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40 自己中なクレーマーにオスカーがキレる


(……ぁ)

 ホワイトヒル近くへの空間転移を終えた瞬間、さっきよりもひどいめまいがした。地面がぐらぐらゆれる感じがする。


「ジュリア!」

 オスカーが抱きとめてくれる。

「……すみません」

 たぶん強力な古代魔法を使いすぎて魔力が不安定になっているのだと思うけれど、説明するほど口が動かない。キャンディスがいる手前、言わない方がいい気もする。


「いや、すまない。ムリをさせた」

「いえ……」

 オスカーのせいではない。勝手にムリをしたのは自分だ。心配をかけないようになんとか立とうとするけれど、ぐらぐらと重心が定まらない。


(?!)

 体がふわりと浮いて、オスカーの顔が近くなる。ぐらぐら感がすっと落ちついた。

(お姫様抱っこ……)

「もうがんばらなくていい」

「……はい」

 そう言って大事に抱いてくれるオスカーがとても愛しい。

(大好き……)

 甘えるようにして身を委ねる。


「ごめんね、ぼくも気づけなくて」

 ふるふると首を横に振る。ルーカスのせいでもない。


 キャンディスがふわっとあくびをした。

「わたしも久しぶりに長く起きて疲れたわ。ジャスティンもいないし、もう休んでいいかしら」

「え、今?」

「たぶん今はインジュアあたりが出てくると思うわ」

「あ、そういう……」

 キャンディスではない他の人格に任せるということだろう。キャンディスが一度目を閉じる。


 再び目を開けたのと同時に、深いため息が聞こえた。

「なんなんですかあの穴あきの記憶は。あちこち見えなくされていては状況がわからないじゃないですか。何があったかわからないのに勝手に今更ハッピーエンドですか? 勝手にもほどがありませんか? ジャスティンも魔法使いも許せるはずがないのに手のひら返しですか? 現金すぎやしませんか? 私たちの痛みをなかったことになんてできるわけないじゃないですか。みんなバカなんですか?」

 そこまで一息だ。口をはさめそうな余地がなかった。


 ルーカスが苦笑しつつ声をかける。

「こんばんは、インジュアさん。言いたいことはいろいろあると思うんだけど、実はもう夜なんだ。きみやジュリアちゃんをどうやって、ジュリアちゃんちまで送るかの方を優先してもいいかな?」

「魔法使いと馴れ合う気はありません。だいたい、ここはどこですか? どう見ても街中じゃないですよね。こんな真っ暗な場所に転移してきてどうするんですか。バカなんですか?」


「口が過ぎる。空間転移を人に見られないためには最善の場所だ」

 オスカーの声が下がっている。今の自分の不調も関係している気がする。

(私がこれだけムリをしたのにバカはないだろう、っていう感じかしら……)

 彼がそうやって守ってくれるから、怒る気にはならない。お礼を伝えるようにそっと甘える。


「最善? ここからどうやって街に行くんですか? 魔法使いらしくホウキですか? 私が飛べないのは知っていますよね。私は魔法使いではないのですから。男性のホウキには絶対に乗りませんよ。絶対に密着状態になるじゃないですか。虫唾むしずが走ります。けれどその子がその状態では飛べないですよね。自分の体調管理もできないんですか? バカなんですか?」


(……ぁ)

 オスカーがキレた。感覚的にそう思った。

「……フライオンア・ブルーム」

 半分お姫様抱っこのまま彼のホウキに乗せられる。そのまま無言で浮かびあがった。

 ルーカスが困ったように声をあげる。

「ちょっ、オスカー?! お姫様どうするの?!」

「任せる。なんなら置いていってもいい」


「いやいやいや。確かにインジュアさんは口が悪いし恩人のジュリアちゃんに対してそれはないだろってぼくも思うけど、キャンディスさんの体だからね?! 置いてっちゃダメだよね?!」

「ほんと魔法使いってろくでもない人種ですよね。ちょっと特別な力があるからって何をしてもいいとでも思っているんでしょうか。非力な女性をこんなところに残して魔獣にでも襲われたらとか考えられないのでしょうか。ほんとバカですよね」


「……うん、インジュアさん、ちょっと黙って? ウッディ・ケージ」

 木の鳥籠とりかごがキャンディスを包む。ルーカスがどうするつもりなのかすぐにわかったけれど、キャンディスにはわからないのだろう。ものすごい勢いで文句を言っている。

 ルーカスが完全に無視してホウキを出した。そのまま浮かびあがって隣に並ぶ。


「……あれ、ルーカスさん、カゴを浮かせてホウキにつなぐんじゃないんですか?」

「そのつもりだったんだけど。ちょっと頭を冷やしてほしいなって」

「私は別に平気ですよ?」

「ジュリアがよくても自分はイヤだ。いったい誰のためにジュリアがムリをしたんだと言いたい」


「まあ、私がやりたくて勝手にやったことなので。恩を着せるつもりはないですし」

「ジュリアちゃんのそういうとこ、ぼくは好きだけど、あの手のクレーマーには下手したてに出ない方がいいよ。調子に乗るから」

「そういうものでしょうか」


「それより、体調はもういいのか?」

「あ、ありがとうございます。今はもう気持ち悪くないのですが、今日はもう魔法を使わない方がいい気がしています」

「ああ。このまま自分が送り届けよう」

「ふふ。お父様を口出し禁止にしておいてよかったです。二人乗りを目撃されたらなんと言われるか」

「そうだな」


「ジュリアちゃん、今日の夕食は元々帰る予定だった?」

「いえ。食べて帰ると言ってあります」

「なら軽く食べに行こうか。お姫様の服ももう少し普通のにした方がいいだろうから、それも買ってこないと」

「……それまで放置ですか?」

「あはは。ぼくもけっこう怒ってるからね」

 笑いながら怒っていると言われると混乱する。見た感じではまるでわからなかった。


「ぉーい、魔法使いたちー」

 下から呼びかけられて、両手を大きく振られる。声の調子が先ほどまでとは違う気がする。

「インジュアがお手上げだって、やっぱり魔法使いは嫌いだって言って引っこんだぞー」

「……デビルさんでしょうか」

「そんな感じだね。あの子ならまだいいかな」

 ルーカスが迎えに行って、魔法で出した縄でホウキとカゴをつなぎ、鳥籠ごとキャンディスを浮かせた。


「ああ、なるほどな。これなら確かにホウキに乗らなくていいから、いいな」

 ニカッと豪快に笑う。顔の作りは同じはずなのに別人のようだ。

「街中でこれは目立つから、近くに行ったら下ろすよ」

「自分とジュリアで先に街に行って、服を買って戻ろうか?」

「あ、うん。そうしてもらえると助かるかな。このドレスはさすがに目立つもんね。待ち合わせ場所は……」

 街のこちら側の入り口の手前あたりを指定された。


「キャンディスさん、の、デビルさん」

「なんだ?」

「私が服を選んでもいいですか? それをとりあえず使ってもらって、明日以降、好きに買ってもらう方向で」

「おう。助かる。オレ様はできればあんまりひらひらしてない方がいいな。コレはディの趣味なんだ」

「わかりました。とりあえずの外出着としてシンプルなものを選んできますね」

 言ってオスカーを見ると、ひとつうなずいてホウキを出してくれる。


 キャンディスと離れたことで、今の状況に意識が向いた。

 これまでの二人乗りとは違う座り方だ。お姫様抱っこの延長に近い。触れている場所は違うものの、これもまた密着度が高くてドキドキする。

 何より、彼の顔がよく見えるのがいい。月明かりに照らされたオスカーもすごく好きだ。


(やっぱりオスカーの方がジャスティンさんよりカッコイイわよね)

 キャンディスの力になりたいとは思うものの、どうにもそこだけは譲れない。


(でも、キャンディスさんがオスカーにカッコイイって言うのもなんか違うのよね……)

 譲れないのに、複雑だ。


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