33 壊れたお姫様とバカなナイト
※合意のないキスと過激な発言があります。苦手な方はご注意ください。
キャンディスが多重人格になるほど傷ついてきたらしい。
それを知ったジャスティンが深く考えるように、悲しげに目を細めて彼女を見る。
「キャンディス……」
こちらの姿も声も伝わっていないドウェインが、デビルなキャンディスに不服そうに言葉を向ける。
「デビル。お前と話すことはない。キャンディスを出せ」
「キャンディスを出せ。キャンディスを出せ。バカのひとつ覚えだな。いねーよ、バーカ」
「かわいい顔でろくでもない言葉を使うな」
「知るか」
「まったく……、どうしてこうなったんだ」
「テメェがろくでもねーからだろう? 国王様?」
「ハァ。思いを遂げた瞬間はそれで全て手に入れたと思ったが。何ひとつ思いどおりにいきやしない」
「臣下に謀反でも起こされそうか? 人望ないもんなあ、国王様は」
「ここからお前に何がわかる」
「テメェのヘドが出る顔を見てりゃあだいたいわかるさ」
デビルと呼ばれたキャンディスが、ペッとドウェインの顔につばを吐きかける。
ドウェインが指でぬぐって、ぬぐった指先をぺろりと舐めた。
(え……)
反対の手でキャンディスの腕を掴んで引きよせる。
「……今日は舌を噛むなよ」
暴れる彼女を抑えこむようにして唇を重ね、舌をねじこんでいく。
見ていられなくて、サンダーボルト・スタンをかけるために一歩踏みだした。
が、それより早く、ドウェインがキャンディスを離す。
「噛むなと言っただろう」
「死ね! 死ね死ね死ね死ね!!」
「あのなあ……、お前は、いつもいつも……。キャンディスは俺の妃だ。このくらいはさせろ」
「死ねよ、バーカ」
「まったく……、なんの因果で、好いた女からこんな扱いを受けないといけないんだ」
(……は?)
耳を疑った。
(好いた女……?)
何を言っているのだろうか。頭がくらくらする。
好きな相手にあんなことや、今のようなことができるものなのだろうか。
(好きって、何……?)
わからなさすぎて、気持ち悪い。
ドウェインが長く息を吐きだした。
「……また来る。今度はキャンディスか……、せめてディを出せ」
「来るな。死ね」
閉められた扉にぬいぐるみが投げつけられて、ずるりと地に落ちた。
「……ジャスティンさん、透明化をときます。今のキャンディスさんと話してきてくれますか?」
「わかりました……」
ジャスティンが憔悴しているように見えるけれど、彼女に届くのはきっと彼しかいないのだ。自分の傷にはオスカーしか触れられないのと同じように。
「リリース」
自分たちの透明化はそのままに、ジャスティンだけ解除して、キャンディスから見えるようにした。
ジャスティンが緊張気味に声をかける。
「……キャンディス。……いや、デビル、ですか?」
「ジャスティン……? なんだ、ディが作った幻じゃなかったのか?」
「ディ?」
「ああ。あの小さいガキな。こんなとこに来られるはずがないし、オレ様もお前の幻を作るくらいヤキが回ったのか?」
「いや……、ある魔法使いの協力を得ています」
「アア? 魔法使いなんざ滅びろ」
「気持ちはわかりますが。ろくでもないのもいれば、いい人もいます。彼らもただの人ですから」
「うっせえ。んなことより、本物なら口直しをさせろ」
「口直し……?」
「あいつにされると気持ち悪いんだよ」
キャンディスがジャスティンの首に腕を回して、口を押しつけ、そのまま深く求めていく。
「ん……」
ジャスティンは驚きつつも抵抗しない。そっと、なだめるように彼女の頭を撫でるだけだ。
どれだけ経ってか、キャンディスが満足したようにジャスティンを解放した。
「……ほんとに、本物じゃないか」
「はい。ほんとに、本物です」
「あーあ、ほんとは、このまま抱かれたいとこだが」
「は……?」
キャンディスがドレスのスカートを持ちあげる。
(ちょっ、えっ……)
透明化して他人のむつみごとを覗く趣味はない。どうしたものかと思っていると、深い傷痕が刻まれた腹部がさらされた。
「見ての通り、キャンディスができない体にしちまった。醜くて触れる気も起きねーだろ?」
「……いえ」
ジャスティンが泣きそうな顔で、そっと指先でキャンディスの傷痕に触れる。
「今日この時まで、あなたの痛みに思いを向けられなかった私を恥じています」
傷跡に優しくキスが落ちる。
「ん……。……遅いんだよ、バカ」
「そうですね」
キャンディスが服を戻してから、ジャスティンに甘えるように身を寄せた。
「キャンディスは……、自分を後継ぎを産む道具だと思って耐えていたんだ。妊娠中はアイツを受け入れる必要もなかったしな。後継ぎを産んだら解放される、そう信じてた」
「……けど、解放されなかった……?」
「ああ。まだ産後の体が戻る前から求められて、死んだ方がいいくらいなつもりで、自分で。
よく考えてたと思うぞ? 治療が間に合わないように、アイツが出張中の夜に、部屋の扉を開けられないようにして決行したんだから」
キャンディスはジャスティンのために、生きてドウェインのそばにいることにしたのだと聞いた。
跡継ぎを産むまで、そう思っていたのだろう。
ジャスティンのために生きる。その思いを超えて、耐えられなくなってしまったのかもしれない。
ジャスティンがどこか泣きそうな顔で、そっとキャンディスの頭を撫でる。
「……命だけでも、あってよかったです」
「そうか? オレ様はそうは思わないが」
言いつつ、デビルなキャンディスがジャスティンの手を取って腹部へと運ぶ。
「なあ? ジャスティン。この体はぐちゃぐちゃだ。一生お前とも繋がれない。
しかも、オレ様のような厄介者に、ただのガキのディ、あと他に、文句しか言わないインジュアやら、ばあさんみたいなマムもいる。
お前が知ってるキャンディスは深い眠りの中、いつ出てくるかは誰にもわからない。その上、主人格は死にたがりだ。目を離したらすぐに死のうとする」
ジャスティンの手を頬に移して、軽くすりよせてからじっと見つめる。
「こんな壊れたオモチャに、使い道なんてないだろう?」
「そんなものはいりません」
「だろう……?」
肯定しつつも悲しそうなキャンディスを、ジャスティンが泣きながら力強く抱きしめる。
「使い道、なんて。初めから求めていません」
デビルなキャンディスが大つぶの涙をあふれさせる。すがりつくようにジャスティンに腕を回した。
「……本当にバカだな、お前は」
「そうですね」
バカだと言う声が、優しくて甘い。
泣きながら見つめあってからの口づけは、やっと思いが交わされたように見えた。




