42 二組のバカップルにいちゃついている自覚はない
ディなキャンディスとかわいい系の服がある店に行く。
「もっとフリルが多いものはないの?」
「オーダーメイドになるので、二、三ヶ月はかかります」
「作ってもらうとそうよね……」
キャンディスは王族だ。オーダーメイドで作ってもらうのが普通なのだろう。
すぐに買えるのは庶民用の安い服か、サンプルで作られたもの、中古品などだ。
「いいわ。このくらいなら」
そう言って選んだのは高級店のサンプルだ。ちょうど入りそうな大きさがあった。
お会計をすると、後で使用人に返させると言われる。
「わかりました」
とりあえずそう言っておく。キャンディスが返せる状況になるのは、ドウェインから政権を取り戻した後だ。なら、気兼ねなく受け取っていいと思う。
その場で魔法で服を入れ替える。店主がそんな魔法があるのかと驚いていた。試着用に使える魔法使いがいると楽だけど、それだけのために魔法使いを雇うのは高すぎるという感じか。
着替えたキャンディスがくるりと回って見せてくれる。
「どう?」
「かわいいです」
「ありがとう」
他にも何着かの服と、抱き枕とぬいぐるみを買い、家に荷物を置きに帰って、秘密の準備をしてからみんなのところに戻る。
オスカーとジャスティンが、木製の剣で模擬戦をしていた。ブロンソンは今は見守っているだけのようだ。
「おう、嬢ちゃんたち。ちょっと待っててやってくれ」
「どんな感じですか?」
「何度かやらせてるが、オスカーの坊主の方が優勢だな。剣筋がキレイだ。さすがアンドレアの弟子ってとこか。
ジャスティンは、体ができてないってずっとぼやいてるな。あいつけっこう負けず嫌いだからなあ」
(六年分若返っているから、その間にトレーニングしていたなら仕方ないわよね)
一生ものの傷をなかったことにしたのだから、そのくらいは受け入れてもらうしかない。トレーニングはし直せば済む話だ。
二人が何度か攻防を入れ替えながら剣を交えていく。
「見てのとおり、いいライバルになるんじゃないか? アンドレアも交えて、一緒に育ててみたい素材だな」
「いろいろ落ちついたら時々やってもいいかもしれませんね。移動の協力はしますよ。オスカーも楽しそうですから」
「あれが楽しそうに見えるの? わたしは見ていて怖いのだけど」
「真剣な顔ですけど、機嫌はいいと思います」
ジャスティンの剣を受け流したオスカーがふところに入り、返した剣をその胴に軽くそわせた。
(カッコイイ!!!)
「そこまで! 坊主たち、嬢ちゃんたちが戻ってきてるぞ」
二人が同時に息をつく。どれだけやっていたのか、少し息が上がっていて、真冬なのに汗ばんでいるようだ。
向かってくるオスカーに駆けよる。
「お疲れ様でした。よければどうぞ」
「ああ。ありがとう」
差しだしたハンカチをオスカーが受けとって、軽く汗をぬぐう。
「洗って返す」
「そのままでいいですよ?」
むしろそのままがいい。とはさすがに本人には言えない。
キャンディスはジャスティンを拭きながら撫で回している。
「大丈夫? 痛いところはない?」
「はい。大丈夫です。多少のケガは当然ですし、深く入った時は魔法で治してもらいましたから。魔法は便利ですね。訓練の負荷を上げられそうです」
「なんで楽しそうなのかがまったくわからないわ」
「……お前ら、少しは独り身のオレに気をつかえ。オレの前でいちゃつくな」
「え、いちゃついてないですよ?」
「ぜんぜん、ねえ? ジャスティンが食べられるところを見たいならデビルに代わるわ。わたしはよくわからないから」
「嬢ちゃんたちはまったく自覚なしか……」
「そんなことより、お昼にしましょう? わたし、生まれて初めてお料理したのよ?」
「簡単なものですが、一緒に作ってきたので。よければ」
「ありがたい」
「キャンディスが? 料理を?」
「ジャスティンの胃袋を掴むんだから!」
「……そうですか」
ジャスティンは嬉しそうでもあり、不安そうでもある。何が出てきてもがんばって食べようという覚悟すら感じる。
「すみません、ジャスティンさんの味の好みはわからなくて。一般的な感じにしてあります。キャンディスさんは材料を洗ったりちぎったり挟んだり、がんばってくれていました」
キャンディスがどのくらい料理ができるかわからなかったから、一番簡単なサンドを作らせた。ほとんど挟むだけだ。
まったくしたことがないと聞いて、味に関わる部分は一緒にやったから、たぶん大丈夫だと思う。
キャンディスと手分けして食べ物と飲み物を配っていく。
ブロンソンがパクッと一口で半分くらい食べた。大口だ。
「ん? うまいな。店のみたいだ」
「おいしいですね」
「ほんと? わたしが作ったのよ?」
「ありがとうございます、ディ」
「どういたしまして!」
オスカーもしっかり食べ進めていく。
「これもいいな」
「よかったです。すみません、あなたに出してるの、軽食ばかりで」
「いや、どれも好きだ」
そう言ってくれる彼が大好きだ。オスカーが喜んでくれるのは嬉しい。また作りたくなる。
ジャスティンとキャンディスも嬉しそうだから、サプライズランチは大成功だ。
「……オレはもう帰ってもいいか? カップル空間がいたたまれないんだが」
「師匠がブロンソン氏によろしくと言っていた。時間がある時に家にも寄ってほしいと」
「アンドレアか。久しぶりにガキの顔を見に行くのもいいかもしれないな」
「空間転移で連れて行きましょうか?」
「いや、確か隣の町だろ? ひとっ走り行ってくるわ」
「え」
隣とはいえ、十キロ以上は離れている。馬車かホウキの距離だ。
「方向は?」
「向こうにまっすぐだが」
行き慣れているオスカーが答える。
「暗くなる前にここで集合して、デートン家に戻る感じでいいか?」
全員から了承を受けてブロンソンが走りだす。一気に加速して、そう経たずに見えなくなった。
「……あれ、身体強化使ってないんですよね?」
「ああ。遠いな」
「遠いですね」
「待って、ジャスティン。どんなあなたも好きだけど、あの筋肉量はちょっと引くわ」
「私はどちらでも、ですかね。オスカーの腕がしっかり固いのとか、ドキドキします」
「そうなの? うーん、ドキドキはちょっとわからないわ。そういう話ならキャンディスに代わった方がいいかしら。
……あ。ちょっと待ってね。よく知らない子が……」
キャンディスがふいに意識を手放して、ジャスティンが支えた。
「キャンディス?」
「……ジャスティン」
呼ぶ声から、さっきまでの甘さが抜けている。どちらかというと冷ややかな印象だ。
キャンディスの口元が、これまでとは違う音を紡ぐ。
「吐き気がします。離れてください」
ジャスティンが死にそうなくらいショックを受けた顔になった。
(インジュアさん……?)




