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37 できるはずがないことができる、ただの魔法使い


「あの、ちょっと試してみたいことがあって。ラヴァさんとブロンソンさん、申し訳ないのですが、透明化をかけるので外で人が来ないように見ていてもらえますか?」

「おう。だいぶ長居してるしな。任された」


「アナタからも見えなくなるのでしょう? 大丈夫なのかしらあ?」

「はい。完全に音も消す方じゃなくて、姿だけを消す方をかけるので、何かあったら音で知らせてください」

「わかったわあ」


 ブロンソンとラヴァ、一応自分にも一旦透明化をかけて、二人を扉の外に送りだした。外からドウェインがかけていたカギは魔法なら中から解除できる。完全にドアが閉まってから自分の魔法をとく。

「ルーカスさん、扉が開かないか見ていてもらってもいいですか?」

「りょーかい。あの二人には内緒にしたい魔法?」


「はい。魔法というか、裏技というか。試したことがないので、少し賭けになるところはあるのですが。

 キャンディスさん。体を昔に戻せるとしたら、戻りたいですか?」

「どういう意味かしら?」

「そのままの意味です。まだ何も起きていない時の清い体に戻りたいですか?」

「当たり前じゃない。でもそんなのできるわけ……」


「いや。彼女は、できるんです」

 ジャスティンが強く肯定する。

「私が今あの頃の姿をしているのは彼女が戻してくれたからなので。今朝まで、あなたと同じように消えない傷を持っていました」

「じゃあ……」

「ただ、ジャスティンさんを戻すのに必要なアイテムを使ってしまったので。次に手に入るのは一年後か二年後か、ちょっと定かじゃないんです」

「先になったとしても、戻るなら……、少し希望になるわ」


「そこで、ジャスティンさん。あなたの一部をささげて今裏技を試すのと、私がもう一度アイテムを手に入れられるまで待つの、どちらがいいですか?」

「私の一部、ですか?」

「はい。あなたを戻すのに使った魔力の残滓ざんしがまだあなたに残っているはずなので。

 髪と血を、それなりの量提供してもらえれば、先ほどのアイテム代わりになるはずです」


「ジュリアちゃん、それは少し先だとできないことなんだよね?」

「はい、ルーカスさん。できてせいぜい今日中かと。先延ばしにするなら、師匠が戻るのを待つしかありません」

「うーん、どうだろう。今戻した場合、ドウェインに気づかれる可能性があるから。ぼくとしてはあまりオススメできないかな」

「なるほど……、キャンディスさんにとっては早い方がいいかなと思ったのですが。うーん……」


「ジュリア、リンセには頼めないだろうか」

 オスカーが考えるようにしながら尋ねてくる。

「リンセですか?」

「ああ。リンセに今のキャンディス嬢に化けてもらい、身代わりになってもらえるなら、すぐにでも安全を確保できるだろう?」

「できなくはないと思いますが……。手を出される心配があるのに友だちに頼みにくいというか」


 ルーカスが口角を上げた。

「いや、いいアイディアじゃないかな。その発想はなかったよ。

 リンセちゃんに聞いてみないとだけど、モノも身代わりにできるなら、ここにあるたくさんのぬいぐるみが代役になれるんじゃない?」

「あ、それ、いいですね。ちょっと行って連れてきます。少し魔力も回復してから戻りますね」


「……ジャスティン、あの子、何者なの?」

「どうでしょう。私たちの救世主なのか神なのか」

「やめてください。ただの魔法使いです」

「いや、『ただの』ではないだろう」

「うん、ジュリアちゃんを基準にしたらぼくらは魔法使いを名乗れなくなるからね」

「ううっ、普通がいいんですけどね……」

 ため息まじりに空間転移を唱えて、リンセの元へと向かった。


 リンセに会話魔法をかけて状況を話しつつ、セノーテで魔力を回復しておく。

「ひどい話ニャ。喜んで協力するニャ」

 かわいい猫口をとがらせるリンセがかわいい。

 物を人に見せることもできるそうだ。触感も再現可能だという。


「ただ、無反応なのはどうしようもないのにゃ。寝てるか、ものすごく機嫌が悪そうな感じにゃ」

「それで問題ないと思います」

「了解にゃ。近くにいる必要があるから、アッチは逆に、元のぬいぐるみに化けておくにゃ」

「いいですね」

 リンセを連れて空間転移で戻る。


「魔獣?!」

 ジャスティンが驚いて、キャンディスを守るかのように身構える。

「あ、紹介しますね。バケリンクスのリンセです」

「リンセニャ」

「ヒトの言葉を話すのですか?」

「あ、これも魔法です。魔物との意思疎通の魔法があって」

「……本当に常識が通じない方なんですね」

「すみません……」

「いえ、むしろありがたいと思います」


 リンセがドンと胸を叩く。

「話は聞いてきたのニャ。アッチに任せるのニャ」

「頼もしいです」

「アッチがこれを化けさせる相手はあなたかニャ?」

 リンセがぬいぐるみを示してからキャンディスに近づく。キャンディスがこくりと頷いた。


「脱いでニャ」

「え……」

「全身ちゃんと再現するには、全身見て触ってをしないとムリなのニャ」

 ジャスティンが眉をしかめる。

「ジュリアさん、このバケリンクス……」

「リンセは女の子なので問題はないと思いますが。うーん……、女の子だけ透明化をかけましょうか」


「透明化の魔法が使えるのニャ? ヌシ様はなんでもできるのにゃ!」

「私にできることしかできませんよ?」

「ヌシ様……?」

「それも話すと長くなるので、聞き流してください……」

 自分とキャンディス、リンセに透明化をかける。声は聞こえる軽い方だ。


「どうでしょう? ちゃんと消えていますか?」

「ああ。問題ない」

 オスカーが答えてくれる。安心だ。

「一応、反対を向いておく」

「はい。ありがとうございます」

 オスカー主導で、男性全員が壁向きになる。二重に安心だ。


「じゃあ、脱いでもらってもいいですか?」

「わかりました」

 キャンディスがドレスをはだけさせていく。一人でも脱ぎ着ができるタイプだ。下着姿になって、少しもじもじされる。

「あの……」

「全部脱いでほしいのニャ。全部再現するのニャ」

「……わかりました」

「私も向こうを向いていますね」

 全部というのは女性同士でもなんだか恥ずかしい。リンセに任せることにして、男性たちと同じ方を向く。


「全部だって、ジャスティンさん」

「そうですね」

「想像してる?」

「してません」

「顔赤いけど?」

「……気のせいです」

 ルーカスが楽しそうだ。

「じゃあちょっと触らせてニャ。今回は触感もって言われてるのニャ」

「はい、わかりまし……、ちょっ、え、あっ……」

 どことなくつやめいた声がもれる。

「やっ……、ん……」


「……あれどこ触ってるんだろうね? ジャスティンさん」

「どうでしょうね」

「想像してる?」

「……してません」

「顔赤いよ?」

「ほんと、気のせいにしておいてください……」

「ルーカス、あまりからかうな。自分がその立場だったらかなりいたたまれない」

「あはは。オスカーとジュリアちゃんだったらもっと全力でからかうよ?」

「やめろ……」


(もし私の時があったら透明化じゃなくて全員追い出そう……)

 全員を外に出すのではなく透明化を選んだのは、ジャスティンがいた方がキャンディスが安心すると思ったのと、ドアの外の二人には事後報告にしたいからだ。リンセの正体まで見せるつもりはない。


 ほどなくしてリンセの声がする。

「終わったのニャ。もう着ていいのニャ」

「わかりました……」

 キャンディスが服を整えなおすのを待ってから透明化をといた。


「お待たせしました。もういいですよ」

「キャンディス。大丈夫ですか?」

 ジャスティンが駆けよって尋ねる。

「……はい、あの。にくきゅうが……」

「にくきゅう?」

「ぷにぷにのにくきゅうが、ヒトの手と全然違って、想定外に気持ちよくて……」

「……そうでしたか」

 キャンディスが赤くなって報告すると、ジャスティンも恥ずかしそうにうなずく。


(ういういしい……!)

 なんだろうかこの二人のかわいさは。全力で応援したくなる。


「じゃあ、化けさせてみるのニャ。このぬいぐるみを使ってもいいのニャ?」

 縦に長い、抱き枕になりそうなクマのぬいぐるみだ。

「はい。どうぞ」

「にゃ・にゃ・にゃーん」

 リンセがクマのぬいぐるみをベッドに置いて、にくきゅうでてちてちする。

 次の瞬間には、眠っているキャンディスが再現された。全裸だ。


「え、ちょっ」

 オスカーがルーカスを反対に向かせつつ自分も向きを変える。

 ジャスティンは立ちつくして、キャンディスに向きを変えさせられた。

「服は、今回は魔法で再現するより、ちゃんと着せた方がいいのニャ」


「そういうことは先に言ってください……」

「服なんて飾りニャ。ヒトにはわからないのニャ」

「魔獣にとってはそうなのでしょうが……」

「自分でやります……」

 クローゼットから服を一式持ってきて、キャンディスが着せていく。服を着てベッドに横たわっていると、完全にただの眠り姫だ。


「驚きました。触った感じもわたしと変わらなくて」

「えっへん! ニャ。アッチは横で、さっきのぬいぐるみになってるのにゃ。ごはんとか来たら食べていいのニャ?」

「もちろんです。大変なお願いを聞いてくれてありがとうございます」


「終わった?」

 ルーカスが軽く聞いて戻ってくる。

「はい。全員、リンセのことも口外無用でお願いしますね」

「ええ、それはもちろん」


「じゃあ、本題にもどろうか」

「はい。ジャスティンさん、キャンディスさん。体の時間を戻す魔法……、どうしますか?」

「私の一部でキャンディスが戻るなら、なんなりと使ってください」

 ジャスティンには一切の迷いがなさそうだ。


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