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45 [ドウェイン] あの女は誰なんだ?!


「国王陛下! あの女は誰なんですか?!」

「そんなのはこちらが聞きたい!」

「そのようなごまかしが通じるとお思いか!」

 日に日に詰めよられることが増えて頭を抱えた。

(一体なにが起きているんだ?!)


 ドウェイン・ファビュラス。その名を得て国王になってから五年ほどになる。いろいろと問題はあったが、こんなにも訳がわからないことは初めてだ。


 全ての始まりをたどると、ひと月ほど前だろうか。

「わたしの子を返してください!」

 城の前でそう訴える女がいると門番の報告を受けた。

「キチガイだろう。放っておけ」

 それだけの話だった。


 城の中が「王子に似た女」のウワサで持ちきりになるのにそう時間はかからなかった。

 望遠鏡で確認したところ、まったく見覚えがない女なのに、おそろしいほど王子によく似た顔立ちをしていた。

 初めて現れてから毎日、風の日も大雪の日も夕方になると現れて訴え続けられた。

 ほどなく、街でも悪評になっていると臣下から責められ始めた。


「その女を捕らえて牢にでもぶちこんでおけ!」

「つまり国王陛下にとって都合が悪い女であり、王子殿下の実母であるとお認めになると?」

「どうしてそうなる!」

「法を犯していない女性を捕らえるとはそういうことでしょう」

(ええい! 忌々(いまいま)しい!)

 秘密裏に消そうと後をつけさせても巻かれてしまって、訴えに来る時以外は消息がつかめない。まさに目の上のたんこぶだ。


 イヤなことを少しでも忘れようとキャンディスを訪ねても、いつでも眠っているようになった。同じくらいの時期からだ。

 初めは無抵抗なことを喜んだが、無反応は味気ない。デビルに拒否されていた方がまだマシだった。

 血色はいいし、食事はとっているようなのに、一向に起きているところに会えない。医者に見せても過眠の原因はわからないと言われた。


 異変はそれだけにとどまらない。

 夜、自室に戻ると前王と王妃の姿を見るようになったのも同時期からだ。

 生きているはずがないのに、投影ではなく生身に見えた。何も言わないし、近づこうとするとスッと消えてしまうから亡霊には違いないのに、確かな存在感があるのだ。

(今更なんだというんだ! 死人に口なしではないか!)

 日によってはキャンディスの部屋に現れることもあった。忌々しい。


 寝られない日が続いた。



 王子の出自を証明するために、訴えに来た女と、キャンディスの子を取りあげた産婆を招聘しょうへいした。

(これでやっと終わるな……)

 王子は間違いなく自分とキャンディスの子だ。産婆が証言すれば問題が片づくはずだ。簡単なことなのだから、もっと早いうちにやればよかった。


 肩の力を抜いたところで、産婆が想定外のことをほざいた。

「あの日、キャンディス様のお産だと呼ばれた部屋にいたのはこの方でした」

「待て。何を言っている?」

「国王様。私にはこれ以上隠し通せません。王子が本当はこの国の王族の血筋ではないなどと……」

「お願いします! わたしの子なんです。返してください……」

 涙ながらに訴える女は真に迫っている。


「そんなはずはない! 俺は確かにキャンディスに産ませたんだ!」

「ドウェイン様。もうそのようにわたしをはずかしめるのはやめてください」

 凛とした声がその場に響いた。

「キャンディス……?」

 しっかりと身なりを整え、王族然としたキャンディスが正面の扉から入ってくる。

「どうやってあそこから出たんだ……?」


「キャンディス様! お久しうございます」

 臣下たちが深くこうべをたれる。まるで本当のあるじが現れたと言わんばかりだ。

「みなさん、どうぞ顔をお上げください。わたしは、真実を隠すために、ずっとドウェイン様に監禁されていました」

 辺りがざわつく。そんなことはあってはならないという声が上がる。

「まず、わたしの監禁場所を見つけだし、救いだしてくれた最愛の人に感謝を」


「もったいないお言葉です、キャンディス様」

(ジャスティン……!?)

 キャンディスの横に控えたのは、まぎれもなくジャスティン・デートンだ。昔の姿そのままに、護衛騎士のようにつき従っている。

(そんなバカな……!)

 ジャスティンの顔を知る臣下は多い。失踪するまで、公爵家の跡取りとして、キャンディスの婚約者として、よく王宮に出入りをしていたからだ。

 その帰還を喜ぶ声しか聞こえてこない。あいつは昔から支持が多かった。忌々しい。


 キャンディスが声を張った。

「王子はわたしの子ではありません。わたしはドウェイン様を拒否し続けています。わたしと彼の子であるはずがありません」

「何を言いだすんだ、キャンディス!! 俺は確かに……」


「拒否するわたしをムリやり犯しましたか? 脅して黙らせて、何度も……?」

(何を言っているんだ……!)

 そんなことがおおやけになっていいはずがない。キャンディス自身にとっても醜聞しゅうぶんではないのか。


「いいえ。いいえ、ドウェイン様。さすがのあなたも、そこまで極悪非道(・・・・・・・・)ではありませんよね(・・・・・・・・・)?」

「キャンディス……?」

「わたし、キャンディス・ファビュラスはここに、わたしの体がまだ清らかなことを宣言します。

 証明が必要でしたら、どうぞアイテム鑑定士をお呼びください。この場で『処女の涙』を鑑定してもらえばわかるはずです」

 辺りがざわついて、実務担当の者が手配に飛んでいく。


「待て。俺は指示していない」

「国王陛下、……いえ、ドウェイン様。あなたの現在の王位はキャンディス様と王子殿下に付随ふずいするものであり、あなた自身のものではありません。

 他の誰でもないキャンディス様があのように主張されているからには、真偽を確かめる必要があります」

 残っている中では古参の臣下の言葉に、誰もが深く頷いた。忌々しい。


 短い待ち時間に、ジャスティンが臣下たちに囲まれる。

「息災で何よりです、ジャスティン・デートン様」

「お変わりないようで」

「どうにかキャンディスを救いだす手段を講じるため、私も姿を隠さざるをえませんでした。みなには苦労をかけて申し訳ありません」


(ウソをつけ……! お前の影すらなかったのに……!)

 秘密裏に始末するために、私兵に国内はくまなく探させたのだ。国外も時折探させていたが、まったく足跡はつかめなかった。今更どこから現れたというのか。


 そう経たずに王宮所属の鑑定士が連れられてきた。必要な道具も揃えてきたようだ。

「キャンディス様、涙を誘発する薬剤を使っても?」

「かまいません」

(何を考えているんだ、キャンディス……!)

 間違いなく手は出している。王子は自分とキャンディスの子だ。こんな茶番でひっくり返るはずがないのだ。


 誰もが固唾かたずを飲んで結果を待つ。

 素材鑑定用の魔道具が明るく光った。


「間違いありません。キャンディス様は清らかなお体です」

「なんだって?! そんなバカなことがあるか!」

 しばらく黙って控えていた、王子の母親を名乗る女が再び涙ながらに訴える。

「王子は私の子です。どうぞ返してください」

「わたし、キャンディス・ファビュラスが許可します。どうぞこの方に連れ帰らせてください。長年、引き離してしまって申し訳ありませんでした」

「おお、キャンディス様! このご恩は一生忘れません……!」

 女が感極まったように泣き崩れる。


(だからお前は誰なんだ……!)


 臣下が王子を連れてくる。

「おお、ホープ……!」

「僕はホープじゃないです。あなたは誰ですか」

「お母さんよ、ホープ。あなたの本当の名前はホープ」

「お母さん……?」

 きょとんとして、それから嬉しそうな笑顔になる。

「僕、ずっとお母さんに会いたかったんです。でもお父さん……、国王様が、お母さんは病気だから会えないって」


「そうなの。お母さんは病気だから毎日一緒にはいられないけど、お母さんの家で、お母さんのお母さんやお姉さんたちと暮らしてくれたら、時々会いに行くわ。約束よ」

「嬉しいです、お母さん」

「いや、待て……」

「……国王様、失礼します」

「なっ……」

 息子が他人行儀な挨拶をして、女と手を繋いで笑顔で出ていく。


 が、おかしい。母親であるはずはないのだ。

(あの女は誰なんだ……!)

 すぐに私兵に探させるしかない。王子は取り戻さないといけない。取り戻しさえすれば、他の方法で血縁を証明できるはずだ。


「重ねて、王位継承権保有者であるキャンディス・ファビュラスが宣言します」

 気を取られている間にキャンディスが再び声をあげた。


「ドウェイン・クラフティはわたしを監禁して婚姻の事実を捏造ねつぞうし、違法に王位を得たため、ここにその全権利の剥奪はくだつを命じます。

 代わりに、ジャスティン・デートンをわたしの正式な伴侶として、結婚式と就任式が終わるまでは国王代理とし、その後、正式な国王として任命します」


「待て、キャンディス! そんな横暴が許されると……」

「ドウェイン・クラフティには前王と王妃の暗殺疑惑もかかっています。衛兵、拘束しなさい」

「はっ!」

「キャンディス!!」


「余罪も追求します。ドウェインが在位中に事故にあった者、家族や親しい者が事故にあった者は、調査をさせるので申し出てください」

 辺りがざわつく。何人もが前に進みでる。

(待て。半分は覚えがない! ただの事故だ!!)


「魔法使い! 俺を助けろ! 俺はこんなとこで捕まるわけにはいかないんだ!」

 護衛として控えさせているのは子飼いの魔法使いだ。ジャスティンとキャンディスの一件からの長い付きあいになる。そのへんの衛兵よりよっぽど強い。


「アイアンプリズン・ノンマジック」

 何もない空間から知らない男の声がした。

 護衛の魔法使いだけを囲うように鉄格子の檻ができる。

「何をしている! そんな檻ごとき、魔法で簡単に……」

「ムリです、ドウェイン様。この檻、魔法封じです。向こうにはあっしより上の魔法使いがついています」

「そんなバカなことがあるか! どこにいるというんだ!」


 首元に剣の切先が突きつけられた。ジャスティンだ。

「その剣は……」

 昔、自分が刺されて、証拠として確保していたジャスティンの剣だ。いつの間に持ち出されていたのか見当もつかない。


「チェックメイトです、ドウェイン。私たちの悪夢と同じようにあなたが見た夢も終わり、ここで夢の内容が入れ替わります。どうぞ身辺には気をつけてお過ごしください」

 言われる間に衛兵に拘束される。護衛の魔法使いが閉じこめられた檻はひとりでに浮きあがってついてくる。

(魔法使い……? 魔法使いめ……!)

 そうは思うけれど姿すら見えない。


 冷ややかな視線を向けてくるキャンディスと目が合った。

「キャンディス……。お前は、少しも俺に愛着がないのか……?」

「どうぞご自身の胸によく耳をあててみてください。恨まれる以外のものがありそうですか?」


「……俺はお前を愛したのに」

「愛? ひとりよがりのそれはただのあなたのエゴ、あなたの欲望です」

「んぐっ……」

 口にロープを噛まされて、頭の後ろで縛られた。誰もいないのに何が起きているというのか。


 ジャスティンがフッと、見るだに腹立たしい笑みを浮かべる。

「もう黙れということみたいですね。どうぞ目に見えない精霊たちのことも、あまり怒らせないように。大人しく連行されてくださいね」


(精霊……? そんなものがいてたまるか!!!)


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