするかを考えるのではなく、こんなところで腐っていたし……」


「……ん?」

(あ……)

 つい話しすぎた。家出の時のことは知らないていでいないといけなかったのだ。

 魔法卿がクロノハック山で暴れていたことまではソフィアから聞いていないし、彼女も知らないかもしれない。

 心臓がイヤな跳ね方をする。


 魔法卿が不思議そうにしつつ軽くソフィアに尋ねる。

「ソフィア、話したのか?」

「ええ、少し」

(ソフィアさん……?)

 なんとなく、かばってくれたような気がした。


「そうか……。……ソフィアは、どうしてほしいんだ?」

「まあ、ふふ。そう聞かれるのは初めてね? 怒りながら『どうすればいいんだ!』とか、『どうしろというんだ』とは言われていたけれど」

「ソフィアさん、よく我慢してきましたね……」

「本当に」


「仕事が死ぬほど忙しいのは仕方ないではないか」

「そういう話ではありません。大事にしたい人に対してとる態度ではないという話です」

「ふふ。だいぶスッキリしたわ。どうしてほしいか……、私が、怒ったり泣いたりするのを許してほしい、かしら」

「許す……?」


「ええ。怒るのも泣くのも、自分でもどうしようもないのよ。機嫌をとろうとしなくていいし、機嫌がとれないことで怒ったり悩んだりもしなくていいわ。私自身がどうやって消化していくかっていう問題なのだから」


「しなくていい……?」

「ええ。普通にしていて? 起きたら挨拶をして、一緒に朝ごはんを食べて。仕事を休める日は、その日をどう過ごすか相談して。私がかんしゃくを起こしたら……、そうね、黙って聞いて、落ちつくのを待ってくれればいいわ」


「黙って……?」

「ええ。感情的に返されても、状況説明を受けても、解決しようとしてアドバイスをされても、エスカレートすると思うの。そうじゃない、何もわかってないって。だからただ聞いてくれればいいわ」

「……わかった」


「あ、あと、できれば時々、ジュリアちゃんに遊びに来てもらいたいわ」

「え」

 和解できてよかったと思った矢先に、想定外の球が直撃した。


「なんでかしら? 年下の女の子のかわいさもあるのに、私よりも年上でいろいろ知っている感じもあって、話していると落ちつくの。

 小さい子は見るだけでも泣きそうになるのだけど、このくらいの歳のお嬢さんなら、純粋に娘みたいに思えるし」


(……この人も、失ってるんだ)

 子どもを見ると泣きたくなるのは、自分も身をもって体験している。産まれなかった子どもであっても、失ったことには変わりないのだろう。その痛みはよくわかる。


「わかった。ルドマンさんに迎えに行かせる」

「ホワイトヒルは遠いのであるが……」

「好きなだけ魔力回復液を使っていい」

「老体をあまり酷使こくししないでほしいのである……」


「そこは先にジュリアの都合を聞くところでは?」

 オスカーが少し不機嫌だ。ないがしろにされると彼が先に怒ってくれるのが、ちょっと嬉しい。


「あ、ああ、そうだな。ジュリア・クルス嬢。そういうことなのだが」

「はい。娘にはなれませんが、お話し相手なら。あまり時間はとれないのですが、時々、お伺いさせていただければと思います」

 それで彼女の気が晴れるなら、自分でよければ力になりたい気持ちはある。オスカーが訓練にあてている日曜日なら行きやすいだろう。


「師匠には会えなかったが、今日は来てよかった」

「それはよかったです」

(バッチリ会ってますけどね)


「帰るぞ。……いや、帰るか? か?」

「ええ。ふふ。ジュリアちゃん、お手紙を出してもいいかしら?」

「はい、それはもちろん」

「家に帰したら吾輩はもう休んでもよかろうか」

「ああ、休日まで私用でつきあわせて悪かったな」


「あ、トールさん」

 ルーカスが思いだしたように声をかけた。本名じゃなく裏魔法協会にいた時の通称で呼んだのは意図している気がする。

「なんであろう?」

「明後日、ラヴァさんがぼくらのところに出頭してくるだろうから。うまく取りはからってあげて。たぶん、身をきれいにしてから冒険者になるつもりだと思うから」


「え、そうなんですか?」

「あの流れはそういうことでしょ?」

 思いがけない言葉に驚いて尋ね返したら、当たり前のようにそう返ってきた。

(あの流れ……?)

 冒険者ということは、ブロンソンが誘ったのがきっかけだろうか。その先がわからないけれど、魔法協会への用事という連絡で、ルーカスはそう推理したのかもしれない。


「ふむ。あのラヴァが……。信じがたい話であるが、気にかけておくとしよう」

「うん。魔法卿からの口添えがあれば、トラヴィスさんやブラッドさんみたいに早めに解放してもらえるかもしれないからね」


「おいおい、そう簡単なことじゃないんだぞ?」

「こき使われてるんでしょ? そのくらいは力になってもらわないと」

「ふむ。そうであるな。拒否された場合は吾輩がボイコットすればよかろう」

「それはマジで勘弁してくれ……」

 魔法卿が泣きそうだ。トラヴィスが戻る前を思いだしたのかもしれない。


 魔法卿がトラヴィスに触れて、ソフィアは魔法卿と手をつなぐ。控えめに指先を触れさせる程度の距離感だ。修復にはまだ時間がかかるのだろうけれど、その道を歩み始めたように見えた。

「テレポーテーション・ビヨンド・ディスクリプション」

「それにしても師匠はどこにいるんだか……」

(ここにいます、ごめんなさい……)

 最後に聞こえたつぶやきに少し申し訳なく思いながら見送る。


 完全に見えなくなって、全員肩の力が抜けた気がした。

「……ジュリアちゃん、魔法卿にとりつかれてる? たまにしか来てないのに、会うのが二度目ってすごくない?」

「まあ、前回は魔法卿が何日も居座っていたし、今日は私たちの行動範囲が広くて、滞在時間も長かったので。日にち的にも動きやすいタイミングが近いんですかね」


「とりつかれてはいる気がするな……。まさか魔法卿の娘にされそうになるとは」

「ほんと、びっくりです……」

「身バレもしちゃったしね。山のヌシっていうことはバレないように気をつけてね?」

「はい。つい知らないはずのことを言ってしまったの、反省してます」


「うん。ソフィアさんにも気をつけて。雰囲気的に女性だけで話せた方がよさそうだったから同行は申し出なかったけど。一人だと荷が重そうなら、ぼくが女装して同行するから」

「ありがとうございます」

「ピチチ! ピチ!」

「あ、他の人間がいなくなったから、話させろってことですかね」

 ユエルの主張に、自分達に翻訳魔法をかけ直す。


「前のニンゲンでしたね! またヌシ様の偉大さに恐れおののいて帰ったのですか?」

「違います……。そもそもこの姿では認識されていないはずなので。それより、この後についてユエルと相談したいのですが」

「なんでしょう?」


「今日はここまでにしてもいいですか? だいぶ気疲れしたので、街に戻って休みたいです……」

「いいな。秘密基地に行くか?」

「少し休んだら家具を取りに行ってもいいかもね」

「もちろん、ヌシ様のお心のままに」


「ありがとうございます。一度リンセを喚ぶのだけ、試してから帰りましょう。距離が短い方が魔力消費が少ないので。サモン・ファミリア」

 リンセを思い浮かべて詠唱する。

 すぐにその場に、寝る態勢で丸まっているリンセが現れた。便利だ。


「ニャ? ヌシ様、ご用事ニャ?」

「今日はもう帰るので挨拶をと」

「むしろまだいるとは思っていなかったのニャ」

「いろいろあって……。大体は、はぐれピカテットを探していたのですが。いないものなんですね」

「ニャ? 一匹知ってるのニャよ?」

「え。知ってるんですか?」


「ヌシ様も会ってるニャ。最初の時にアッチのことを進言したピカテットニャ」

「あ、確かに、いましたね。ユエル以外のピカテット。それも、群れてない子。どこにいるかわかりますか?」

「あっちのナワバリの中に住んでるニャよ」


「これ、最初にリンセに聞くべきだったパターンですかね……」


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