2 未来予知を期待されて詰め寄られても困る
(にぎやかね……)
デレク・ストンを混ぜてランチに出ようとしたら、カール・ダッジがいるメンズグループと、比較的若いお姉様方にも捕まった。
オスカーと二人、あるいはルーカスと三人の時までは仲良しグループということで遠慮していたらしい。ストンがいいならいいだろうと言われ、久しぶりに大所帯のランチになった。
「俺、次の春までには結婚するから」
ダッジが機嫌よく報告する。お針子さんとの交際は順調なのだろう。
(前の時も確かそのくらいだったから、あまり変わらない感じかしら)
自分が研修を終えてウッズハイムに引っ越す前だったはずだ。
「あはは。そういうの、物語の世界だと死亡フラグって言うらしいよ?」
自分とは真逆の感想に驚く。ルーカスだ。
物語の世界というのはよくわからない。自分と違って、ルーカスは魔法関係の本以外もよく読むのだろうか。
「おまっ、縁起でもないこと言うな」
「むしろ言っておいた方がフラグが折れていいんじゃないかな」
軽いやりとりで、どっちもあまり気にしていなさそうだ。
「ダッジくんが死んだらきっとあたしが犯人だって疑われるんだわ……」
お姉様方のうちの一人、メリッサ・レイがくだを巻くように言って、全員が驚いて注目した。
去年の夏合宿で好きな男性のタイプを語ってくれたお姉様だ。少し前まで、いい相手に出会えたと浮かれていた記憶がある。
「って、お酒飲んでる?!」
「ちょっとくらいだーいじょうぶよ」
そう言って手にしているのは度数が高いお酒のロックだ。中身はもう半分もない。ざわざわしすぎていて、注文した時には気づかなかった。
ダッジがおそるおそる口を開く。
「俺、レイさんの恨みを買うようなことした?」
「してるわよ! ものすごく! あなたとジュリアちゃんとウォードくんが死ぬほどうらやましいわよ!!!」
「はい?」
ダッジの話だと思っていたら一緒に被弾した。メリッサとも仲良くしているつもりだったから、何を言われているのかがわからない。
「自分も、なのだろうか」
オスカーが困惑気味につぶやいて、ダッジが噛みつく。
「いや待てって。要は恋愛がうまくいってる組を見てられないんだろうが。
つい最近までお前も浮かれてただろ? 正に理想の人に出会ったって。背が高くてイケメンで金持ちで優しくて気が利いて……、みたいなことを言っていなかったか?」
メリッサがグラスに残っているお酒を一気に流しこむ。直後、しゃくりあげて泣きだした。
「うっ、ひぐっ……、だったの……」
(ん?)
肝心なところで声が小さくなって、よく聞き取れない。
「いや聞こえんから」
さくっとつっこめるのはさすがダッジだ。
「結婚詐欺だったのよおぉぉぉっっっ!!!」
(……ぁ)
ケモノの遠吠えのように叫ばれた言葉でやっと理解した。
去年の秋の終わり頃、何かアドバイスはないかと聞かれてそう言ったのを思いだす。
しんとして、誰も何も言えない。
空気をかち割ったのはルーカスだ。
「発覚、早かったね? 付き合って三ヶ月くらいでしょ? もう少し引っ張られるかと思ってたんだけど」
「待って、ブレアくん。なんでそんな、わかってましたみたいな顔してるの?」
「なんでって、レイさんが理想の人って言って浮かれてたから。詐欺でもないのにそんな男はいないだろうなって」
「ウソよ! いるはずよ! あたしの理想なんて高くないもの!!」
「うん、そう思ってるみたいだから、騙しやすそうだなって」
「ううっ……。ブレアくんが優しくない……」
テーブルにつっぷしたところでランチが運ばれてきて、メリッサがしぶしぶ顔を上げた。
「メリッサさんの理想、優しくて頼りがいがあって、誠実で包容力があって、素直でおもしろくて、最低限見た目がよくて、それなりの収入もあって、家事分担と子どものこともしてくれる人、でしたっけ」
夏合宿で話した時に他にもいろいろ言っていた気がするけれど、大まかにはこんな感じだったと思う。
「そうよ! 理想が高くなんてないし、普通にいるわよね?!」
「えっと……」
理想が高いのかとか普通にいるのかとかはわからないけれど、目の前にいるとは思う。けれど、それを言いたくないのは自分がずるいのだろうか。
ルーカスがカラカラと笑った。
「ジュリアちゃん、オスカーの方を見て心配そうにしなくても、まったく興味ないだろうから大丈夫だよ」
「え。でも全部当てはまってますよね?」
「ウォードくん? おもしろい要素ある?」
「一緒にいて楽しいですよ? 見た目も最低限どころか、世界一カッコイイですし」
言い切ったら諸先輩方が笑いをこらえた顔になった。何もおかしなことは言っていないはずだ。おかしい。
「まあ確かに見た目はいい方だとは思うけど」
(ぁ……)
すごく余計なことを言った気がした。メリッサにオスカーに興味を持ってほしいわけではない。
「あたしはあたしのことが好きな人が好きなの! ジュリアちゃんが来る前から一切興味なさそうだった朴念仁になんて用はないのよ!」
「あっはっは!!!」
ルーカスを筆頭に、こらえきれなくなったように笑いだす。オスカーだけは困ったように苦笑している。オスカーには申し訳ないけれど、ホッと胸を撫で下ろした。
「まあ、真理だよね。人はみんな自分のことが好きな人が好きだから。たまに歪んでる人もいるけど」
「向こうから一目惚れだって、好きだって言ってくれたのに!!!!!」
メリッサがお茶のグラスを取って流しこむ。
「それは私のですが」
「いいじゃないの、ストンくんのケチ!」
「酔いが回っているように見えますが」
「そうよ! 飲まないとやってられないわ!!」
「飲酒後の勤務は推奨できませんが」
「懲戒対象じゃないんだから固いこと言わないの!」
確かに禁止されてはいないけれど、普通は飲んでも少量だ。
店員にチェイサーとしてミネラルウォーターを頼む。仕事に戻る前になるべく薄めた方がいいだろう。
「ジュリアちゃんから気をつけてって言われてたおかげでお金は盗られないで済んだけど、あたしの心は満身創痍よ! 気持ちを返せっていう話よ!」
「え、ジュリアさんの予言?」
「ええ。結婚詐欺に気をつけてって言われた時はどういうこと?! って思ったけど、助かるのは助かったわ」
「俺に続いて二人目の的中じゃん。マジで未来視できんの?」
ギクリ。冷や汗が出る。一瞬で周りが沸いて、独身男女から我先にとアドバイスを求められた。
(ちょっと待って……)
ダッジの時もメリッサの時も状況として仕方なかったけれど、早まったかもしれない。
自分のは未来視ではない。前の時の経験だ。必ず同じになるとは限らない。自分が言動を変えたぶんだけ変わる、不確かな未来だ。
が、それを説明することもできない。時間を遡ってここにいることは、オスカーとルーカス以外には知られたくない。
「お願い、ジュリアちゃん! 結婚詐欺はもうかわしたから、今度こそ運命の人に出会わせて!」
中でもメリッサが一番熱心に頭を下げてくる。
が、前の時の彼女は結婚していないのだ。自分が結婚してからはホワイトヒルを離れていたから、浮いた話があったかもわからない。
「ジュリア」
黙って聞いていたオスカーが静かな声で言った。
「正直に話した方がいいと思う」
(え……)
心臓がざわついた。彼は、自分が周りに知られたくないことを知っているはずだ。
(なんで……)
オスカーが真剣な顔で続ける。
「ジュリアは時々夢が正夢になるが、コントロールできる力ではないのだろう? ダッジの彼女やレイさんの結婚詐欺は偶然見たに過ぎないから、それ以上の情報はない。違うか?」
(!!!)
思いがけない話に、オスカー大好きがあふれる。
ここは彼が作ってくれた設定に全力で乗るしかない。
「……はい。言いにくいのですが。ただの夢なのか、本当になるのかもわからなくて。試しに言ってみたら当たった感じで。すみません」
「あら、そうなの? 当たらなくてもいいから、今度夢を見たらまた教えてくれる?」
「えっと……、はい。当たらなくてよくて、もしメリッサさんが夢に出てきたら」
他のメンバーもそれで構わないという。
(助かった……!)
考え得る限りベストだ。何か気になることを思いだしたら夢に見たと言って相談できるし、何もなければ見ていないことにすればいい。
久しぶりの大所帯のランチはそのまま雑談に流れて平和に終わった。
オスカーのおかげだ。もう何度守られたかわからない。何度、普段はウソをつかない彼にウソをつかせてしまっただろう。
たくさんの感謝が積み上がっていくばかりだ。
(オスカー……、大好き)
【関連話】
第2章19話 ジュリアさんタイム①
第3章11話 結婚詐欺に気をつけてください
第4章29話 [ルーカス] 師匠問題の報告とあの二人の正体
第5章10話 猛獣使いの称号を手に入れた
(2024.8.28 メリッサ・レイの名前追記)




