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39 そして裏魔法協会のジャアはいなくなる


 コツコツと扉が叩かれた。軽く開いてラヴァの声がする。

「足音が上がってくるわ」

「そろそろ夕食の時間なのだと思うわ」

「ここはリンセに任せて、ジャスティンさんの家へ行きましょう。ラヴァさん、ブロンソンさん、戻ってください。扉が閉まったら透明化の魔法を解きます」

「おう」

 戻ってきた二人の透明化を解いて、姿が見えるようにする。


「ん? キャンディス、つきものが落ちたか?」

「どうかしら。そんな気もするし、そうでないかもしれないわ」

「そうか。って、キャンディスが2人?!」

 ベッドで寝ているキャンディスの姿にブロンソンが驚く。

「ちょっと友人に頼んで替え玉を用意しました。ので、キャンディスさんも連れていきます」

「そうか」

 うなずいた声が明るく弾んだ。


 ドアのカギを掛け直してから、全員自分にれるように言おうとして、朝のことを思いだす。

「じゃあ、私はオスカーとラヴァさんと手をつなぎますね。みなさんも誰かに触れて、つながるようにしてください」

 ブロンソンとルーカスがオスカーに触れて、キャンディスと手を繋いだジャスティンがブロンソンに触れる。


(あ、ジャスティンさんたち恋人つなぎにしてる)

 ふいに気づいてそう思ったけれど、何も考えなくてもオスカーと同じようにつないでいるから、人のことは言えない。

「テレポーテーション・ビヨンド・ディスクリプション」

 唱えて、デートン家のジャスティンの部屋へと戻る。


(……あれ?)

 空間転移を終えた瞬間、くらりとした。両手をつながれていたこともあってなんとか踏みとどまる。

「ジュリア?」

「……大丈夫です、たぶん」

「そうか。疲れたのかもしれないな。時間も時間だ。今日は帰って休み、あとは後日にさせてもらおう」

「おう。嬢ちゃん、いっぱいありがとな」

「あ、帰る前にひとつ共有させて」

 ルーカスがジャスティンとキャンディスに向く。


「ジャスティンさん、キャンディスさん。すぐにでもいちゃいちゃしたいかもしれないけど、ドウェインの件が片づくまでは待ってね。

 キャンディスさんの体が戻ってるのは、すごく大きな切り札になるから」

「切り札……?」

「うん。これから、ドウェインから王子を取りあげるでしょ? 折を見て、本物のキャンディスさんに戻ってもらって、『拒否し続けたから何もされていません』って証言してもらった上で、涙をアイテム鑑定してもらえば、王子がキャンディスさんの子どもじゃない何よりの証拠になるからね」


「アイテム鑑定……、『処女の涙』ですか」

「ジャスティンさん、正解」

 キャンディスの涙をアイテム扱いして、アイテム鑑定を証拠にしようなんてまったく思いつかなかった。

(さすがルーカスさん……)


「わかったわ。正直、怖いけれど。貞操は守るし、他の子たちにも守らせるわ」

(怖い……)

 彼女のその言葉は重い。大事にしておくことで、また彼ではない誰かにそれを奪われないか。そういうことなのだと思う。

 その気持ちはすごくよくわかる。自分も、スピラの時にそう思ってオスカーに迫ったことがある。キャンディスは実際に失ったことがあるから、それ以上だろう。


 ルーカスが続ける。

「それと、これは提案なんだけど。キャンディスさん、その時までジュリアちゃんちでお世話にならない? ジュリアちゃんもキャンディスさんもよければ」

「うちですか?」

「ジュリアさんのところ?」

 改めて名乗ってはいないけれど、これまでのやりとりで名前はちゃんと認識してくれているようだ。


「うん。二人を信用しないってことじゃないよ。この国にいるより、ディーヴァ王国にいた方がずっと安全でしょ?

 空間転移を使っているから、足取りは絶対つかまれないし、ホワイトヒルなら普通の格好をすれば外出もできるし。


 せっかく再会したところで引き離しちゃうのは申し訳ないんだけど、ジャスティンさんと二人で宿屋っていうのは、万が一とはいえ人目に触れやすくなるからオススメできないのと、ジャスティンさんはしばらくお父さんにかくまわれて、いろいろ話せた方がいいだろうから。

 あと、念のために、デートン卿やこの家の人たちにもまだ、キャンディスさんを助けだしたことは知られない方がいいと思ってる」


「なるほど。確かにそうですね」

 ジャスティンが真っ先にうなずいた。

「どうですか? キャンディス」

「本音を言えばジャスティンといたいわ。でも、元々はあの塔で過ごさないといけなかったはずのおまけの時間だものね。安全な場所にかくまわれるのなら、御の字だと思うわ」

「うちはまあ、前にリンセを泊めたことがあるので。女性なら多分大丈夫かと」


「あの時はオスカーの親戚ってことにしたんだっけ。今回はぼくの遠い親戚がいいかな。ファミリーネームは国名だから変えないとね。『キャンディス・デートン』でどう?」

 キャンディスとジャスティンが赤くなる。デートンはジャスティンのファミリーネームだ。

「……そうね、いいと思うわ。本来はわたしが婿養子をとるから、そうなる想定はなくて、くすぐったい感じ」


「うん。じゃあ、ジャスティンさんとブロンソンさんを残してソラルハムの宿屋に戻る感じでいいかな?」

「おう。しばらく護衛を兼ねてこの家に世話になるわ。ジャスティンも鍛え直さないとな」

「お手柔らかにお願いしますね」

「いろいろ仕込みが必要だから、ぼくはちょいちょい連れてきてもらって進めていくよ」


「都合が合うなら、その時に一緒に来て自分は訓練に参加したいのだが」

「あはは。オスカー、前にジャスティンさんと戦って押し負けそうになったのかなり根に持ってるもんね。お師匠様に鍛え直しをお願いするくらいには」

「あの時はむしろ私の方が驚きでしたが。まさか魔法を封じた魔法使いが互角に渡り合ってくるとは夢にも思っていなかったので」

 

「……これは、主にオスカーとジュリアちゃんに相談なんだけど」

「なんでしょう?」

「ジャスティンさんはずっと山の中の家で暮らしていた、っていうことにしちゃわない?」

「あ……」

 ジャスティンが裏魔法協会のジャアと同一人物だということを、ここにいる全員が口をつぐめば消すことができる。

 魔法協会と戦ったことも余罪も追及しない。それをよしとするか。


 考えるまでもないことだ。正しさよりも大事なことがある。

「もちろん、私は賛成です」

「ああ。自分は何も気づかなかったということでいい」

「うん。これが魔法協会側ぼくらの総意だけど、ラヴァさんは?」


「坊やたちがそれでいいなら、いいんじゃないかしらあ?

 ジャアがしていたのなんて、かわいいものよ。裏ルートにちょっと違法な魔道具を流したり、対魔法使い用の魔道具を開発して魔法協会を相手に性能テストをしていたくらいね。

 アタシが知る限り、人を殺めたりしてないから安心しなさい」


「魔法協会と戦ってることが一番めんどくさいんだよね。半分公的な治安維持組織でもあるから、公務執行妨害になっちゃう。

 まあ、トールさんは魔法卿にこき使われるのを条件にすぐ解放されてたし、そのつてがあるから、出頭してもそんなに重い話にはならないとは思うけど。

 ドウェインを蹴落とした後を考えると、なかったことにするのが一番だからね。

 ブロンソンさんもそれでいい?」


「当然だ。そもそもドウェインが手出ししてなかったら、ジャスティンがそんなことをすることもなかったんだからな。全部あいつが悪い」

「……すみません。ありがとうございます」

 ジャスティンの目元に涙が浮かんでいる。


 ラヴァが口角を上げた。

「アタシはこの国に残ってもいいかしらあ?

 行く末を見届けたいし、もしできることがあるなら手伝うわ。アナタたちが来る時に毎回送迎してもらうより、その方が楽でしょう?」

「仕事でもないのに、いいんですか?」

 ジャスティンが驚いてラヴァを見る。


「あらあ、坊やがアタシたちに仕事として依頼してくれてもいいけど。言ったじゃない。これでもそれなりに思い入れがあるのよ?

 ふふふ。手がかかる弟っていう感じかしらあ。最初は、タグもずいぶん変な子を連れてきたものだと思ったけれどねえ」

「……お世話になりました」

「ふふふ。どういたしまして」


「じゃあ、私たちはソラルハムの宿屋のカギを返してから、ホワイトヒルの近く、いつもの人がいないポイントまで空間転移しましょう」

「うん、お願い」

「ああ」

「お世話になるわ。あ、ちょっと待って」

 オスカーと手をつないで、キャンディスともつなごうとすると、キャンディスが思いだしたようにジャスティンに向き直った。


「ジャスティン」

 呼びかけて、ちゅっと唇を触れ合わせる。

「わたしの感触、いっぱい思い出してね?」

 ジャスティンが赤くなって何も言えないうちに、キャンディスから手を握られた。

「行きましょう?」

(キャンディスさん、積極的……!)

 今度やってみようかと思ったけれど、想像するだけでも自分にはムリそうだ。


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