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10 雪原で出会った女性からの想定外の提案


 お昼を食べながら話していると、すごい勢いでブリザードレパードが向かってきた。頭の高さが数メートルはある、大きい方の個体だ。おそらくリーダーの息子だろう。

「うわあっ! ファイ……」

 驚いたルーカスが呪文を唱えかけたのをあわてて止める。

「ルーカスさん、待ってください。攻撃はダメです」


「いやいやいや、食べられちゃうよ?! ぼくらのお昼ごはんじゃなくて、ぼくらがお昼ごはんだよ?!」

「いえ、たぶん大丈夫かと」

 こんなにうろたえているルーカスは珍しくて、ちょっとおもしろい。


 ブリザードレパードが自分たちの手前でブレーキをかけて止まった。そのままぐっと頭を下げてくる。

「ヌシサマ!」

 ルーカスが目をまたたいて、カラリと笑った。

「ジュリアちゃんってほんとにこの山のヌシなんだね」

「そんなことはないのですが、みんなの中ではそうなっているみたいです……」


「ヌシサマ、コドモ、ミセル」

 ブリザードレパードが低い姿勢のままゆったりと尾をゆらす。冒険者から恐れられている凶暴な魔獣のはずなのだけど、ただの大きなネコにしか見えない。


「子どもが産まれたのですか?」

「ハル、サンビキ」

「おめでとうございます。食べ終わったらぜひ」

 ブリザードレパードがうなずきつつも、うらやましそうに食べものを見てくる。少しお肉をわけた。塩分は気になるけれど、この体のサイズで少しだけなら大丈夫だろう。


「オモシロイアジ」

「ふふ。そうですよね。ふだんは火も通さないでしょうし」

 食べ終えて片づけると、ブリザードレパードが再び身を低くした。それでもちょっとした岩くらいの高さはある。

「ヌシサマ、ヌシサマノオトモ、ノル」

「ありがとうございます」


「ヌシ様のお供……」

「すみません……」

 オスカーもルーカスも恋人や友人であるのと同時に職場の先輩でもある。自分のお供扱いは申し訳ない気がするものの、訂正できる気はしない。

 ホウキで飛んでもいいのだけど、せっかくの好意だから乗せてもらうことにする。背中に乗るために一度ホウキに乗る必要はあったが。


 連れて行かれた場所は雪原で、大型犬くらいの大きさの子どもたちが元気に転げまわっている。かわいい。

「パパ!」

「ソレナニ?」

「アソブ?」


 近づくと寄ってきて、背中から降りたところで一匹に飛びつかれた。

「きゃっ」

「ジュリア!」

 続けて降りてきたオスカーが支えようとしてくれたけれど間に合わず、後ろに倒れる。雪がふかっとして特に痛みはない。


 それから、ザラっとした舌でジョリっと舐められた。こちらはそこそこ痛い。

「オイシイ」

「すみません、食べ物ではありません」

 やんわりと訂正して起きあがる。


 ルーカスがオスカーに向かってニヤニヤと笑った。

「オスカー、リンセちゃんに犬にでもしてもらってアレやる?」

「なんでそうなる」


 前に両親と、オスカーは大型犬っぽいという話をしたのを思いだす。想像するとちょっとかわいい。

「押し倒されて舐められて、おいしいって言われるってことですか?」

 浮かんだ様子を言ったら、オスカーが赤くなって視線をさまよわせた。

(何か変なこと言ったかしら……?)


 ルーカスが珍しく少し困ったように笑う。

「ああ、うん。その通りなんだけど……。うん、犬のままにしておいて」

「犬のまま……?」

 犬でないならなんなのか。そう思った瞬間、そのままの彼でのイメージが浮かんだ。

(ひゃあああっっっ)

 完全にアウトなやつだ。恥ずかしすぎる。一瞬前の発言を取り消したい。顔が熱い。


 そんな話をしている間に、ブリザードレパードが子どもたちを並ばせた。

「ヌシサマ、オボエル」

「ヌシサマ」「ヌシサマ」「ヌシサマ」

「ヌシ様!」

 なぜかユエルまで混ざっている。

「こうして次世代に受け継がれるんだな」

「ヌシ様じゃないんですが……」


 子どもたちと遊んでほしいと言われて、少し遊ぶことにした。身体強化をかけて駆けっこをする。


「……ちょっと待って、オスカー、ジュリアちゃん。ぼくも身体強化かけてるのに全然追いつけないんだけど……」

 あっという間にルーカスが息も絶え絶えだ。

「普段から鍛えていないからだな。平日の朝か夕方ならつきあうが?」

「それお願いしたらたぶんぼくが死んじゃう……」


「ふふ。ちょっと向こうの方まで行ってきますね」

「ジュリアちゃんはすっかりオスカーに染まってるね……」

「そうですか? 楽しいですよ、走るの」

「うん、そういうとこね」

 苦笑される意味がわからない。走るのは楽しいのに。


 ユエルも離脱してルーカスの上で休憩するという。ユエルにも身体強化をかけたとはいえ、ピカテットの運動量ではないのは確かだ。

 オスカーからは少し眺めていたいと言われた。ちょっと恥ずかしい。


 ブリザードレパードの子どもたちのペースに合わせて雪原を駆ける。楽しい。


 みんなから多少離れたところで、少し前を行っていた子どもの一匹が何かに気づいたように方向を変えた。全員がそっちに向く。

「……あ、待ってください」

 急いで方向転換して、直後、慌てて子どもたちを呼ぶ。


「ダメです! 戻って!」

 驚いたようにビクッとしたけれど、みんなすぐには止まれない。


「スパイダー・ネット!」

 硬いおりでケガをさせてはいけないから、衝撃が少ない捕獲系の魔法を飛ばす。なんとか三匹とも捕まえることができた。

 目に入った人間・・衝突しょうとつする直前だ。


 この山ではできるだけ人に関わりたくないけれど、ここまで接触して無言で放置するわけにはいかない。最低限必要な声をかける。


「すみませんっ、大丈夫ですか?」


 山には似つかわしくない、ドレスを着た女性だ。あまり人のことは言えないが。

 年齢は母と同年代か少し下くらいだろうか。ラヴァよりは上に見えるのは、おとなしそうで落ちつきがある顔だちの影響もあるかもしれない。

 白いドレスと揃いの白い日傘をさしている。寒い場所だけど、日差しは確かに強い。


「あら、あなた……」


 こちらを向いた女性から、何かに驚いた顔をされたことに驚く。

(何……? ブリザードレパードの子どもを魔法で捕獲したのは、そうおかしいことじゃないはず……。もしかして魔力がわかる人……?)

 今日はあえて、魔力を隠す魔法をかけていない。山の魔物たちはその方が自分を認識しやすくて、余計な戦闘を避けられると思ったためだ。


(かけておけばよかった……?)

 この人が誰かはわからないけれど、たとえ二度と出会わない相手であっても、知られないに越したことはない。どうごまかせばいいかを必死に考える。心臓がバクバクだ。


 続いた女性の言葉は完全に想定外だった。


「とーっても、かわいいわね。うちの娘にならない?」

「……はい?」


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