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1 平和だけどめんどうな日常


 ホワイトヒルはすっかり春めいてきている。ファビュラス王国に行く時にはホットローブがほしいが、普段はもう必要ない。


(オスカーがくれたホットローブ……)

 必要ないけれど着ていたい。魔力を流さなければ普通のローブと変わらないから、着れないわけではない。

 そう思ってしばらく粘っていたけれど、見る人が見ればホットローブだとわかるから、もう季節感から外れてしまう。

 今日はだいぶ暖かい。残念だけど、次の冬までお休みだ。代わりに彼がくれたハンカチを持って、父と出勤する。


「おはようございます」

「おはよう」

「はよ、ジュリアちゃん」

 オスカーとルーカスも先週までより少し気が抜けているように見える。ファビュラス王国の一件が落ちついたからだろう。


「そういえば、バーバラさんから、もう春になるけどピカテットの新年会はいつできるのかってものすごく催促されているのですが」

「あはは。もう全然、新年会じゃないね」

「ルーカスさんがよければ、今週末にでもユエルを連れて山に行きませんか?」

 どこの山とは言えない。ただの山なら言っても大丈夫なはずだ。


 話がわからない時には入ってこないデレク・ストンが声をかけてきたのは、少し話題がわかる気がしたからだろうか。

「ジュリアさんは、最近よくルーカス・ブレアともいるようですが。グループ登山なら私も入れてほしいのですが」


 思いがけない希望にちょっと困りつつ尋ねかえしてみる。

「ストンさん、山に登るんですか?」

「嫌いではありませんが。多少は体力づくりをしないと健康によくないので。この辺りの低山はほどよい季節になっていると思いますが」


「なんだ、山登りか? 花見にもいい時期だし、みんなでピクニックでも行くか?」

 話を聞きつけた臨時依頼部門の部長、コーディ・ヘイグが参戦してくる。

(断りづらい……)


「いいですね、ヘイグ氏」

 味方だと思っていたルーカスがまさかの同意を返した。

「ルーカスさん?」

(なんで?!)


 ルーカスは今回の山の話をクロノハック山だとわかっているはずだ。ピカテットの会の催促もあるし、オスカーとゆっくりする時間だってほしいし、ファビュラス王国と貧民窟の様子は見に行きたいし、オスカーとゆっくりする時間がほしいし、秘密基地の家具の受け取りもあるし、オスカーとゆっくりする時間が切実にほしい。

 みんなで登山に行く予定をねじこむ余地はないのだ。


 ルーカスがニヤッと笑う。

「いっそ半日くらいここを閉めて、みんなで登山訓練に行くのもアリじゃないかな。健康づくりと福利厚生を兼ねて。ジュリアちゃんの外部研修がない金曜日とかに。魔法使いは運動不足になりがちだから、そういうのも必要だよね」


 まさかの仕事時間にねじこむつもりだった。その発想は全くなかった。ルーカスの頭の中はどうなっているのだろうか。


「ああ、それもアリか?」

 そう言ってあごに手を当てたヘイグが、すっと声をひそめた。

「最近ずっとエリックがジュリアさんのことで悩んでたし、気分転換にはなるだろうな」

「はい?」

 ヘイグは何を言っているのか。

「父が私のことで、ですか?」


「おう。毎日帰りが遅くなってるって。ジュリアさんが不良になったか、嫌われて避けられてるかだろうって。ここ数週間はうるさいな」

「あー……」

 ここ一ヵ月以上、毎日ファビュラス王国に行っていたからだ。

 夕食後にオスカーと二人で前王と前王妃の亡霊も演じてから帰っていた。どうしても遅い時間になってしまったのは仕方ない。


 キャンディスも帰りが一緒だったから、預かっているよそのお嬢さんをあまり遅くまで連れ出さないようにと言われたことがあったか。オスカーとのことには口を出さない約束だけど、それはまた別として。

 自分が答える前に、デビルなキャンディスが「こちとら大事な用があんだよ」と答え、父が口の悪さを指摘しそうな顔になったから、慌ててキャンディスを部屋に押し込めて、自分も父を避けた記憶はある。

 以降、キャンディスといる時にも口を出されなくなった。


「俺からすれば、何言ってるんだって感じだけどな? 嫌っていたら一緒に出勤しないだろうし、ジュリアさんが不良だったら世の中みんな不良だ」

「前者はそうですが、後者は過言かもしれません……」

 出勤については、前の時は一緒にしていなかったのだ。嫌いというか苦手で、距離をとっていた。それを考えると、前よりはまだ関係が近いと思う。


「あはは。クルス氏からすれば、口出すな宣言からそう経たないうちに、毎日娘の帰りが遅くなって気が気じゃないんだろうね」

「確かにタイミングは悪かったかもしれませんね。私にとってはよかったのかもしれませんが」

「今日からは元通り?」

「はい、そのつもりでいます。時々は出てもいいですけど。毎日は私も疲れました」

「だよね。ぼくも」


「自分は楽しかったが」

「ぼくらを体力オバケのオスカーと一緒にしないで……」

「まあ、オスカーを眺めていられるのは楽しかったですが。この一ヵ月でいっそう引き締まった感じがしますよね」

「お前たちはどこで何をしていたんだ……?」


 ヘイグが不思議そうにしたのをルーカスが軽く流す。

「あはは。話を戻して、ぼくとヘイグ氏でクルス氏にかけあってみようか。春のお花見ピクニック、もとい登山訓練と懇親会」

「怒られませんかね? ここを閉めて行くなんて、仕事をなんだと思ってるんだとか」

「言って、クルス氏も魔法使いだからね。魔法使いの中だとちゃんとしてるってだけで、お役所みたいなことは言わないんじゃないかな」


 ルーカスがヘイグを連れて足取り軽く父の元へと向かう。

 小さめの声で話していて、内容までは聞き取れない。

 そう経たずに、大きなマルのジェスチャーが返ってきた。すぐにルーカスたちが戻ってくる。


「さっそく今週金曜の午後を臨時休業にして行こうってさ。仕事時間だからなるべく全員参加で、イヤな場合は内勤で雑務を片づけてもらってもいいって」

「すごいですね。どうやって交渉したんですか?」

「俺が言った方が聞くかと思ってたんだが。決め手はルーカス・ブレアだな。『ジュリアちゃんの希望を叶えていいところを見せた上で、開放的になる花見の間に仲直りしてみたら?』だと」


「ルーカスさん……」

「あはは。それが一番手っとり早そうだったからね」

「仲直りもなにも、ケンカをした覚えはないのですが」

「クルス氏はそう思ってなさそうだよ?」

「通勤は一緒に出てくれるが無言だし、研修中も話はしてくれるが難しい顔をしているってのも言ってたな」

「それ、完全にただ考えごとが多かっただけです……」


「口を出さないように言われた件で、クルス氏の中にはジュリアちゃんに嫌われたっていう前提があるんだろうね。

 だから全然関係ないきみの言動が全部自分が嫌いっていう裏づけになってるんじゃないかな」

「また面倒な……」

 自分は父を中心に生きているわけではないのだ。そんなにいつでも父のことを考えてはいられない。むしろずっとオスカーのことを考えていたいのに、それもままならない状況が続いている。


 父の相談を受けていたらしいヘイグがあごに手を当ててまとめる。

「要は、ジュリアさんは最近何かと忙しかった。別にエリックに思うところがあって家をあけていたわけではないし、不良になって遊び回っていたわけでもない。

 同行していたのはオスカー・ウォードとルーカス・ブレア。つまりずっとデートだったわけでもない。それをエリックが勝手に勘違いしている、ということだな?」

「その通りですね……」


「どこで何をしてたのかを話すってのが一番簡単な気がするが」

「それはちょっと……」

「勘違いさせたまま仲直りしちゃった方が簡単だと思うよ。へたに説明しようとすると逆に面倒になる気がする」

「まあ、そうですよね……」

 重い話に関わっていて、家の方にまで気が回っていなかったのは確かだ。落ちついた今、少し父に優しくなっておくのもアリだろう。


「ルーカス・ブレアが行ける場所なら、今後は私も同行したいのですが」

 仕事に戻ったと思っていたストンが唐突にぶちこんできた。

 何も知らないストンからすれば理屈は通っているのだろうけれど、それは困る。

 ルーカスが行ける場所全てにストンは関われない。自分の秘密を知っているかどうかの差は、オフェンス王国を切り離した絶壁くらい深いのだ。

 とはいえ、むげにするわけにもいかないだろう。いつも気にかけてくれる先輩の一人ではある。


「人に会っていることが多くて、それは難しいのですが。今日のお昼はご一緒しますか? オスカーとルーカスさんがよければ」

「まあ、今日はいいんじゃないかな。ストンさん、ぼくは仲間扱いなのに自分が違うのが寂しいんだろうから、仲間に入れてあげよう」

「あなたに解説されると非常に不快なのですが」

「あはは」


「今日くらいなら自分も構わない。が、今日だけだ」

「ああ、ストンさん、気にしないで。前にたまにならって言ったら毎日押しかけてきた人がいて、オスカーは警戒して強めに言ってるだけだから。時々ならたぶん大丈夫」

「あなたに味方されるのもなんだか気持ち悪いのですが」

「あはは。ストンさんってほんとぼくのこと嫌いだよね」


「え、そうなんですか? 仲がいいのかと思っていました」

「……ジュリアさんは、仲よくしてほしいですか?」

「それは、もちろん。ルーカスさんは信頼する友人ですし、ストンさんは頼れる先輩ですから」

「……善処しますが」

 ルーカスがニヤニヤ笑っている。ストンと仲よくできそうなのが嬉しいのだろう。


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