9 行き遅れの理由と難航するつがい探し
リンセと別れて、低空飛行で他のピカテットを探し始める。
「ピカテットってどのあたりにいるんですか?」
「どのあたりにもいますよ、ヌシ様。何ヶ所か群れの場所は知っているのですが、オイラは群れているオスには魅力を感じません」
「待って、ピカテットって基本的には群れる生き物だよね?」
「基本的にはそうですね。オイラは一匹で生活していましたけど!」
ドヤァと胸を張られる。そういえばユエルに出会った時、もう一匹ピカテットはいたが、一緒に行動している印象はなかった。
「えっと、つまり、場所を知っている群れを訪ねるのではなくて、はぐれピカテットを探さないといけないわけですね」
「ただはぐれていればいいというわけじゃないです。強いオスでないとイヤです」
「……なんかうちの姉たちが婚期を逃してるのと同じ気配を感じるんだけど」
「お姉さんたちですか?」
「うん。やれこういうのはイヤだとかああじゃないとイヤだとか、やたら条件つけて相手を値踏みして、話す前から拒否するっていうのかな。会って話してみないと相手との相性なんてわからなくない?」
「そうですね……、話してみても、私はオスカー以外はダメでしたが」
突然の指名に横を飛んでいるオスカーがむせる。
「それとはだいぶ違うよ……? ジュリアちゃん、オスカーに条件とかつけないでしょ? 年収いくらじゃないとイヤだとか、冠位をとらなきゃつきあわないとか」
「それは、何があってもなくても、オスカーはオスカーですから」
「魔法が使えなくなっても?」
「それは本人が苦しいんじゃないかと」
「一文なしになっても?」
「お金はなんとかなるかと。私も稼げますし。養われるのは嫌がりそうなので、そことの折り合いは一緒に考えないとですが」
「そう! そういうの。そういうのがないんだよ、うちの姉たちには。
魔法が使えなくなった元魔法使いなんてすぐに切り捨てるだろうし、生活力がない男は男じゃないって言うし。
身長とか外見とかはオスカーは合格だろうけど、ぼくの背とか見た目は論外だって言われるし」
「ルーカスさん、ステキなとこもすごいとこもいっぱいあるんですけどね」
ルーカスが一瞬何かを飲みこんだような顔になる。何か変なことを言っただろうか。
「うーん……、お姉さんたち、どうしようもなく好きになっちゃう人に出会ってないだけかもしれませんよ? そういうのどうでもよくなるくらい、とにかく好き、みたいな」
「……それはあるかもしれないけど。そもそもの出会いを自分で制限しちゃってるから出会わないのもある気がするんだよね」
「あ、ユエルの話とつながった気がします。群れの中のオスも会ってみないとわからない、ってことですよね。あと、強くなくてもいいオスはいるかもしれない、みたいな」
「うん。だって、ジュリアちゃん、ぼくとオスカーの戦闘力が逆でも、オスカーのこと好きでしょ?」
「それはもちろん。強いから好きなわけじゃないですから。戦ってるオスカーはカッコイイとは思いますけど」
「……うん。きみはそうだよね。じゃあ、見た目が逆だったら?」
「うーん……、そっちの方が想像するのが難しいのですが。それでもやっぱり、オスカーを好きになったと思いますよ」
前の彼に出会った時、自分をジュリア・クルスとして扱ってくれたあの瞬間から、彼という人間に惹かれていた。
彼の外見はもちろん好きだけど、出会った時から見た目がルーカスなら、それはそれで好きになっていたかもしれない。ただの想像にすぎないけれど。
「待ってくれ。だいぶ話が逸れている気がするのだが」
オスカーが真っ赤だ。言っていたことを思いだしてこちらも恥ずかしくなる。
「ヌシ様、よくわからないけど、オイラは強くないオスとはつがいたくないです。群れている軟弱者や街生まれの軟弱者は論外です」
「うん、何も伝わってないね……」
「ふふ。ユエルが好きになれる相手かどうかが一番大事ですよね」
ピカテットが好みそうな岩場を中心に探していく。いくつかの群れを見かけたけれど、ユエルは頭を横に振った。
はぐれピカテットはそもそも見つからない。存在自体がレアな上に、雪山では保護色だから、一匹だけでいるのを目で見つけるのは至難の業だ。
ユエル自身にも魔力の探知をさせたけれど、他の小型魔物と区別するのが難しいらしく、ハズレが続く。
昼時まで数時間飛び回ったけれど収穫なしだ。
「もういいんじゃない? 一生独り身でも、それはそれでおもしろおかしく生きられるんじゃないかな」
(ルーカスさんが言うと説得力ある……)
本人はまだ知らないけれど、自分たちの子どもが結婚する頃になっても彼は独り身だった。
(これは教えないでおいた方がいいわよね)
前の時はそうだったけれど、今回は変わらないとも言い切れない。希望は捨てさせない方がいいだろう。
「ぼくがピカテットの会に入るだけなら、街で取りよせてもいいだろうし」
「ユエルはどうですか?」
「ヌシ様がいれば十分です! まあ、いい出会いがあればつがいたいですけど。なかなかいいオスはいないですからね」
「やっぱり姉さんたちと同じこと言ってる……」
ルーカスが苦笑気味にため息をつく。姉たちに似たタイプの女性は苦手なようだ。
(いつかルーカスさんをルーカスさんとして大事にしてくれる女性が現れますように……!)
今回は前回とは違うかもしれないし、あの事件さえ起こさなければ、その先にチャンスがあるかもしれない。
誰かと一緒にいることだけが幸せとは限らないけれど、大切な友人が、望む関係を築ける人に出会えたらいいと願う。
「とりあえずお昼にしましょうか」
「待ってました! ジュリアちゃんの荷物を見た時から、用意してくれてるんじゃないかって思ってたんだよね」
「いつも通り簡単なものなので、期待にそえるかはわからないのですが」
ホウキから降りて、適当に腰かけたところで食べ物を取りだす。触った感じがひやりとした。外気温が低いからだろう。
「けっこう冷えてますね。少し温めた方がおいしいかもしれません」
「ファイアか……?」
「それ燃えるよね? せっかくのジュリアちゃんの手料理が消し炭になったら泣くよ?」
「そうだな……」
「うーん……。アイアン・プリズン」
少し考えたところで、昔一人旅をしていたころに使っていた方法を思いだした。テーブルサイズの小さな鉄の檻を出す。
「どうするの?」
「この上に乗せてみようかと」
全員分を並べて、檻の下の方に向かってファイアを打つ。魔力を調整して持続させる。
「数分くらい弱めのファイアで温めたらちょうどよくならないかなと」
「檻をかまど代わりにする発想はなかったな」
「これは便利だな。薪や調理器具があれば、外でいろいろ料理ができそうだ」
「本体が熱くなるからヤケド注意ですね」
熱くなりすぎない程度に火力調整をして、両面温めた。
今日は焼いたチキンとゆで卵のサンドだ。
「おーいしーいニャー!」
ルーカスがおどけてハイテンションリンセのマネをする。ちょっと笑いそうになった。ふしぎと似ていて、かわいい。
「ああ、うまいな」
「よかったです」
ユエルには果物を食べさせておく。
「話をユエルに戻すと、他の生息地にも行ってみた方がいいのでしょうか」
「ピカテットの生息地ってそれなりにあるんだっけ」
「調べてみないことには詳しくは。ただ、私が足を運んだことがないところは空間転移で行けないからちょっと大変なんですよね……」
「そんなにがんばらなくてもいいと思うけどね?」
「オイラはヌシ様の気持ちだけで十分ですよ。なんならヌシ様がいちゃついてるのを眺めさせてもらえれば十分です」
「却下だ」
「同感です……」
「なんでですか?!」
「なんででもです……」
何度邪魔されて、何度恥ずかしい思いをさせられたか。翻訳魔法をかけていなければ言葉で邪魔されることはないけれど、見られていると思うだけでも恥ずかしい。
まったく会話ができない本当のただのペットならまだしも、ユエルをそちら側として認識するのはもうムリだ。




