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3 魔法協会登山訓練、想定外の訪問者


 午後は母の職場での研修が続いている。終わったら母と一緒に帰って家族で夕食を食べる生活に戻った。

 のにも関わらず、なんとなく父がムスッとしたような状態のまま、金曜日午後のお花見ピクニック、もとい魔法協会の登山訓練を迎えた。


(私が怒ってるんじゃなくて、お父様が不満なようにしか見えないのよね……)

 思うけれど言わない。


 それぞれでお昼を済ませてからの出発だ。夕食は魔法協会持ちで店に注文してあり、目的地に着いた後に何人かでホウキでピックアップ予定になっている。せっかくなら温かい方がいいだろうという配慮らしい。

 持ち寄ったのはそれぞれが飲みたい飲み物のみで、大量のお酒もある。


(どっちかっていうと夜の親睦会が楽しみな人が多い気がするわ……)

 内勤か登山参加かを選ばせたら、全員登山参加だった。内勤の後で夕食ピックアップ隊に加わって移動するオプションもあったけれど、選んだ人はいない。

 歩きながら飲むための水分以外は、魔道具のじゅうたんに乗せられた。こちらも夕食と一緒に運ばれてくる予定だ。


 ホワイトヒルから一番近い低山キャンポース山は、ホウキで十五分くらいの距離にある。

 標高は七百メートル弱。低い丘がほとんどのこの辺りでは珍しい高さだ。傾斜はゆるく、なだらかな場所が多いため、山頂までの距離は長い。

 休憩を挟みながら三、四時間くらいで歩いていく予定になっている。もし歩ききれずにタイムオーバーになった人がいても、ホウキで飛べばすぐだから、魔法使いは気楽なものだ。

 二人が並んで通れるくらいの細い登山道が整備されている。危険な魔獣の目撃例はなく、観光登山向けの山だ。


 登山道の入り口までホウキで移動した。

 他の登山客の姿がないのは時間帯だろう。この時間から普通に登ると、降りる途中で真っ暗になってしまう。自分たちは飲み会の後、ホウキやじゅうたんで帰る予定だし、明かりが必要なら魔法でいくらでも出せるため、関係ないだけだ。魔法使いは楽だ。


「数人ずつまとまって行動して、一人にはならないように。何かあれば私か部長に連絡魔法を飛ばすように。

 ムリはせず、適度に休憩と水分をとりながら登ること。予定時刻を過ぎても到着していない者には連絡魔法を送る。ホウキで山頂に来て合流するように」

 父が注意事項の後に、後は好きに登るように言った。


「私、お父様と登った方がいいんですかね?」

「今日の趣旨の話? 親睦会の時でいいんじゃない? 体力的にペースが違うだろうし」

「それもそうですね」

 オスカー、ルーカス、近くにデレクやダッジなど若手が集まっているあたりを歩いていくことにする。


「……ゆっくりだな」

「ゆっくりですね」

「そうかな?」

「このくらいのペースでないと最後までもたない気がしますが」

 ルーカスが不思議がり、ストンがルーカスの感覚を肯定した。

「確かに、普段の訓練より時間が長いですものね。ペース配分は大事ですよね」


「あー、ジュリアちゃんは毎日一時間半くらいオスカーとがっつり体動かしてるもんね。ぼくらとは感覚違うだろうね」

「走って行って戻ってきたい」

「このペースだと運動している感じはしませんもんね」

「……うん、好きにしたらいいんじゃないかな」

 ルーカスの声があきれているように聞こえるけれど、気にしないでおく。


「一人にはならないようにって言われているので、一緒に行っていいですか? ペースを落とさせてしまうのは申し訳ないのですが」

「……いや。ジュリアにムリがないペースで行こう」

 話しているところに連絡魔法が飛んでくる。

「? お父様でしょうか」

 なんだろうと思っていると、予想外な声がした。


『はあい、ジュリアちゃん? アイよ。今どこかしらあ? アナタがいる魔法協会に用があって来たのに、臨時休業っていうじゃない? アタシの用事は来週でもいいのだけど、ひとつ早めに話した方がいいことがあるのよねえ』

「アイさん?!」

 裏魔法協会のラヴァと約束した偽名だ。


「えっと……、どうしましょう?」

「魔法協会に用がある方は見当がつくけど、確かにそれは今日でも来週でも大差ないと思うよ。魔法協会的には週頭の方が助かるくらい。

 早めに話した方がいいことは……、うーん……、ジュリアちゃん、あるいはぼくらの、身の安全に関わること、とかかなあ」

「すみません、どっちもまったく見当がつきません……」

 ルーカスがわかりやすく言ってくれないのは、周りに聞こえるとまずいことなのだろう。


「先ほど話していた通り、自分とジュリアで先頭へ抜けられたらと思うのだが」

「うん、そうだね。それから返事をしたら?」

「そうですね。オスカー、いつものランニングより少し遅いくらいのペースでいいでしょうか」

「ああ。足元が悪いから気をつけて、場所によって調整してもらって構わない」

「わかりました。それでは、お先に」

 軽く声をかけて、前を行く先輩たちにも声をかけながら早足で横を抜けていく。


「ジュリア?」

「あ、お父様。オスカーと先に行っていますね」

「なっ……」

 引率のように一番前を歩いていた父を抜いた。

「私も行く!」

(……はい?)

「いや、エリック。歳を考えろ」

 ついて来ようとしたらしい父をヘイグが止めてくれた。ありがたい。


 そう経たずに魔法協会のメンバーは見えなくなった。オスカーは適度な位置で速さを合わせてくれている。

「ちょっとペースを落として、アイさんにお返事しますね」

「ああ」


『アイさん、ジュリアです。お返事が遅くなってすみません。今日は魔法協会の登山訓練で街から出ています。

 今は私とオスカーでみんなと離れているので、お話の内容を連絡魔法で送ってもらってもいいでしょうか』

 送って、少しペースを戻して登っていく。何を言われるかわからないから、なるべく全体と距離をとっておきたい。


 時々くだってくる登山客と挨拶を交わしつつ足を進める。思っていたよりも早く息が上がってくる。

「登っていくって、平地を走っているのと全然感覚が違うんですね」

「そうだな。思っていた以上に楽しい」

「ふふ。そうですね」

 ランニングハイみたいなものだろう。少しキツイけれど、確かに楽しくもある。


 一歩下がって彼と並ぶ。彼の存在を感じられて、見上げれば顔が見える位置がいい。

「……ジュリア」

「はい」

「ここでというのもなんなのだろうが……」

 オスカーが言いにくそうに前置く。何か重大なことを告白されそうな雰囲気だ。

「なんでしょう?」


「……少し、ジュリアに触れたい」

(ひゃあああっ……)

 ものすごくかわいいことを言われた。

 心臓が速いのは動いているからか、彼のそばにいるからなのかわからない。


「……はい。私も、です」

 答えながら、早足だったペースを少し落として、彼の指先に触れる。彼からも指を絡めてくれて、しっかりと握られた。つながった感じが嬉しい。

 ペースを落としていても、全体の動きよりは少し速いくらいだから、そう追いつかれることはないだろう。


「今週はルーカスさんが気を利かせて、月曜以外はお昼を二人にしてくれていたから、今までよりは一緒にいれた感じはあるのですが」

「昼休みが一瞬だったな……」

「ふふ。足りなかったの、私だけじゃないんですね」

 つないだ彼の手を軽く持ちあげて、そっとほほをよせる。大きくて力強いこの手が大好きだ。


「……次の開けた場所に出たら、少し水分補給のために休憩をとろうか」

「はい。そうですね」

 それは、一旦足を止めるということだろう。水分補給だけで済むのか。むしろオスカーを補給したい。

 そう思いながら登っていたら、上空からたくさんの蝶が寄ってきた。


「キレイですね」

「……プロテクト・シールド」

 近づく前にオスカーが防御魔法で弾く。

「麻痺系統の魔物だ。この山で見る種類ではないはずだが……」

「へえ? 冠位のお嬢さんと遊びに来たんだけど、おにーさんもおもしろいね?」

 上から聞き覚えがある声がした。


「……タグ?」

 裏魔法協会のもうひとり、十歳くらいの子どもの姿をしている魔法使いだ。ホウキを横にして座っていて、ボールを抱えて笑っている。

(なんで……!)

 驚いたところに連絡魔法が飛んでくる。


『魔法協会ってそんなめんどうな行事があるのねえ。アタシの用事は大したことないから、来週訪ねるわあ。

 先に話さないといけないのは、タグのことね。あなたと遊ぶって飛びだしちゃったの。

 あの子、探知系の魔物を使い魔にしているから、本気で探されたら見つかると思うわあ。気をつけてねえ?』


「……一歩遅かったです、ラヴァさん」

 頭を抱えたい。

 街中で仕事中に乗りこまれるよりはマシだったと思うべきか、難しいところだ。


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