48 クラフティ卿からの異議申し立て
ノックされたドアを開けずに、声だけでジャスティンが応じる。
「用件は?」
「キャンディス様、ジャスティン様、至急の謁見希望が来ております」
ジャスティンの顔に緊張が走り、先ほどまでより低いトーンで尋ね返す。
「クラフティ卿ですか?」
「はい」
クラフティ卿と呼ばれる人物は一人しかいない。クラフティ公爵家当主。失脚させて捕らえたドウェインの父親だ。
「すぐに行きます。謁見の間で待機させてください」
「かしこまりました」
使いに来た足音が遠ざかってから、ラヴァが妖艶に笑う。
「ここまで予想通りだなんて、ルーカスの坊やは恐ろしい子ねえ」
「そう? 起きて当然のことしか起きてないんだけどね」
「見事にシナリオ通りだな」
満足げに言うオスカーにジャスティンが続く。
「けっこう本気で臣下にほしいです」
「あはは。友人としてなら、困ったら相談に乗るよ」
「それは頼もしいですね」
ジャスティンがキャンディスを起こす。
「キャンディス。クラフティ卿です。行けそうですか?」
キャンディスがパッと目を覚まし、憂うつなまなざしに決心を宿す。
「……行くわ」
「お二人に防御魔法をかけ直しておきますね。上位魔法十回くらいなら無傷で防げるので安心してください。
普通の剣ならむしろ剣が折れますし、強力な素材でも刺さらないはずです。
ゴッデス・プロテクション」
ラヴァが苦笑気味に目を細めた。
「最初に領主邸で会った時にジュリアちゃんが魔法を使えないふりをしていなかったら、アタシたちは一網打尽だったんじゃないかしらあ」
「すみません、それは否定しません……。けど、あの時は誰にも明かしていなかったので。オスカーとルーカスさんにもご迷惑を」
「いや、むしろ自分が力不足だった」
「オスカーの坊や? あそこにいなかったわよねえ?」
「はい、ムダ話はおしまい。行こうか」
ルーカスがパンと手を叩いて注目を集め、笑顔で話を切る。あのローブの子が実はオスカーだったということを、わざわざラヴァに説明する必要はないということだろう。
「私たちは完全透明化をかけて控えていますね。予定通り、もし戦闘になったら制圧して、それが終わったら今日のところは引き上げ、また今度様子を見に来ます」
「はい。お願いします」
「顔を見られたくないし、何が起きているかわからない方が向こうは怖いだろうからね。
それに、いるのかいないのかわからないと、いなくてもいるかもって考えて、ぼくらがいない間の牽制にもなるしね」
「ほんと、恐ろしい子……」
ルーカスもラヴァに引かれている。方向性は違うけれど、ちょっと仲間ができた気分だ。
「王宮の中が私とオスカーとルーカスさん、王宮の外がブロンソンさんとラヴァさんですね」
「おう。オレが中で戦ったら王宮を壊す気しかしないからな。ジャスたちがこれから使うならまずいだろ」
「同じく、ねえ。アタシは派手な魔法の方が得意だから」
ラヴァと戦った時に主に使っていたのは巨大な火炎と竜巻などの風だった。王宮の中で使われたら建物がひとたまりもないだろう。
ジャスティンとキャンディス以外の全員に、かかっているメンバー以外には声も聞こえなくなる完全な透明化をかけて、最後の作戦に入った。
クラフティ卿、ドウェインの父は、ギラついている落ちくぼんだ目をした太身低身長の男だった。
「キャンディス様! 先ほどの一件を耳にしました。お戯れはおよしください。あなたは確かに我が息子を伴侶と認め、王宮に招かれたはず。突然のくら替え、しかもその場で拘束とはどのような了見でしょうか」
「クラフティ卿。お会いするのはいつ以来でしょうか。わたしはずっとドウェイン様に身の自由を奪われておりました。あなたにさえお目にかかっていなかったのが何よりの証拠ではありませんか?」
「お体を壊されてのご療養とのこと。回復されたようでしたら何よりですが、この度のことはあまりにご無体かと。ドウェインだけでなく、ご自身の子まで王宮から出したそうではありませんか」
「そもそもアレはわたしの子ではありません。その証明は、みなの前で済ませております。
王族を騙ったことは極刑に値するところ、まだ幼子であり本人は何も知らなかったこと、その母が迎えに来ていたこと、彼女もまた謀られていたらしいことから、情状酌量といたしました。不服ですか?」
「我が孫ではないと?」
「それはわたしの知るところではありません。子の父がドウェイン様であれば不貞のそしりとなり、そうでなければ、どこからかわたしたちに似た者を連れてきたのでしょう。どうぞ正規の面会手続きにて、獄中のドウェイン様にご確認ください」
「我が息子を解放する気はないと?」
「明るみに出さなくてはならない問題の調査が済むまで、そしてその裁定が終わるまで、ドウェイン様は拘束させていただきます」
「話にならないな。なんの話をしているのかがまるでわからない。
キャンディス様、あなたご自身の意思でそのようなことを言われ、行動されるはずがない。
わしの知るジャスティン・デートンにも不可能だ。
故に、そこにいるジャスティン・デートンはニセモノであり、あなたをたぶらかして政権を狙う悪しき何者かであると判断する」
クラフティ卿が緊急笛を鳴らす。
ドタドタという足音がして、
「ここは立ち入り禁止だ。うわっ、何をするっ」
城の衛兵の声が続き、剣を交える音が聞こえ、すぐに謁見の間に私兵がなだれこんでくる。数十人単位だ。何人か魔法使いも紛れているように見える。
「王宮の外にも人員を配置している。キャンディス様、どうか思い直して、ドウェインとよりを戻してはもらえまいか。
それさえ叶うなら他は目をつむろう。例えばジャスティンに似たその男を侍らせることも。
そうでなければ、我が公爵家の力をもってその不審者を排除せざるをえない」
ジャスティンが初めて口を挟む。
「クラフティ卿。やり方がドウェインと同じですね。いいえ、あなたの黒い部分が拡大再生産されてドウェインになったと言うべきか。
できるものならどうぞ。私たちはもう、脅しには屈しません」
ジャスティンが剣を抜く。先ほどの通常の剣ではなく、彼が作った魔道具の、魔法を吸う剣だ。
「……ジャスティン・デートンを名乗る不審者を拘束しろ。キャンディス様をお救いするのだ」
クラフティ卿の配下が剣を振りかざし、魔法使いは詠唱に入って、ジャスティンに襲いかかる。




