7 [ルーカス] キレ気味クルス氏とバカップルの帰還
山頂の空気がピリピリしている。先に行ったはずのジュリアとオスカーの姿がどこにもなく、集合時間近くになっても現れないため、クルス氏がおかんむりだ。
(あの二人のことだから、なんかまた余計なことに巻きこまれてる気がするなぁ)
「オスカー・ウォードめ……」
クルス氏の認識はまるで違うようだ。オスカーに決闘でも言い渡しかねない目をしている。
「そろそろ連絡してもいいんじゃないか? 大体揃ってきただろ」
ヘイグがまあまあと言いつつクルス氏に進言した。ジュリアたち以外にも数人到着していないが、ハイヒールで来ていたお姉様だったり、明らかに体力がなさそうなメンバーだったりする。
クルス氏が連絡魔法を送る。
『……ジュリア。集合時刻だ。すぐに山頂に来るように』
(うわぁ……)
引くくらいイラ立ちがこもっていて威圧的だ。本人はそうしているつもりはないのだろうが、本当の年ごろの女の子だったら全力で距離をとる気がする。
『……オスカー・ウォード。……すぐにジュリアを山頂まで連れて来い』
(うっわぁ……)
こっちはガチギレの声だ。脅し文句のひとつでも加わったらハラスメントレベルだと思う。
他のメンバーに送る連絡は多少マシだったが、引きずった声色ではあった。受け取った側はさぞ驚くだろう。
全員に送り終える前に連絡魔法が返ってきた。
『お父様、ご連絡が遅くなってすみません。裏魔法協会のタグと接触してしまい、ウォード先輩と一緒に交戦していました。確保できたので、急いでそちらに向かいますね』
「……は?」
ジュリアの声は落ちついていていつも通りだ。逆に、クルス氏をはじめ、聞いた多くが一瞬言葉を失った。
ヘイグ氏がポカンとした顔をクルス氏に向ける。
「タグってのはアレだろ? エリックが前にヤバいって言っていた」
「ああ。子どものような外見で、ところ構わず毒を撒き散らす敵だ。私もできるだけ再戦したくない相手だな。交戦して、確保した……? ジュリアとオスカー・ウォードで……?」
(ラヴァさんの急ぎの用事はコレかな?)
ラヴァ自身は魔法協会に用があると言っていた。ジュリアではなく魔法協会だ。そうなると、トールと同じ用件だという可能性が高い。足抜けしての出頭だろう。
ブラッドを見つけたトール、トラヴィスが抜けた。本来の居場所に戻れたジャア、ジャスティンが抜けた。そしてラヴァが抜けると言う。残されたタグが、それらの中心にいるジュリアに何らかの感情を持つのはおかしくない。
(思ってた以上のめんどうごとだったみたいだね……)
起きること自体は想定範囲内だけれど、想定外なのは接触がこんなに早いことだ。今日は普段いる街にいるわけでもないから、この場所で見つかるのは考えていなかった。
(何か探索系の能力でも持ってたかな)
そう経たずに、ホウキに乗ったジュリアとオスカーの姿が見えた。オスカーのホウキにアイアンプリズンが浮いた状態で繋がれていて、これでもかとロープで縛られたタグが入っている。
二人が着地してホウキを消した。
「ご心配をおかけしてすみませんでした。ジュリア・クルス、ただいま戻りました」
「同じく、オスカー・ウォード、帰還した」
「……本当にタグを捕えたんだな」
「はい。連絡魔法でお伝えした通りです」
「これは……、アイアンプリズン・ノンマジックか?」
「ああ。それは自分が」
(ジュリアちゃんの身代わり、かな)
確かにオスカーもあの大きさのアイアンプリズン・ノンマジックが使えるようになっている。けれど、すかさず主張するタイプではない。そうせざるをえないのは、ジュリアの魔法を知られないようにするためだろう。
「いつの間に覚えた? お前の歳で使える者はそういないはずだが」
「いい師匠に恵まれ……、つい最近、安定させられるようになったところだ」
「なるほどな。思っていた以上に伸びしろがあったか。それならお前たちでの確保も頷ける」
「はい。オスカーはすごいんですよ? あ、縄を外す時は気をつけてくださいね。何を隠し持っているかわからないので」
「それは前に私も身をもって体験している。これだけ厳重に拘束したのは、それだけいろいろあったからなのだろ?」
「ああ。敵と味方の認識を入れ替える神経毒を持った魔物も使役していた」
「領主邸の時に兵士がフィン様を襲ったのは、それによるものだと思います」
「なるほどな。……それを受けたのか?」
「私が……。オスカーが止めてくれて。毒が抜けるのに時間がかかって、戻るのが遅くなりました」
(これは……、逆かな。ジュリアちゃんはフラットに話してるけど、聞いてるオスカーが申し訳なさそうだから。ジュリアちゃんがオスカーより強いのを知られたくないから口裏を合わせたんだろうな)
「オスカー・ウォード。ジュリアにケガをさせてはいないだろうな?」
「大丈夫ですよ、お父様。無傷です」
くるりと回ってみせるジュリアは笑顔だけど、オスカーは何かをこらえているように見える。敵の手中に落ちて彼女にケガをさせたのだろう。治療したものの、飲みこみきれていないといったところか。
(まあ、オスカーの表情の変化なんて本当にわずかだから、ぼく以外は気づかないだろうけど)
「クルス氏、事情聴取は今度にして、そろそろ懇親会にしない? 全員揃ったし」
バカップルはあまりつっこまれると困るだろうから、今日の趣旨に引き戻した。日が経った方が、くわしく覚えていないと言いやすいだろう。
話している間に、遅れていた他のメンバーも集まっている。
「ああ、それもそうだな。……オスカー・ウォード。よくジュリアを助けて戻った。それには礼を言う」
「いや……」
軽く答えた様子は、はた目には謙遜に映っただろう。実際は立場が逆なオスカーとしては不本意だろうが、クルス氏の態度が軟化したのはいい傾向ではないだろうか。
「私はタグを魔法協会の牢に移し、最低限の手続きをしてから戻ることになる。誰か飲食物のピックアップのために同行してもらい、先に戻って始めていてもらえたらと思うが」
「なら、私が一緒に行きます」
「……ジュリア。いいのか?」
「はい。お父様がよければ同行させてください」
(うん。仲直りは大丈夫そうだね)
「帰りはジュリアさんが一人になるのだろう? 安全のために自分も同行できればと」
「クルス氏としては、ジュリアちゃんとオスカーが二人きりになるのも気になるんじゃない? ぼくも行くよ」
「ルーカス・ブレアが行くなら私も」
「なんだ? みんなで行くなら行くぞ?」
「そんなには要らん」
デレクやダッジまで名乗り出て収集がつかなくなりそうになったところでクルス氏が切った。
「ジュリア・クルス、オスカー・ウォード、ルーカス・ブレア。飲食物のピックアップのための同行を頼む」
「はい、お父様」
「了解した」
「りょーかい」
食べ物と飲み物をピックアップして、三人で魔道具のじゅうたんに乗った。
運転はオスカーだ。ジュリアがやると言ったら「自分が」と進みでた。彼女にいいところを見せたいのだろう。
オスカーの横に座る彼女の斜め後ろから声をかける。
「で、ジュリアちゃん。オスカーと戦ってみてどうだった?」
「え……」
彼女がものすごく驚いた顔で振り返った。
オスカーは何も言わないけれど、一瞬じゅうたんが揺れたから、かなり動揺していると思う。
「あはは。きみたちが逆の立場で申告したのに気づいてるの、きっとぼくだけだから安心して」
「さすがルーカスさんです……」
「一番近くにいるからね」
ジュリアが思いだすようにしながら話し始める。
「オスカー、めちゃくちゃ強かったですよ。間合いに入られたらもうどうしようもない感じで。全然詠唱する余裕がなくて。
短縮詠唱でなんとか身体強化をかけたんですけど、ベースの身体能力でぜんぜん敵わないので、何度死ぬかと思ったか……。
しかも完全透明化したのに捕まえられるとか、捕まえられたまま魔法封じとか反則ですよ。
正直、二度と戦いたくないです。戦い方によっては魔法卿も下せるんじゃないでしょうか」
「……それは過言だと思うが」
どこか照れたようでいて、それ以上に申し訳なさそうにオスカーがつぶやく。戦った相手が彼女じゃなくて、彼女に応援されている状態でのコメントなら舞いあがりそうなところだ。まだかなり気にしているのだろう。
「じゃあ、逆に、ほんとにジュリアちゃんがオスカーを敵だって認識したらどんな戦いになってたと思う?」
「うーん、どうでしょう……。タグさん相手でもできるだけケガはさせないつもりだったので。
あ、でも、受けた毒の影響で敵を倒さなきゃっていう感じが強くなるなら、本気で戦ったのでしょうか。
最初に無詠唱、透明化、一気に上空まで移動してのメテオ。サンダーストームを追いうちで。回避や防御でしのがれた時のためにアイシクル・アロー・シャワー。それからギガント・プレスに……」
「いや、もう十分すぎるんじゃないかな……。街が何個も滅ぶよ……」
「ジュリアがあの毒を受けていなくて本当によかった……」
「あ、もしそれっぽかったら、解毒の魔法で解除できるのがわかったので。なんとか隙を作って解毒してください」
「隙を作る……?」
オスカーがそれはムリだろうという顔をしている。全面的に同意だ。
「とりあえず、解毒と浄化の魔法は教えておきます」
ジュリアが苦笑しつつ、決定事項として言う。安全に関わることだからだろう。
オスカーにだと思っていたら一緒に教えられた。解毒はまだしも、浄化は下級魔法でもかなり難しい。自分にはムリそうだ。
オスカーは難しい方が楽しそうな顔になる。ジュリアの影響で、オスカーまで異常な魔法使いに育っていきそうだ。
(この歳でノンマジックを使ってる時点で、もう異常に足を踏み入れかけてるだろうけど)
本人たちが楽しそうだから放っておくことにする。




