5 敵の手中に落ちたオスカーとの戦い
「オスカー!!!」
呼びかけても反応はない。
代わりに、オスカーが魔法で炎の剣を出し、詠唱が終わるかどうかのタイミングで踏みこんでくる。
「っ、エンハンスド」
短縮詠唱の全身強化でなんとかかわす。
(速いっ!)
お互いに身体強化がかかっている時は、元の身体能力が大きく影響する。訓練で手加減をしてくれている状態とは違う。かわすのもギリギリ、アウトに近く、服にかすって裾が燃えた。
「ウォーター」
最短詠唱の水魔法で火を消して、必死に後ろに下がって距離をとろうとしながら考える。ホウキで空中に逃れる余裕もない。無詠唱を挟んでも速さが追いつかないだろう。空間転移、魔法封じなどの長い呪文は尚のこと使えない。戦闘や攻撃魔法で彼を傷つけるのもしたくない。
「プロテクト」
回避と防御でなんとかしのぐのが精一杯だ。
(強い……!)
オスカーが強いのは知っていた。ここ最近の訓練で更に伸びているのも。一度彼の間合いに入ってしまったら、そこから逃れること自体が難しい。
(これしかないっ……)
タグには見せたくない魔法だけど四の五の言っている余裕はない。
「プロテクト! トランスパーレント!」
彼の一撃を防御魔法で受けた直後に、自分に透明化をかける。上位の改良版は比較的短い呪文で発動できるのが大きい。
(まず距離を、っ……!)
気配も全て消えているはずなのに、あいている手で腕を掴まれて彼の方へと引かれた。消える直前までいた場所で見当をつけたのだろうか。
「痛っ……、プロテクト!」
強力な防御魔法を唱える間はない。最低限の防御で、振りおろされる炎の剣を受けとめる。防ぎきれない小さなヤケドや傷は積み重なってきている。
(ごめんなさい、オスカー)
透明化したまま彼に蹴りを入れる。つかまれた腕を振りほどかないといけない。
一撃入ったはずなのに、彼は微動だにしない。感情も痛みもないかのようだ。
「っ……」
再び彼からの攻撃になる。姿が見えていないことでいくらかは避けやすくなったものの、距離が近すぎてかなり危うい。
彼の手の近く、確実につかまれている腕へも容赦なく炎が近づく。
「……プロテクト」
オスカーの口元が呪文を紡ぐ。
「アイアンプリズン・ノンマジック」
(避けられないっ……)
魔法を封じられるわけにはいかない。けれどつかまれたままでは下がって避けることはできない。
必然、前に踏みこんで彼の胸へと飛びこむ。
想定外だったのだろう、オスカーが少しよろけて後ろに下がる。自分のすぐ後ろに魔法封じの檻が生成された。
(ごめんなさい、後でちゃんと治すから……!)
「フリーズ」
つかまれていない方の手で触れて、炎の剣を持つ彼の手から先を炎ごと凍らせる。
「トゥーム・メウス」
彼の首に腕を回して引きよせ、唇を重ねた。
自分の魔力を分ける魔法の逆、相手の魔力を吸いとる魔法だ。あまり抜きすぎると危険だけど、彼からのノンマジックを封じられるくらいには減らしたい。
彼は今日既に二回、ノンマジックを使っている。あとひと押し減らしておけばいいはずだ。
オスカーが驚いたように目をまたたく。
「……ジュリ、ア……?」
「オスカー!」
完全透明化がかかっているから、こちらの声は聞こえない。わかっているけれど、呼ばずにいられない。
一瞬、腕をつかむ力が緩んだ。
彼と視線を重ねる。まだ戻ってはいなさそうだと直感して、振りはらって間合いをとり、ホウキで空に上がった。
空中戦になれば彼の優位性はかなり削げるし、何より、透明化している今、自分の居場所はもう認識できないはずだ。
「……リリース。ヒール」
安全な距離を保ったまま、先ほど彼の腕を凍らせた魔法を解除して、凍傷を治療する。凍った状態のままだと衝撃で砕けることもあるから、とりあえず一安心だ。
完全にこちらを見失ったのだろう。オスカーがその場に立ちつくして、動きを止めた。
タグが鷹揚にパチパチと手を叩く。
「いやあ、すごいね、キミたち。ほとんど何してるか見えなかったよ。こんな戦い方をする魔法使いがいるなんて驚きだなあ」
笑ってそう言って、てくてくとオスカーの方へと歩みよっていく。
「ジュリアちゃん? 今どこにいるの? 隠れてる? それとも、幻の透明化魔法まで習得してたりする? 出ておいで? 君の大事な人の命が惜しかったら」
全身の毛が逆立った気がした。
「タグ……!」
相手はいつでも、操っている状態のオスカーに手を下せる。それは決して許せないことだ。
「ミスリルプリズン・ノンマジック」
魔法封じの檻でオスカーだけを囲う。
「おっと、魔法封じかな? 残念だけど、僕のは魔法じゃないから解除できないよ? さて、どうやってるんだろうね?」
ミスリルプリズンにオスカーを入れた理由はそれがメインではない。魔法封じで解除できるかは試すだけ試したオマケにすぎない。
オスカーを囲ったのは、タグから手を出されないようにするため、そして、自分の魔法に巻きこまないためだ。
「サンダーボルト・ジャッジメント」
「え……」
紫電が走る。完全透明化状態のこちらの声はタグには聞こえていないから、突然の雷に襲われる形になる。認識したのと同時に命中する速さの、追尾する不可避の雷だ。
一瞬で、タグがその場に崩れ落ちた。
「……あ。オスカーの解除方法、聞いてない」
死なない程度には加減したけれど、治療したところですぐに意識を取り戻すかはわからない。
二人の近くに降りて自分の透明化を解除する。
オスカーは気になるものの、まずタグを縛りあげる。手足をそれぞれ念入りに縛って、それから体に手足を縛りつけるぐるぐる巻きだ。
二回裏をかかれたから、微動だにできないようにしておかないと安心できない。
「呪文も唱えられないようにしないと」
口にもロープをかませて、後ろで縛る。
「こんなものかしら……?」
他に動かせる場所がないか、縛れる場所がないかを念入りに確認する。それから、ある程度の治療をしておく。しゃくだから完全には治さない。ちょっとくらい痛い思いをした方がいいと思う。
その上で、更にアイアンプリズン・ノンマジックに閉じこめた。さすがにもう何もできないはずだと信じたい。
「で、オスカーの方よね……」
ドンドンと中からミスリルプリズンを叩いている。まだいつもの彼のようには見えない。
「魔法じゃないって言っていたのよね……。うーん……」
魔法じゃないならなんなのか。見当がつかない。




