21 [ルーカス] 若きオスカーの悩み
(……んん?)
出勤してきたクルス氏が複雑な顔をしている。半分は満足げで、半分はさみしいといった感じか。
(あれは……、ジュリアちゃん、誰かとのお見合いを受けることにしたのかな)
少し前にクルス氏が全員の前で、ジュリアのお見合い相手を募る話をしていた。
条件は二つ。
彼女の気持ちを得られなくてもいいこと。
子どもを持たなくてもいいこと。
(そんなの、好きな人がいるって言ってるようなものなのにね)
普通はそんな条件で本当にお見合い相手を集めようとするとは思わないだろう。クルス氏が暴走している気がした。
魔法協会からは三人が採用された。
(ジュリアちゃんとはそんなに気が合わないと思うけど)
年代的にはギリギリOKなところまで、名乗りをあげるだけあって魔法の才能もそこそこはあるメンバーたちだ。
オスカーが勇気を出して申し出たのは予想通り一蹴されている。もちろん自分にはその気はないし、魔法使いとしては底辺な自分がクルス氏のお眼鏡にかなうこともないだろう。
クルス氏がヘイグ氏ではなくダッジの方に行く。
「悪いな。ジュリアは領主の息子を選んだ」
「って言うと、フィン・ホイットマン様?」
「そうだ」
「将来の男爵夫人ってことなら仕方ないな」
「もし破談になったらまた声をかける」
「アイアイサー」
ダッジは少し残念そうにしつつも軽く答えた。さっさと破談になれと思っていそうだ。
むしろ隣のオスカーが死にそうな顔になっている。
(ジュリアちゃん……、相手を地位で選ぶ子じゃないと思うんだけどね。領主の息子とのお見合いを受けたのは意外だな)
ジュリアに関わるようになってから予想外のことがよく起きる。彼女は単純そうに見えたけれど、言動を予想できないのだ。パズルをする上での大事なピースが欠けているような感じだろうか。
予測不能はおもしろい。が、振り回され続けている後輩には同情したくなってきた。
休憩時間にオスカーを昼食に誘いだした。
「オスカー、オスカー? 前」
ドアを開けないで店に入ろうとして、オスカーが顔面をぶつける。
「ちょっ、大丈夫……? じゃないね」
「問題ない」
「ケガはないけど、今日のオスカーはかなりアレだよ?」
「そうだな」
返事はあるけれど会話は成立していない気がする。苦笑して、代わりにドアを開けてオスカーを通した。
午前中、オスカーはぶつかったり物を落としたり、あまり話を聞けていなかったりと使い物にならない状態だった。
上司のブリガム氏から、最近親しくしている自分にヘルプが飛ぶくらいにはアレだった。それがなくても昼には声をかけるつもりだったから構わないが。
注文を決められなさそうで、代わりに適当に頼む。
「ジュリアちゃん」
名前を出したらオスカーがビクッとした。めいっぱい眉が下がる。泣かないだけで精一杯といった感じか。
「どこまで本気なんだろうね?」
「……相手は領主の息子だ。自分よりずっといい話だと思う」
「まあ、立場的にはね。相手は領地持ちの男爵家で本当の貴族。ジュリアちゃんちは一代限りの準男爵家。そこだけ見ると玉の輿だよね」
オスカーが深くうなだれる。
「けど、クルス氏は冠位の魔法使いだからね。
準男爵っていうのも、冠位の魔法使いが不満を持たないようにっていう理由で授与されるようになった爵位でしょ? 国の内側に取りこみたいっていう思惑も込みで。
次の代には持ちこせないっていう理由で全部の冠位が準男爵。だから本当の権力とは全然違っててさ。
クルス氏が持ってる九位でも、低く見ても子爵レベルと対等以上に話せる立場だったと思うよ。
まあ、やろうと思えば相手の家系を全滅させられるんだから当然だよね。それに対抗できるレベルの魔法使いを雇えるのが最低でも子爵以上っていう基準かな。
貴族の地位は領主の方が上で、クルス氏は相手を立てているけど、実質的にはクルス氏がこのあたりの最高権力者なんだよね。
そういう意味だと、魔法使いの家にとっては玉の輿とも言いきれない」
「どちらであっても自分が入る余地はないだろう? 自分は貴族でも冠位でもないのだから」
「けど、魔法使いでしょ? それも将来有望って言われるレベルの。冠位だって目指せるんじゃない?」
「目指したところで間に合わなければ意味がない。すぐにはムリだ」
「将来性の話だよ。クルス家にとっては優秀な魔法使いに嫁ぐのなら、決して男爵家に劣らないってこと。
現に、クルス氏はダッジたちも候補にしてたじゃない。ジュリアちゃんが選ばなかっただけで」
「自分はクルス氏に拒否されたが?」
「あはは。それは仕方ないよね。クルス氏、オスカーにだけは子どもみたいに意固地になってるから」
「どちらにしろ詰んでるだろう……」
オスカーの周りだけが通夜のようだ。
「まあ待って。ちょっと落ちつきなね。オスカーとジュリアちゃんが両思いなのは間違いないんだから」
「それもどうだかな……」
「ジュリアちゃんのお見合いの条件、聞いたでしょ? あんなの、好きな人がいるって言ってるようなものじゃない?」
「その相手が自分だとは限らないだろう?」
どう見てもオスカーなのは間違いないと思うけれど、落ちこみモードに入ってしまっている今は何を言ってもムダな気がする。ヒトは自分が思いたい方向に情報を加工してしまう生き物だ。
「ぼくが言いたいのは、ジュリアちゃんの真意を確かめようってこと」
「会うのを拒否されているのにどうやって?」
「都合がいいことに、ぼくの部門にこんな臨時依頼が来てるんだよね。『領主の息子フィン・ホイットマンの護衛』」
オスカーがわずかに興味を持ったように眉を上げた。同時に、その名は聞きたくないという感じもするが、構わずに話を続ける。
「常勤で雇ってる魔法使い二人が、それぞれ個人都合でしばらく不在になるんだって。交代制で構わないから、代わりの魔法使いを二人派遣してほしいっていう内容だよ。依頼主は領主である父親。
更に都合がいいことに、人事権はヘイグ氏にある。クルス氏のチェックが入る予定もない。つまり、うまくすればぼくらがお見合いのタイミングに入りこめる可能性があるってこと」
「……行っても迷惑になるだろう?」
「変装して行けばいいんじゃない? ジュリアちゃんの護衛を申し出ようとした時に計画してたみたいに」
「姿を変えられる魔道具のローブ、か」
「うん。個人の所有ができない指定魔道具だから魔法協会のを使うしかなくて、部長以上の誰かの許可が必要だけど。なんとかなると思う」
「だが……」
「いい? オスカー。領主からの依頼にはこんな一文が添えられているんだ。
『臨時派遣であっても、命を狙われる可能性があるものとして厳重に警護をしてほしい。』
ジュリアちゃんはそこにお見合いに行くんだよ? ジュリアちゃんにも危険が迫る可能性があると思わない?」
オスカーの目の色が変わる。この後輩は自分のことなら後回しにできるのに、彼女のためになると思えば動くのだ。
もうひと押しを加える。
「それでも護衛を他人任せにして、のうのうとしてられるの?」




