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46 ホープ。望まれなかった命にも希望があるように。


 ファビュラス王国に関わって一ヶ月と少し経った頃、王子の母親にふんしたルーカスが、国王であるドウェインから招聘しょうへいされた。

 そろそろしびれを切らすだろうというルーカスの予告通りだ。透明化して一緒に見守っていたオスカーとハイタッチをして、事前に言われていたシナリオを進める。


 ジャスティンの部屋で待機していた他のメンバーを連れて、謁見の間の近く、衛兵の死角に空間転移した。

 オスカー、ラヴァ、ブロンソンと自分は透明化状態だ。ルーカスやジャスティンたちと会話ができるように、完全透明化ではなく声は聞こえる方をかけている。

 念のために、キャンディスとジャスティンには防御魔法をかけておく。急に魔法の攻撃を受けたとしても無傷でいられるはずだ。


 キャンディスとジャスティンが謁見の間の前の衛兵の方へと進み出ると、衛兵たちは驚いた後にうやうやしく頭を下げた。

 キャンディスがしぐさで示した「しー」も守って、声を上げずに扉を開けてくれる。

(二人とも、本当にしたわれているのね)

 これなら作戦も、作戦の後も大丈夫だろうと思う。


 ブロンソンは体が大きくて人にぶつかりそうなため、何かあった時の要員として謁見の間の外に待機したままでいてもらう。

 オスカーが先に踏みこんで、ドウェインとその私兵を制圧しやすい場所に位置どり、ラヴァと自分はキャンディスとジャスティンを守りやすい所に立つ。

 キャンディスが最初に入ってその場を制して、そこにジャスティンがつき従ったように周りには見えただろう。



 ルーカスが無事に王子を連れだせたところで、制圧と護衛をオスカーたちに任せてその場を抜ける。

 城を出て裏路地に入り、人目がなくなったのと同時にルーカスに小声で声をかける。

ルカ(・・)さん、空間転移しますね」

「うん、お願い」

 王子に聞こえても問題ないように、ルーカスを偽名のルカで呼んだ。母役の名はルカ・ブレアということになっている。


 ルーカスの、子どもとつないでいない方の手をとって空間転移を唱える。

 転移先は、ルーカスの実家がある街の宿屋の一室だ。そろそろかという頃から抑えておいた。

 ファビュラス王国からは遠く離れている。これでもう、ドウェインは絶対に子どもの足取りを追えないはずだ。


 子どもが大きく目を見開いた。突然目の前の景色が変わって驚いたのだろう。

「ここは……?」

 きょろきょろと辺りを見回している間に隣の部屋で透明化を解いて、元からその部屋に居たような感じで二人がいる部屋に入って言葉をかける。


「こんにちは、ホープくん」

 一刻も早く前の名前を忘れてもらうために、呼び方は新しい名前「ホープ」で統一するように言われている。


 知らない人に驚くホープに端的に自己紹介をする。

「お母さんのお友だちの魔法使いです」

「魔法使い……?」

「まずはホープくんのケガを治してもいいですか?」

 ホープがビクッとして顔をこわばらせる。


「なんで、知って……。お父さんが誰にも知られちゃいけないって……」

「誰かに知られたらもっとひどいめにあわせる、と?」

「僕がいけないの。僕がちゃんとできない悪い子だから。……あ、……悪い子、ですから」

「それは違います。あなたのお父さんが、あなたを大事にする関わり方を知らないだけです」


 ルーカスがこの作戦を決めた時、それが最善だとは思いつつも、子どもを親元から引き離すことには罪悪感があった。

 けれど、その後、王子の現状を聞いて一刻も早く連れだすべきだと思った。

 子どもを育てるのではなく「王子」を育てるために、ドウェインも、その息がかかった家庭教師も、まだ物心もついていない幼い子に手をあげていた。食事をとらせず寝させずに遅くまで勉強させることもあったようだ。

 子どもを持ったことがある一人の母として、あり得ないことだと思う。子どもがいるべき環境ではない。


「ヒール」

 ケガの程度は事前に把握してある。服で隠れる部分の打撲が中心だ。体が小さいこともあり、普通の回復魔法で足りるだろう。

「まだ痛むところはありますか?」

 ホープが自分の体をパタパタと触って、驚きに目を丸くする。

「ぜんぜん! すごいっ!」

「それはよかったです」


 変装したままのルーカスが目を細める。

「じゃあ、行きましょうか」

「どこに?」

「お母さんのお母さんの家よ。お母さんは病気だからいつも一緒にはいられないけれど、お母さんのお母さんやお姉さんたち、あとお母さんのお父さんも、ずっとホープと一緒にいてくれるわ」


「おばあちゃんとおばさんたちと、おじいちゃん?」

「ええ。よく知っているわね」

「うん!」

 褒められたホープが泣きそうなくらい嬉しそうにうなずく。今までそんな当たり前のやりとりもなかったのかもしれない。


 裏工作をしている期間の休日に、オスカー、ルーカスと三人でルーカスの実家に足を運んで話を通してある。

 仕事で知り合った貴族の家で、母親が子どもを殺したいくらい憎んでいて、実際に殺してしまいそうなこと、父親も手をあげている状態であること、そこから助けるために一芝居打ちたいこと、その子をこの家の子として育ててほしいこと。

 それを伝えるとルーカスの姉たちが率先して、さっさと引き離して連れてくるようにと言ってくれた。


(みんな気が強そうだったけど、いい人たち……、おもしろいお姉さんたちだったわね)

 その場で今日のルーカスの格好のお披露目もしたら、全員大爆笑していた。

(今日は笑わないでくれるといいんだけど)

 にぎやかで、思いだすだけで笑みが浮かぶ。


「ホープ。……あなたの本当の名前は、ホープ・ブレア。今までのイヤなことは早く忘れましょうね?」

「はい、お母さん!」

 いい笑顔だ。

(ルーカスさん、さすがです……)


 どくしんのルーカスが、一児の母になる日が来るとは夢にも思わなかった。



 ルーカスの実家にホープを預けた後、宿屋に戻ってルーカスが変装をとく。直接ルーカスの実家から空間転移をしないのは、その魔法を使えることを知られないためだ。

 自分の保身のためでもあるし、ホープのためでもある。空間転移が使える魔法使いの存在がなければ、ファビュラス王国の王子とホープにつながりが見いだされることはないはずだ。

(ホープくんにだけは見せるしかなかったけど、これだけの長距離を移動しているとは思わないわよね)

 幼い彼の記憶が風化していくのを願うしかない。


 あの家で育てば、教育虐待を受けていた記憶もいつか薄れていくだろうか。そんな父がいたような気はするけれど、母は病気を持ちながらも自分を愛してくれていた。そう思えたら、この世界に希望を失わないで済むだろうか。


 ホープという新しい名前は、キャンディスとジャスティンを除いたみんなでいろいろと考えて決めた。


 希望ホープ。本当の母から望まれなかった命にも希望があるように。


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