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11 娘がほしかった女性の話と想定外の再会


「えっと……、すみません。もう一度いいですか?」

「うちの娘にならない?」

「……聞き間違いじゃないんですね」

 初対面の女性からこういう口説かれ方をするのは初めてだ。どうしていいかわからない。


「ちょっと待っていてもらってもいいですか? この子たちを親元に帰さないといけないので」

「まあ、捕獲して売るのではないの? 魔獣の子どもは高く売れるでしょう?」

「そんなかわいそうなことはしません……。あなたにぶつかりそうだったので止めただけです」


 スパイダーネットの中でだんごになっている三匹を解放する。

「みんな、ケガはないですか?」

「イタイ、ナイ」

「よかったです。一度戻りましょう」


「まあ、まるで話が通じているみたいね」

 ギクッとした。ブリザードレパードの方には翻訳魔法をかけていないから、相手に返事は聞こえていないはずだ。それでもそう見えてしまうのだろう。

「なんとなく、ですかね……」

 ごまかすように言ってあいそ笑いを浮かべる。


「……誰が最初に戻れるか競争ですよ」

 そう告げると、ブリザードレパードの子どもたちが一斉に駆けだした。けっこうなスピードだ。

「それでは、すみません。いったん失礼します」

 ペコっと頭を下げてから、子どもたちを追いかける。身体強化をした状態なら問題なく追いつける。


 山の起伏と傾斜があって、もう振り返っても相手の姿は見えない。そう認識したタイミングでオスカーが合流した。迎えに来てくれたらしい。嬉しい。


 そう経たずに元の場所に着いて、子どもたちは両親に飛びついた。

「ニンゲン、イタノ」

「え」

 ルーカスが珍しく驚きの声をあげた。オスカーが心配そうな顔になる。


「そうなんです……。接触してしまいまして」

「こんなところに? また魔法卿か?」

「いえ、女性でした。オスカーとルーカスさんに相談しようと思ってとりあえず戻ったのですが。

 相手がどんな人なのかまったくわからないのと……、魔獣の子どもは高く売れると言っていたので、ブリザードレパードさんたちはナワバリの奥に移動してもらった方がいいかもしれません」


「ワカッタ」

「タオスナラ、テツダウ」

「ありがとうございます。できるだけ戦闘にはならないで帰ってほしいと思っています」

 ブリザードレパードが子どもたちと、見つかりにくい場所へと移動していく。


「リンセをんで山のヌシにしてもらった方がいいだろうか?」

「すでに私の姿を見られているのと……、『うちの娘にならない?』って聞かれたんです」

「待って。どういうこと?」

「わかりません……。ルーカスさんにもわからないですか?」

「その情報だけだとなんとも。他には何か言ってた?」


「えっと……、『あなためちゃくちゃかわいいわね』と」

「見る目があるな」

「いや怪しさしかないよ……。外見とかは?」

「おとなしそうな顔つきでした。白いドレスを着ていて、白い日傘をさしていて。上流階級だとは思うのですが、堅すぎない感じでしょうか」


「魔法使いって考えた方がいいだろうね」

「ですよね。こんなところに普通の、ドレスの女性がいるわけないですものね」

「お互い様だろうけどね」

「まあ、スパイダー・ネットを使ったり、身体強化のスピードで走ったりしたので、私が魔法使いなのは気づかれていると思います」


「その上で、娘にならないかって聞かれたの?」

「そうですね」

「なら、そのままの意味かもしれないね」

「そのままですか?」

「魔法使いの家系に子どもがいないとか、魔法使いが生まれなかったとか。長く続く家とかだと、魔法使いの養子をとることもありえるんじゃないかなって」

「ああ、なるほど」


「普通は、同じ支部とかで探すんだろうけど。身近なとこだとムリだったとか、なにか事情があるのかもしれないね。

 話くらい聞いてもいいかもしれないし、会わなかったことにして無視して帰ってもいいと思うよ。どうする?」


「ちょっと待っててほしいと言って戻ってきたので、話くらいは聞きに行こうかと。お断りする前提でいるので、一緒に来てサポートしてもらってもいいですか?」

「それはもちろん」


「自分も行く」

「はい。もちろん、一緒に来てほしいです」

 ルーカスの方が多弁だから、三人でいるとなんとなくルーカスと話していることが多くなるけれど、一緒に来てほしいと投げかけたのはオスカーに対してもだ。離れるつもりはまったくない。


「オイラも! オイラもヌシ様のお役に立ちたいです!」

「あ、ユエルは、ごめんなさい。話せないように魔法を解除しますね」

 ガーンとあからさまにショックを受けた顔になった。


「古代魔法は知られたくなくて。さっき、ブリザードレパードの子どもたちとのやりとりで既に怪しまれている可能性があるので……」

「ユエルちゃんは黙って聞いてるとかできなさそうだもんね」

「ううっ、せっかくヌシ様と心身ともに繋がれたというのに……」

 ものすごく語弊がある表現はやめてほしい。サクッと全員の魔法を解除した。


 ホウキに乗って三人で向かう。ユエルは頭の上で伏せって泣いている。

 移動しながらルーカスが方針を伝えてくる。

「念のために、なるべくお互いに名前を出さないで話を聞いておこうか。名乗るかは状況次第で」

「そうですね」


 雪原に白い傘と白いドレスは、上から見ると見事な保護色だ。もしその想定で来ているならあなどれない。


「すみません、お待たせしました」

「まあ、ちゃんと戻ってきてくれたのね。いい子」

「お約束しましたから。私の仲間と一緒にお話を聞かせてもらいたいのですが、いいですか?」

「ええ、いいわ。お友だちと一緒に来ていたのね」

「はい」


「男の子たちは……、やっぱり成長するとかわいくはないわね」

「そうですか? よくかわいいなと思いますけど」

「そこは張り合わなくていいとこだからね?」


「娘にならないかと言われたと聞いたのだが」

「ええ、そうなのよ。かわいい女の子がほしくて。一緒に服を選んだりお化粧をしたり、遊びに行ったりするのが夢だったの。

 思いがけないところであんまりかわいい子に会ったものだから、つい声をかけてしまったの。変なおばさんでごめんなさいね」


「えっと……、お姉さんは結婚は……」

「十年以上前にしたのよ? だから、あなたくらいとまではいかなくても、それなりの歳の子がいてもおかしくないのよね、本当は」

『本当は』ということは、いないのだろう。娘になる気はないのに、どこまで聞いていいのかわからない。あいづちだけにしておく。

「そうなんですね」


「そうなのよ。ほんと、うちの人ったら、全然帰ってこなくて……。結婚前からそうなる気はしていたから、夜九時までには帰ってきてっていう条件をつけて結婚したのよ? なのにほとんど守ってくれないのだもの。ひどいと思わない?」

(あ、これ、愚痴スイッチ入った感じ?)


「……去年、やっと、妊娠できたの。けど、育たなくて。流れた時もあの人は帰れなかったから、もうあきらめたの。……ごめんなさいね、若い子にこんな話をして」

「いえ……。それは……、すごく心細くて、辛かったのだろうと思います」


 前の時、自分は無事に産めたけれど、不安がなかったわけではない。

 オスカーは職場でもすごく気遣ってくれたし、毎日定時に一緒に帰ってくれたし、産休に入ってからも最優先にしてくれていた。改めてありがたかったなと思う。それもあって、自分の彼への信頼は強固だ。

 クレアを思いだすと涙が出そうになるけれど、今はぐっと飲みこむ。


「……そうね。だからもう、今更なのよね。記念日は大事にするとか、状況が変わったからこれからは九時と言わず七時までに帰って一緒に夕食を食べられるようにするとか言われても。

 何も期待しないで生きようと思って実家に帰ったのに、拝み倒されるなんてどうかしてると思うわ」

 苦笑しつつも、まだ情はあるように聞こえる。


「去年の秋に実家から戻ってから、急に、記念日の約束は守ってくれるようになったの。セイント・デイの時期はすごく忙しそうだったのに、一日ちゃんと休んでくれて。

 帰りが少しずつ早くなってきたのは年が明けた後かしら。

 がんばってくれているのはわかるけれど、許せない部分もあって……。不機嫌にしていたら、会わせたい人がいるってここに連れて来られたのだけど」


(……ん?)

 去年の秋。記念日の約束。結婚して十年以上経って実家に帰られた。

(どこかで聞いた話のような……)


「ほんと、ごめんなさいね。長々とどうでもいいお話をしてしまって」

「いえ。関係ない人の方が話しやすいこともあると思うので」

「まあ、ほんと、いい子ね。あなた、お名前は?」


(どうしよう……)

 本名を名乗った方がいいのか、偽名を名乗った方がいいのか。

 本名を名乗るのには問題がある。空間転移が使えない限り、今日ここにいるのはおかしい。けれど、偽名もすぐには思いつかない。いつもの偽名は山のヌシの名になっている。それでも偽名の方がいいだろうか。


 迷ったのは一瞬だった。答えるより早く、上の方から聞き覚えのある声がした。

「ソフィア、すまない。探し人がなかなか見つからなくて……。その子たちは?」


「……魔法卿」


 冠位一位、魔法卿エーブラム・フェアバンクス。

 ホウキに乗って見下ろしてくるその姿に驚いて、ついそう呼んでしまった。


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