36 ジャスティンのゆかいな仲間たち
呼吸を整えて、ジャスティンたちの方へと視線を戻した。
キャンディスの目からぽろぽろと大粒の涙がこぼれている。
「なんで……?」
震える声が、弱々しくも切実な音を形作る。
「それなら、なんで。なんで、もっと早く来てくれなかったの……?」
「それは、本当に……、すみません」
キャンディスが逃げようとしても離さないと言うかのように、抱きしめたままジャスティンが続ける。
「私も死のうとして、助けられて。しばらく世間から離れて生きていて……、王子の誕生を知ったのと同時に、あなたの生存を知ったんです。
それで……、てっきり、全て受け入れることにしたものだと。あなたが生きていく邪魔をしてはいけないと思っていました。あなたがどう思っているかは、あなたに聞かないとわからないと言われるまで」
「それで、聞きに来たの……?」
「はい」
「でも、叶えてはくれないの……?」
「……そうですね」
「じゃあ、どうしろっていうの……」
キャンディスがぐすぐすと泣きながらジャスティンの服をつかむ。
ハンカチで自分の涙を抑えてから、ひとつ息を吸って、ゆっくりと声をかけた。
「あの。どうするかをみんなで考えませんか?」
泣いていたキャンディスがきょとんとする。
「……あなた、誰?」
(記憶、共有されてないんですね……)
「えっと……、ジャスティンさんのゆかいな仲間たち、ですかね?」
「ぶふっ」
ルーカスが思いっきりふきだした。
「ちょっ、ジュリアちゃん、シリアスぶちこわし!」
「え、すみません。一番キャンディスさんが警戒しない表現は何かなと思って」
「ジャスティンのゆかいな仲間たち……?」
キャンディスがいぶかしげにジャスティンの顔を見る。
とうのジャスティンも少し笑っている。
「はい……、そうですね。私のゆかいな仲間たちです……ふっ」
「おう。キャンディス。オレは覚えてるんだろ?」
「……ギルおじさん」
「ああ。お前らの頼れるギルおじさんだ。オレの存在感を無視して二人の世界に入れるってのはなかなかびっくりだった」
「ジャスティンが来てるって言われて起こされて、ジャスティン以外は目に入らなかったから」
「お前が言うようなことはできないが、お前がどれだけ苦しんだかはよくわかった。お前がどう思ってるかを考えられなくて、助けに来なかったっていう意味だとオレもジャスと同罪だ。すまなかった」
「許さないわ」
「おう」
「誰も、許さない」
「そうですね。キャンディスはそれで構いません」
そう答えた瞳には、悲しみより慈しみが宿っている。
「これから、ですよね。キャンディスさんをここから連れだすのも、ジャスティンさんの剣を取り戻すのも簡単なので、ここではないどこかで暮らしてもらうというのはすぐにでもできるのですが」
言ったら、キャンディスがまたきょとんとした。
「……簡単なの?」
「はい。それだけでよければ」
「よくなかったら?」
「うーん……、難しいですね。王宮を更地にすれば済む話じゃないですし」
「……できるの?」
「はい。しようと思えば」
「やっぱり、とりあえず犯人のナニをちょんぎりに行きましょう? いくらかはスッキリするわよ?」
「ラヴァさん、押しますね……」
「……ぷ」
キャンディスが小さくふきだした。せきを切ったように笑いだす。
「ふふ。あはは。ほんとにゆかいな仲間たちね、ジャスティン」
「そうですね」
「想像するだけでも楽しいわ。こんな感じは初めてよ」
「うん、ジュリアちゃんもラヴァさんもちょっと考えるのやめようか。いきなり一国の王宮を消し飛ばしたり、国王に危害を加えたりしたら戦争だからね?」
「え、私はしないつもりで言ってますよ。ラヴァさんと違って」
「アタシはするつもりで言ってるわねえ。案外、脅せば黙らせられるわよ? 向こうもそうしたのでしょう? なら、別にいいじゃないの」
「命に別状がない範囲の制裁を加えること自体は止めないけど」
「止めないんですか……」
「それは、精神的に追いつめながら政治的にも失脚させてからにしようか」
ルーカスが笑って言った言葉で全員が静まった。
キャンディスが先ほどよりも丁寧な音で尋ねる。
「……できるの?」
「たぶん。少し時間は必要だろうけど。これは確認なんだけど、キャンディスさん」
「なにかしら?」
「キャンディスさんのご両親、つまり、前王とお妃様はどうされてるのかな?」
「……事故で亡くなったと聞いたわ。わたしたちのことがあって、あの後、すぐ。会いたいと言っても一度も会わせてもらえないまま」
「うん。まあ、そうするよね。どんなに口止めしてても、親が会ったら異常に気づくだろうから」
「それって、まさか……」
「どう考えても、前王もお妃様も邪魔でしょ? 好き勝手するには。今のキャンディス姫の状況も、二人が生きてたら許されなかったんじゃないかな」
「そこまでするものなのでしょうか……」
ジャスティンが驚きを通りこして心底引いている。
「まあ、ジャスティンさんやキャンディスさんにはない発想だよね。きみたちは日向でぬくぬく育ってそうだから。王侯貴族としてはもうちょっと危機管理を教えられるべきだったんだろうけど。
ドウェインはだいぶ後ろ暗いと思うよ。他にも余罪はいろいろありそうな気がするな。気に入らない臣下に事故が起きるとか」
もし本当にそうだとしたら、どうかしているとしか思えない。けれど、そういう人間もいるのだろう。ルーカスがさっき言ったことに全面的に賛成だ。
「精神的に追いつめながら政治的にも失脚させましょう」
「ってなるよね。問題は方法なんだけど。いくつか案があって」
「いくつかあるんですね……」
さすがルーカスと言うべきか。
「どれを使うにしても、合わせて使うにしても、問題は王子の存在だね。ドウェインがなんであれ、王子は正当な王家の血筋だ。そのままだと簡単には追放できないと思う。
そんな中、キャンディスさんは息子に死んでほしい。ジュリアちゃんをはじめぼくらは殺したくない。で、オーケー?」
「はい」
声が重なる。
「うん。だから、先に王子の存在を社会的に消そうか」
「はい?」
言っている意味がわからない。ルーカスがニヤリと笑う。
「今王宮にいる王子は王子じゃない。キャンディスさんは子どもを産んでいない。全てはドウェインが政権を盤石にするためにでっちあげたウソ。っていうことにして、本当の母親が子どもを引き取りに来ればいい」
「本当の母親……?」
それはキャンディスさんではないのか。
「うん。例えば、ぼくとか?」
「え」
「なんだ、坊主、女だったのか?」
「まさか。ちょっと女装と演技がそれなりなだけ」
オスカーが、合点がいったというように頷いた。
「でっちあげたっていうことをでっちあげるわけだな」
「うん。オスカーの言うとおり。ブロンソンさんも協力してくれる? キャンディスさんの出産に立ち会った産婆、使用人は見つけだして買収しておく必要があるから。
産んだのはキャンディス姫とはまるで別人でしたってその人たちの証言さえあれば、その後の乳母たちは何も知らなかったで済むからね」
「人探しはまあ、口が固いルートがあるから任されるが。オレは交渉はできないぞ?」
「見つけてさえくれたら、ぼくが話すよ」
「引き取った子どもはどうするんですか?」
「ぼくの実家に行き遅れの女手が余ってるからね。放りこんで揉まれたら、王宮での生活なんてすぐに忘れるんじゃないかな。
四歳くらいならまだ、大きくなったら本人は断片的なことしか覚えてないだろうし。
へたに孤児院とか入れて出自を探られても面倒だし、近くに置いて監視できる方が安心でしょ? 仕事上の必要性ってことにするから、口裏合わせてくれる?」
「それは構いませんが……」
「これで社会的にこの国の王子も、キャンディスさんの息子もいなくなる。けれど本人はただの子どもとして生き直せる。そんな結末は、みんなのお気に召すかな?」
「……ルーカスさんは絶対に敵に回しちゃいけないなと思いました」
「ほんと、怖い坊やねえ? この短時間でそんな組み立てをしてるなんて」
「坊主の頭の中はどうなっているんだ?」
「あはは。褒め言葉としてとっておくよ」
「どうですか? ジャスティンさん、キャンディスさん。私はいいと思うのですが」
「ああ。私はそれで構わない。キャンディスは?」
「いいわ。アレがわたしの子でなくなるなら。二度と、決して、その姿を見なくていいのなら、死んだも同じだもの」
「うん。じゃあ、その方向で。王子を消すのと同時進行でドウェインを崩していこう。
ことが落ち着くまで、キャンディスさん、もう少しだけ辛抱してられる?」
「わたしはムリだろうけど、たぶん、みんながなんとかしてくれると思うわ」
「うん。そのみんなに、この話は内緒にできるかな? もう知られちゃってる?」
「いいえ。今はわたししか起きていないから。記憶にフタをしておくわね」
「その方がいいだろうね。ドウェインに悟らせないために」
「それじゃあ、進めていきましょうか。王子を社会的に消してドウェインを精神的に追いつめながら失脚させよう作戦」
「長くないか?」
「チョッキン作戦にしましょう?」
「いやそれ意味変わってるから」
「じゃあ……、ハッピー・キャンディス作戦?」
「ふふ。なにそれ」
「いいですね。ハッピー・キャンディス作戦。キャンディスが笑えるなら、それに越したことはありません」
「ハッピー・キャンディス作戦だな」
「おう。成功させるぞ、ハッピー・キャンディス作戦」
「ふふ、ふふふ。ほんと、ゆかいな仲間たちね」




