12 そういう問題じゃありません
「……魔法卿」
ついそう呼んでしまった。
「ん? お嬢さん、どっかで会ったことあったか?」
聞こえていないといいなと思ったけれど、バッチリ聞こえてしまったようだ。冷や汗が出そうだ。
ルーカスがにっこり笑って一歩前に出た。
「ぼくら、魔法協会ディーヴァ王国ホワイトヒル支部所属なので。魔法卿がトラヴィス・ルドマンさんを迎えに来られた時にご尊顔を拝見しているんです。またお目にかかれて光栄です」
「ああ、あそこか。ずいぶん遠くから来たな。こっからだと、中央よりだいぶ先だろ?」
「はい。飛行訓練をしようという話になって、がんばって飛んで来ました」
「それは感心だな。未来ある若者たちががんばっているのはいいことだ」
(さすがルーカスさん……!)
簡単に魔法卿を丸めこんでしまった。この芸当はどうあってもマネできないと思う。
そう話していたところに、見覚えがある姿が加わった。
「エーブラム。あちらこちらと探してみたのであるが、エルフが生活していそうな形跡は見つからないのである」
「……トラヴィスさん」
トラヴィス・ルドマン。元裏魔法協会のトール。彼の弟子のブラッドから、魔法卿の足になったと聞いている。
(エルフって……、探されてる……?)
魔法卿に山のヌシを名乗った時は、リンセに老エルフの姿にしてもらっていた。探していたということは、魔法卿が奥さんに会わせたいのは山のヌシの自分だという可能性が高そうだ。
何も知らないふりをするしかない。
トラヴィスがこちらを認識して、顔をほころばせる。
「なんと、このようなところで会おうとは。久しいな、冠位の娘。いや、ジュリア・クルス嬢」
「冠位の娘?」
「はい。父は冠位九位、ホワイトヒル支部長のエリック・クルスです。私はジュリア・クルスと申します」
トラヴィスまで出てきたら、偽名を名乗る意味は皆無だ。ただ怪しくなるだけなので、素直に答えた。
冠位九位は各国に十人以上はいるはずだから、世界的にはけっこうな人数がいる。魔法協会の中ではそれほど魔法卿に近くはない。
「冠位の娘だからルドマンさんと知り合いなのか?」
「否。ジュリア嬢の存在なくば、我が弟子の説得は成し得なかったであろう。ブラッドの指名でホワイトヒルに赴いた故。逆であろうな」
「へえ? じゃあ、俺にとっても恩人だな。ルドマンさんが戻ってくれたおかげで、時々は休日がとれるようになったからな」
(なるほど……)
魔法卿がソフィアと呼んだ女性は、去年ここで彼が暴れていた原因になった奥さんなのだろう。
今年に入ってから楽になったのは、トラヴィスが空間転移で移動の補助をするようになったからか。
(妊娠中の奥さんを放っておいた話は聞いてないんだけど?)
魔法卿はただ、なかなか帰れなくて愛想をつかされたと言っていただけだ。その中に含んでいたのかもしれないけれど、そうだとすると、男女間の認識のズレが大きすぎる。
「他の二人は?」
「申し遅れました。ルーカス・ブレアです」
「オスカー・ウォードだ」
「オスカーはジュリアちゃんの彼氏で、ぼくは二人の友人です」
「ちょっ、ルーカスさん?!」
その通りなのだけど、魔法卿につきあっていることを明かす必要はないと思う。恥ずかしい。
「ははは。若いな。うらやましい」
「ジュリア嬢。ブラッドはすっかりそちらに居ついたようであるが。どうしておろうか」
「元気にしてますよ。彼がいたい場所で、みんなの頼れるリーダーになってますね。この春から領主様に雇われて、フィン様の下につくことになったそうです」
ファビュラス王国の一件が落ちついてから一度様子を見に行っている。貧民窟はすっかり、ひとつの小さな居心地がいい村になっていた。
ピカテットの木像がたくさん売れて、税金と土地代を納められるようになったから、はれてちゃんとホワイトヒル付属の村として認められるようだ。
「それは何よりである」
「ブラッド・ドイルか。あいつが行方不明にならなかったら、俺の苦労ももう少しマシだったんだろうがなあ」
魔法卿が苦笑する。それは間違いないだろうから何も言えない。
ひとつ息をついたところで、ソフィアがやんわり声をかけた。
「あなた? ご紹介いただいても?」
「ああ、俺の妻のソフィアだ」
「改めて、ソフィア・フェアバンクスです。さっき話したことは内緒にしてくれるかしら?」
「私たちはただの末端の魔法使いです。そう魔法卿にお会いすることはないかと」
できるだけ関係ありませんという顔をしたい。
「まあ、そうなの。あ、娘にならない? っていう話は、内緒にしなくていいわ」
「娘?」
「ジュリアちゃん、かわいいでしょう? 律儀でいい子なのよ。うちの子になってもらえないかしら?」
「いや、ひと様の娘だろ……」
「はい。両親とも健在なので、お気持ちだけいただければと」
両親が健在でなかったとしても、魔法卿の娘は全力で遠慮したい。めんどくささしかなさそうだ。
「そう? なら、時々遊びに来てくれるだけでもいいわ。一人で家にいると暇なの」
暇だと言った彼女の表情は寂しそうだ。
「ソフィアさんはお仕事は辞められたのですか?」
「元々していなかったの。これでも貴族の娘だから」
「魔法使いではないのですか?」
「ええ。若い頃に魔力開花術式は受けたけれど、才能はなかったわね」
「待ってください。魔物が多く生息しているこんな場所に、魔法使いでもない女性をひとりで居させたんですか?」
つい語気が強くなってしまう。ありえないことだ。
「上位のプロテクトはかけたし、それが反応すればわかるようにしてるから、問題ないだろ?」
「そういう問題じゃありません。心細くないわけないじゃないですか。トラヴィスさんも。なんでそんな横暴を止めないんですか?」
「横暴か……?」
「私がオスカーに同じことをされたら、しばらく口をきかないかもしれません。彼はそんなことをする人ではないですが」
「……わからん。それほどのことか?」
「それほどのことです。だいたい、せっかくの休みなら、ちゃんと奥さんがどう過ごしたいかを聞いてください。少なくとも、こんな山の中に独りにされたいわけないじゃないですか」
「それは……、そうかもしれん。ソフィア、すまなかった」
「まあ。ほんと、ジュリアちゃんはいい子ね」
「普通です……。そして、すみません。魔法卿に対して出過ぎたことを言いました」
「そういうのはいい。魔法使いは基本的に無礼講だろう? それより、お嬢さんの意見を聞くのもいい気がしてきた」
「私の意見ですか?」
「ああ。この山には俺の師匠がいて、その人なら何かヒントをくれるんじゃないかと思って来たんだが。どう探しても見つからなくてな」
(それ私です……)
頭を抱えたくなるけれど、がんばって平静を装う。
トラヴィスがため息をつく。
「約束もなく闇雲に探して見つかる広さではなかろう。せめて探知魔法がないと厳しいのである」
「探知を使うにしても、外見と名前と、ものすごく強いことしかわからないからなあ。そこらの魔道具じゃ難しいだろ。魔道具の手紙を送ろうとしても飛ばなかったしな」
「本当に存在しているのであろうか。夢を見たか、あるいはもう亡くなっている可能性は?」
「ご老体だったから後者はわからない。心配なのもあって探しに来てみたんだがな。
前者はない。去年戦った場所も見に行ったが、不自然に魔法でならされた形跡が残っていた」
「エーブラムを軽々と下すなど、例えエルフだとしても眉唾である」
(軽々じゃないです……。大変でした……)
「魔法卿より強いエルフがこの山にいるんですか?」
ルーカスがよそ行きの笑顔で話に入る。ちょっと笑いをこらえているようにも見えるのは、ルーカスも探し人の正体に気づいているのだろう。
「ああ。あれはヤバいな。この山のヌシだと言っていた。お前らも、この山でヘタなことをして怒らせない方がいいぞ」
(普通の女の子なんだけど……)
苦笑しそうになるのをグッと飲みこむ。オスカーも笑いそうに見えるのは気のせいだろうか。
「えっと……、その人か、私の意見を聞きたいというのは?」
「どうすれば俺はソフィアに許してもらえると思う?」
(何を言ってるのかしら、この人……)
ソフィアは魔法卿に平手の一発でも食らわせていい気がする。




