23 フィンとのお見合い
領主夫妻と両親を交えた顔合わせは無難に終わった。終始なごやかで、父が言っていた通り関係は良好なようだ。
(考えてみると、私の舅、姑になる人と自分の関係が悪いところに、お父様が私を嫁がせようとは思わないわよね)
当たり前といえば当たり前だった。
後は若い二人でと言われ、領主の護衛が控えていた部屋を出る時に、廊下で待機していたフィンの護衛と顔を合わせる。
常に兵士が二人以上と魔法使い二人がついているそうだ。
魔法使いの片方から、ひらひらと小さく手を振られた。
(ルーカスさん?! なんで?!)
そこにいたのは自分の記憶にある通りの薄い顔のルーカスだ。女装していた時とは別人にしか見えない。今日の自分もそうだけれど、お化粧の力は偉大だと思う。
一瞬驚いたけれど、魔法協会は臨時依頼での魔法使いの派遣もしている。普段は内勤の魔法使いが経験を詰むために行かされるのも珍しくないから、たまたま送られてきたのかもしれない。
振られた手に、小さく微笑んで応えた。
(もう一人は……、知らない人……?)
魔法使いにはありがちな黒いローブをまとった、褐色で童顔、ルーカスよりも更に小柄な男の子だ。
長い銀色の髪を一本の三つ編みにしてフードの隙間から垂らしているからか、中性的な印象を受ける。身長が自分に近いから、男性としてはかなり小さい方ではないだろうか。
(護衛の仕事を受けられるっていうことは、見習いが終わった十八歳以上なのだろうけど……)
見習いが実際の仕事に参加することもあるが、危険を伴う仕事は別だ。それに、ここ数年ホワイトヒル支部に見習いは入っていないと聞いている。だからきっと年上なのだろうけれど、『ローブの子』という感じがする。
前の記憶にないから、ホワイトヒル支部やウッズハイム支部の魔法使いではない。普段はこのあたりにいないフリーの魔法使いか、他の近隣の支部からの派遣だろうか。
そう考えるのが妥当なはずなのに、何かがひっかかった。
(なぜかしら……)
知らない人のはずなのに、その目を知っている気がする。とらわれたかのように、絡まった視線を外せない。
「ジュリアさん?」
「あ、はい。すみません」
フィンに呼ばれて意識を彼に戻す。エスコートするかのように差しだされた手に、そっと手を重ねる。
フィンは色が白く、線が細い。指も長くて細く、オスカーのしっかりした大きな手とはこんなにも違うのかと思う。
目元は優しそうで、クリーム色のサラリとした髪は光をまとうと輝き、女性好きしそうだ。自分の好みではないが。
手を引かれて館の庭をゆっくり歩きながら世間話をする。特に楽しくはないものの、合わせられなくもない。
護衛たちは少し距離をとってついてくる。魔法使いたちからすごく見られている気がして落ちつかないが、それが彼らの仕事なのだから仕方ないと思う。
「あなたをここにお連れしたかったのです」
フィンがそう言ったのは、入り口がアーチになっている見事なバラ園だ。中はいくつかに区画されていて、どこもよく手入れが行き届いている。
白い細かな細工がされたガーデンテーブルとガーデンチェアが、日当たりのいい一角に置かれている。
バラのいい香りが心地いい。
「すごい。きれいですね」
笑みがこぼれる。どんな状況でも、きれいなものはきれいだ。
「……リアちゃん」
「え」
「やっぱり、ジュリアさんはリアちゃんだったんですね。覚えていますか? 昔もあなたはここのバラを気に入ってくれて。一輪プレゼントすると言ったら、切るのはかわいそうだと、咲いているままの方がきれいだと言っていたのを」
(覚えていません)
思ったけれど、そうは言えない。慎重に言葉を選ぶ。
「フィン様は、よく覚えてくださっているのですね」
「フィくんと呼んでください。昔のように」
(フィくん……)
知っているような、知らないような、そんな感じだ。やはり記憶が遠すぎる。
「僕の方が年上だからか、あなたの印象が強かったのか、よく覚えています。リアちゃんは利発でかわいい子でしたから。来なくなって数年くらいは、また来ないのかと父に聞いていました」
「それで今回のお話を受けてくださったのですか?」
「それもあります。あとは、あなたが子どもを望まないと聞いたので」
「え……」
それはむしろマイナス要素ではないのか。不思議に思いながらフィンを見上げる。
「父は僕にこの領地を継がせたいようですが、僕には男爵家を背負うのは重すぎます。人には向き不向きがあると思いませんか?
幸い、父の弟とその息子、僕の従兄が優秀で。従兄に子どもも生まれたし、僕が一時的に中継ぎをしたとしても、いつかその家系に任せたいと思っています」
「なるほど……。だから、子どもを望まない私がちょうどいいと」
「はい。父からそろそろ身を固めろと言われていて。同格以上の家に父に内緒でそんな話を持ちこむ方法が思いつかなくて途方にくれていたところだったので、渡りに船でした」
「……もし私の話がなかったら?」
「あなたに話すのも変ですが。商工会長の孫娘とちょっとした知り合いで。家格は完全には釣りあわなくても、父を説得できるくらいのメリットはある家なので、向こうからお見合いを持ちこんでもらえないかを頼んでみようと思っていました。こちらから言う家柄ではないので」
(商工会長の孫娘!)
そうだった。前の時に暗殺されたのは、きっとその子だ。
そう思うのと同時に、最近、似たような言葉を聞いたのを思いだす。
「……その方、お兄さんか弟さんがいたりしますか?」
「双子の兄がいますね」
「そうなのですね」
商工会長の孫。自分のところにお見合いの話があったうちの一人だ。
家格や立場がある程度釣りあう家はそう多くないから、似たような場所で話が巡るのだろう。
「だいぶ歩いてお疲れでしょう。休んでお茶にしませんか?」
「はい。ありがとうございます」
エスコートされるがままにガーデンチェアに腰かける。
(毒物を検出するものは持ってきたから、大丈夫なはず)
検査薬はそのまま飲んでも問題ないものだ。フィンに気づかれないようにフィンが飲むより先に使えば、今日が前の時の暗殺日かがわかるし、阻止もできるだろう。
息を呑んで、飲み物が運ばれてくるのを待つ。




